第二章 S級魔族ビルヒニア

第7話 憎しみの追跡者

 アゼルはモンペール城の客間にいた。

 窓からじっと城下町を見下ろしている。

 だが、その目に映っているのは町の風景ではなかった。


(クレール、おまえはどこにいるんだ)


 あの美しい少女の姿を、じっと胸に思い描いていた。


 そのとき、ドアがノックされた。


 どうぞ、と返事をする。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、若い女だった。

 純白のチュニックに深緑色のタイツという服装で、腰には長剣を吊している。

 その顔立ちは美しく整っているが、氷のように冷たい印象をうけた。


 女はフラヴィーニ伯につかえる騎士だった。名前はアルテミシア・マリヴォーという。

 今回の一件で、魔術院からフラヴィーニ伯にあてて、クレールとマサキを見つけだして捕らえるようにと要請がでている。

 その捜索の指揮をとっているのがアルテミシアだった。


「これはどうも。探索の結果はいかがでしたか?」


 アゼルはさっそくたずねた。


「いくつか手がかりが見つかりました」

「本当ですか? 何が見つかったのです?」

「まあ、お座りください」


 アルテミシアにうながされて、アゼルは椅子に座った。向かいの席にアルテミシアも腰をおろす。


「それで、どのような手がかりが?」

「モンペール領内にトランという村があるのですが、あなた方が探しているふたりが、三日まえにそこへ立ちよったことがわかりました」

「おお、では……!」

「残念ながら、その後の足どりはまだわかっておりません。どうやら、山の方へむかったらしいのですが」

「そうですか……」

「捜索隊の人数を増やしましたので、きっと新たな手がかりが見つかるでしょう。そのときはまたご報告にあがります。では、いましばらくお待ちを」


 そう言って、アルテミシアは席を立とうとした。


「あ、お待ちください」


 アゼルはいそいで呼びとめる。


「まだ、なにか?」

「ふたりを捕らえるにあたって、念を押しておきたいことがあります」

「お聞かせください」


 アルテミシアは座り直した。


「まず、ふたりのうちの娘の方ですが、彼女は聖女様の侍女をつとめる身です。今回は、男に騙されて利用されていると考えられます。ですから、手荒な真似をして傷つけたりしないよう、くれぐれも注意してほしいのです」

「わかりました」

「そして、男の方ですが、こちらは生きて捕らえる必要はありません」

「ほう……?」

「やつは危険な存在です。見つけ次第、殺してください」


 アゼルの声には隠しきれない憎しみがあった。


 アルテミシアは無表情な顔で、じっとアゼルを見つめた。


「あなたは、魔術院の研究員だとお聞きしましたが」

「ええ、そのとおりです」

「そのような立場の方が、なぜ犯罪者を追ったりしているのです?」

「それは……」

「なにか個人的な事情でも?」

「いえ、違います。逃げた男は、元魔術研究員で、私の部下だったのです。やつの不始末の責任は私にあります。ですから、ちゃんと処分されるのを見とどける義務があるのです」

「なるほど、そうでしたか」


 アルテミシアがその説明で納得したのかどうかわからなかった。

 だが、どちらにしても、彼女はアゼルの要請に従わなければならない立場だ。


「では、女は無傷で保護し、男はその場で処刑する、ということでよろしいのですね?」

「そうお願いします」

「承知しました」


 アルテミシアはうなずいて立ち上がった。

 そして、部屋を出ていこうとしたが、ふと足をとめて振り返った。


「そういえば、魔術院から来られたあなたに、ひとつ聞きたいことがあったのです」

「私に答えられることなら、なんなりと」

「ダニエリという名の魔術師をご存じですか? 近ごろ、フラヴィーニ伯が召し抱えた者で、精神魔術の使い手なのですが」

「聞いたことがありませんね。少なくとも、王都の魔術院にそのような名前の者が在籍していたことはないはずです」

「そうですか……ありがとうございます」


 アルテミシアは一礼して、今度こそ部屋を出ていった。


 ひとりきりになると、アゼルはまた窓ぎわに立った。


(マサキ、きさまはもうすぐ死ぬんだ)


 憎悪をこめて、胸のうちでつぶやく。

 できることなら、やつが死ぬところをこの目で見たかった。


(そうだ、やつの居場所がわかったら、おれも追跡隊に加えてもらおう)


 マサキが危険な魔術道具をもちだした可能性がある、といえば、アルテミシアも念のためアゼルの同行を認めてくれるだろう。


(クレール、おまえもやつの死に様をしっかり目に焼きつけるんだな)


 クレールを何よりも愛しているがゆえに、その裏切りが許せなかった。

 あの娘にはできるだけ残酷な罰をあたえてやりたい。

 そして、身も心もボロボロにした上で、自分の妻として迎え入れ、一生檻のような部屋で飼ってやるのだ。


 アゼルの口元には残忍な笑みがうかんでいた。

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