第三章 追跡者との対決

第14話 それぞれの策謀

「フラヴィーニ伯の暗殺をふせぐためには、まずゴルカがだれに憑依ひょういしているのかを突きとめるべきだと思うんだ」


 おれが言うと、ビルヒニアは鼻で笑った。


「わざわざ我を呼び立てて、なにを言うかとおもったら、そんな当たり前の話か」

「うるさいな。余計な口を挟まないでくれ」


 おれはビルヒニアを睨んで、話を続ける。


「とにかく、そのためには城の内部に協力者を作る必要がある。いつもと様子が違うやつがいるとか、最近になって雇われた人間がいるとか、そういう手がかりがほしいんだ」

「手がかりがあったとして、それからどうするのだ」

「おれなら、ゴルカを見つけられるかもしれない」

「……マサキ、きさまはなにか妙な力をもっておるようだな。我の<真名しんめい>がわかったのも、その力のおかげか?」


(う、鋭いな)


 ここで手のうちは明かしたくなかった。

 なにしろビルヒニアは、隙があればおれを殺そうと考えているにちがいないんだから。


「その話は、また今度にしよう」

「雑な話の逸らしかただな」

「うるさい。……とにかく、問題は城に協力者を作る方法だ。おれは罪人として追われているから、下手に城に近づけない。捕まるのを覚悟で事情を説明したって、誰も信じてくれないだろう」

「では、どうする?」


 ビルヒニアは退屈そうな顔で言う。


「こっちから近づくんじゃなくて、むこうから来てもらうんだ。ラゾロの村におれたちがいたとわかれば、もっと多くの兵士が送りこまれるはずだ。もちろん、指揮官だって一緒にくるだろう。そいつに接触してみるのさ」


 捜索隊の隊長なら、城でもかなり重い地位にあるはずだ。味方につけることができたら、きっと頼りになるだろう。


「ただ、むこうが最初から冷静におれの話を聞いてくれるとはかぎらない。だから、まずは隊長を捕らえて、それからじっくり事情を説明しようと思うんだ」

「その手伝いをしろ、というわけか」

「ああ、頼む」

「ふん、どうせ我は拒むことができぬのだ。頼むなどといわず、最初から命令しろ」


 言い方はともかく、承知してくれたようだ。


「よし。それじゃあ、おれはこれから村の様子を探ってみる。ビルヒニアはいつでも兵士が出動できるよう、準備しておいてくれ」

「様子を探るといっても、どうやるつもりなのだ?」

「……秘密だ」


 おれは席を立って、応接室を出た。クレールもついてくる。


 自分の部屋に戻り、ベッドに腰かけた。クレールは椅子に座って、おれを見守る。


 おれは目を閉じ、意識を集中して「神智」のスキルを発動させた。


 ラゾロの村の中心にある小さな礼拝堂。その屋根には古ぼけた風見鶏がついている。おれが意識をむけたのは、その風見鶏だった。ちょうど村全体を見おろせる位置にあるからだ。


 頭のなかに、村の景色がうかびあがる。


(……いたな)


 数人の兵士たちが、路上にいるのが見えた。槍にもたれかかっておしゃべりをしたり、家の軒下に座って居眠りしたりしている。そのだらしない様子からすると、まだ指揮官は到着していないみたいだ。


 おれはもう少しまわりを観察してから、つながった感覚を断ち切った。


 目を開けて、ふうっと息をはく。


「マサキさま、いかがでしたか?」


 クレールが心配そうに聞いていた。


「うん。村に兵士はいたけど、隊長はまだ来てないみたいだ」

「そうですか……」

「なにか不安なのか?」

「隊長さんを捕まえるとなると、争いになるのでしょう? 怪我人がでないかと心配でして」

「そうか……できるだけ兵士たちを傷つけないよう、ビルヒニアに頼んでおくよ」


 それを聞いて、クレールは少しだけほっとしたみたいだった。


(さて、隊長はどんなやつだろう)


 話が通じる相手ならいいんだけど。



 ―――――――――――



 アゼルは廊下が騒がしくなってきたことに気づいて、部屋を出た。むこうから、鎧を着た兵士がいそがしそうに歩いてくる。


「ちょっとよろしいか」


 アゼルは兵士に声をかけた。


「は、なんでしょう」

「アルテミシアどのは、どこにおられる?」

「隊長でしたら、城の一階のホールにおられました」

「ありがとう」


 アゼルは廊下の先の階段をおりていった。


 ホールに入ると、アルテミシアの姿があった。ローブを着た男となにか話しこんでいるようだ。男はフードをすっぽりとかぶっているので、顔はよく見えなかった。


 アゼルが近づいていくと、男はその気配に気づいたようにちらりと振り返ってから、


「……では、そのようにお願いいたします」


 とアルテミシアへ一礼し、去っていった。


「今のは、どなたです?」


 アゼルはアルテミシアにたずねた。


「前にお話したダニエリという魔術師です」

「ダニエリどのと、どのようなお話をされていたのです?」

「彼は、我らが追っているマサキという男に興味があるそうで、もし捕らえたときには尋問に立ち会わせてもらえないか、と頼まれたのです」


 それを聞いて、アゼルはぎくりとした。


「アルテミシアどのは、なんと答えられたのです?」

「もし生け捕りにした場合は、処刑するまえに会わせてやってもよい、と答えました」

「それは……」

「なにか、不都合でも?」

「……いえ」


 なぜそこまで急いでマサキを殺したがるのか、と不審に思われたくはなかった。


(……そうだ、いっそのこと、どさくさにまぎれて俺の手でやつを刺せばいい)


 マサキの胸を剣がつらぬき、やつの顔が苦痛にゆがむところを想像する。アゼルはぞくぞくするような興奮をおぼえた。


「それで、なにか私にご用ですか?」


 アルテミシアが無愛想に言った。


「兵たちに動きが見えたので、何かあったのかと思いまして」

「ラゾロ村に派遣した兵たちから、報告がとどきました。マサキたちは昨日まで村にいたそうです」

「本当ですか!」

「私はこれから村へいって、現場で指揮をとるつもりです」

「でしたら、私も同行させてください」

「いや、それは……」

「マサキはなにか危険な魔導具を隠しているかもしれません。いざというとき、私が側にいれば、専門家として助言できるかと思いますが」


 それを聞いて、アルテミシアは少し考えてから、


「……わかりました。では、同行を認めましょう」

「ありがとうございます」

「ただし、私が助言を求めたとき以外は、よけいな口出しをしないでいただきたい」

「承知しました」


(これで、マサキが死ぬところを見とどけられるぞ)


 アゼルは腹のなかでにやりと笑った。

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