第13話 城館の夜
食事を終えると、メイドに案内されて寝室にむかった。おれはさっきと同じ部屋で、クレールは向かいの一室を使うことになる。
「それでは、マサキさま。おやすみなさいませ」
クレールが部屋を出ていくと、おれはベッドに寝転がった。
ベッドはかなり上等で、ふかふかと柔らかかった。だけど、おれは粗末な寝床に慣れていたから、逆に眠りづらかった。
何度も寝返りをうちながら、これからのことを考える。
ビルヒニアを従えたことで、とりあえず安全にすごせる場所ができた。
だけど、幻魔ゴルカをどうにかしなければ、のんびり
もしフラヴィーニ伯が殺されて魔法陣が消されたら、ヒルビニアが言っていたように、王都はこの世の地獄となってしまうだろう。
おれは追放された身だけど、王都で暮らすひとたちに恨みがあるわけじゃない。いや、それどころか、両親が亡くなった後、親切におれを応援してくれたひとたちだってたくさんいるんだ。どうにかして彼らを助けたかった。
そのためにも、フラヴィーニ伯の暗殺をふせいで、魔法陣を守らなければ。
(……そうだ、「神智」のスキルをつかえば、ゴルカがだれに憑依しているかわかるかもしれない)
そうなれば幾らでも手の打ちようがある。
おれはベッドのうえで起きあがった。
目を閉じて、意識を集中させる。
(ゴルカ、おまえはどこにいる)
闇のなかで手探りするように、ゴルカの姿を求めた。
しばらくして、頭のなかに光を感じた。
ぼんやりとした光のむこうに、人影がうかびあがる。
だけど、まるで何重もの磨りガラスを通して見ているように、その姿はぼやけている。男か女か、若者か年寄りかさえわからない。
(もう少し、もう少しなんだ……)
おれはさらに集中しようとした。
そのとき、おれたちを
(しまった、まずいぞ!)
おれは慌てて感覚を閉ざした。
だが、そのときにはもう、おれの頭のなかはぐちゃぐちゃに掻きまわされたようになっていた。
「うえっ」
強烈な吐き気におそわれて、ベッドのうえでのたうちまわる。二日酔いの気持ち悪さを何倍にもした感じだ。
長い間、さんざん苦しんだあと、ようやく不快さが引いてくる。
(……やっぱり、このスキルを扱うのはむずかしいな)
なんの手がかりもない状態から、魔族の居場所を見つけだすのは、負荷がかかりすぎるみたいだ。
(それじゃあ、どうやればゴルカを見つけられるだろう)
おれはずっとベッドのうえで思案をつづけた。
ほとんど眠れないまま、朝になった。
おれが大あくびをしていると、ドアがノックされる。
「おはようございます。朝食の準備ができました」
クレールが元気に呼びかけてくる。
おれはベッドから降りて、ドアをあけた。
「おはよう、クレール」
「まあ、どうなさったのですか? ひどく疲れたお顔ですが」
「大丈夫だよ。ちょっと眠れなかっただけさ」
「お具合でも悪かったのですか?」
「いや、色々と考えごとをしていたんだ。とにかく、朝ご飯をもらうよ。……そうだな、昨日の応接室じゃ落ち着かないから、この部屋で食べさせてもらおうかな」
「わかりました」
クレールはメイドたちといっしょに食事を運んできてくれた。
「執事のハコモさんにお願いしましたら、近くの村から新鮮な食材を仕入れてきてくださったんです」
クレールは嬉しそうに言う。
テーブルにならんだ料理は、昨日よりもさらに充実していた。
「仕入れたって……まさか略奪とかしてないだろうな」
「えっ……さあ、そこまでは聞いておりませんが」
「なあ、そこの君。ビルヒニアと話をしたいんだけど」
おれはメイドのひとりに声をかけた。
メイドはくるりとおれの方を向く。黒く虚ろだった目が、急に赤く輝きだした。
「何のようだ?」
その声はビルヒニアのものだった。
「わっ……これはどういう仕組みなんだ?」
「いちいち騒ぐな。我はどの従者とも感覚を共有できる。それだけのことだ」
(ということは、その場にビルヒニアがいないからって、うかつなことは言えないってことだな……)
「話があるのなら早くしろ」
「ええと、今朝、近くの村から仕入れてきた食材だけど、ちゃんと代金を払ったのか?」
「ああ、そうだ。このようなつまらぬことで騒ぎをおこしても仕方があるまい」
よかった。これで安心して食事ができる。
クレールもほっとしたみたいだった。
「それじゃ、また食事の後で相談したいことがあるから、よろしく頼む」
「……はぁ」
当てつけのように溜め息をついたあと、メイドの目から赤い光が消えた。メイドはなにごともなかったかのように、テーブルをセットする作業に戻った。
この後、ビルヒニアと重要な作戦を話し合うつもりだ。そのまえに、しっかり腹ごしらえをしておかないと。
おれはクレールと一緒にたっぷりご飯をたべてから、応接室に向かった。ビルヒニアにも顔を出すように伝える。
応接室に入ってしばらくすると、猛烈に眠くなってきた。睡眠不足のうえに満腹になったせいだろう。つい、うとうとしてしまう。
「……おい、我を呼びだしておいて、寝ているのか」
トゲのある声をかけられ、おれははっと目を覚ました。ビルヒニアが向かいの席に座って、おれをにらみつけている。
「悪い悪い。……ええと、ハコモ、何か目が覚めそうな飲み物をもらえないか?」
「あ、それでしたら私が」
クレールがぴょんと椅子から立ち上がった。
「眠気覚ましに効くハーブティーを用意してまいります。……ビルヒニアさまもいかがですか?」
「いらん」
「わ、分かりました。では」
クレールはいそいそと部屋をでていった。
「従者に命じれば済むものを、あの娘も少し変わっておるようだな」
ビルヒニアが鼻を鳴らして言った。
しばらくして、クレールがハーブティーを運んできてくれた。一口飲むと、さわやかな刺激があって、頭がすっきりした。
「ビルヒニア、話し合いのまえに言っておくけど、ここで聞いたことは絶対にゴルカに伝えたりするなよ」
「ふん」
「承知したってことだな。それじゃあ、本題に入ろう」
おれはそう言って、昨夜考えたプランを話すことにした。
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