第5話 村の宿

(もしかして……!?)


 おれは慌てて部屋を見まわした。


 ……あった。まったく同じ風景画が壁にかかっている。


 いそいで風景画を外してみると、そこには小さな隠し金庫があった。

 震える手で扉を開ける。


(……やったぞ!)


 そこには金貨がたっぷり入っていた。二百枚はあるだろうか。


 金貨が五枚もあれば、庶民の一家がゆうに一年は食べていけるんだ。目がくらむような大金といっていい。


 おれは近くにあった革袋を手にとると、金貨をつめこんでいった。

 半分ほど金貨を入れたところで、革袋はいっぱいになった。かなりの重さだ。


(これ以上、欲ばっちゃいけない)


 おれはさっさと逃げ出すことにした。


 廊下からは、使用人たちが慌ただしく駆けまわる音が聞こえてくる。


 近くの窓を開け、枠をまたいで外に出た。

 三階だから、かなりの高さだ。

 うっかり転落すれば足や背骨を折ってしまいそうだ。


 おれは壁の彫刻に手をかけながら、ゆっくりと這い下りていった。


 ここで捕まれば、盗賊としてその場で殺されるかもしれない。生きるか死ぬかの瀬戸際で、高さを恐れる余裕さえなかった。


 どうにか二階の高さまで下りる。


 が、そこで足を滑らせてしまった。


「わっ!」


 おれは地上まで転落した。

 だが、落ちた先は花壇の植え込みだった。

 ばきぼきと折れた枝が、クッションになってくれる。


(……死なずにすんだのか?)


 ゆっくりと体を起こす。

 あちこちに傷ができていて、かなり痛んだ。だけど、骨は折れてないし、内臓も大丈夫みたいだ。

 おれは植え込みから這いでて、石壁にむかって走った。


「おい、今の音はなんだ!?」


 どこかで男たちが騒ぐ声がする。


 石壁までたどり着くと、必死でのりこえ、森のほうへ走った。


(それにしても、さっきの不思議な力はなんだったんだろう)


 隠し金庫の場所を教えてくれた、あの光りが弾けるような感覚。

 王都の裏門から脱出したときにつづけて、これで二回目だ。

 おれは、この現象の正体が何なのか、見当がつきはじめていた。


(もしかして、これは「神智」のスキルじゃないのか?)


 魔導書を解読していく中で、このスキルを習得するための方法を、くり返し確かめた。最初から最後まで手順を試したこともある。


 そのとき、自分でも知らないうちに「神智」を身につけていたのかもしれない。


 このスキルは、ふつうの魔法とはちがった体系で発動する。

 だから、おれみたいに魔法の資質がまったくない人間でも、習得できる可能性はあった。


(ともかく、まずはクレールのところへ戻ろう)


 おれは追っ手に気をつけながら、夜の闇のなかを駆けた。

 

 どうにか森にたどり着くと、クレールが待っている場所を探した。

 月明かりもほとんどなく、森のなかは真っ暗だった。


 しばらく森をさまよっているうちに、やっとクレールを座らせた倒木を見つけた。


「クレール、どこにいるんだ?」


 おれは低い声で呼びかけた。


「……マサキさま、こちらです」


 クレールの小柄な影があらわれた。

 近くのくぼみに隠れていたらしい。


「早くここから離れよう」


 おれはクレールの手をにぎって、森の外に向かった。


 街道まで戻ると、ふたたび西に進む。

 ときどき休憩しながら、夜どおし歩きつづけた。


 東の空がわずかに白んできたころ、前方に小さな村が見えてきた。


「よし、あそこで休んでいこう」


 今のおれたちは大金持ちだ。衣服だろうと食べ物だろうと何でも手に入れられる。


 村に着くまでのあいだに、おれはダンビエール侯の屋敷から金を盗んできたことをクレールに打ち明けた。


「これがよくないことなのはわかってる。だけど、おれたちが生き延びるためにはどうしても金が必要なんだ。それに、ダンビエール侯からすれば、金貨百枚くらいはほんの小銭みたいなものさ」


 おれは懸命に言い聞かせた。

 クレールのことだから、良心のとがめを感じて、金を返しにいこうと言いだすんじゃないかって心配だった。


 思ったとおり、クレールはかなり悩んでいるみたいだった。

 だけど、最後には心を決めたように、おれを見つめて言った。


「……こんなこと、聖女様がお聞きになったらきっと悲しまれると思いますが、わたしはマサキ様と生きていけるのなら、どんな罪でも背負っていくつもりです」

「クレール……ありがとう」


 おれはクレールの両手をとって、ぎゅっと握りしめた。

 クレールは恥ずかしそうに微笑んだ。


 夜が明けるのを待ってから、おれたちは村へ入った。


 街道沿いの村ということで、立ちよる旅人も多いんだろう。色々な店がそろっている。


 まず、一番大きな雑貨店に入った。


「おや、初めてのお客さまですな」


 店主は俺たちの格好を見て、うさんくさそうな顔をした。

 だけど、金貨を一枚わたしてやったら、たちまち愛想笑いをうかべた。


「上着からブーツまで、ひととおりの衣服がほしいんだ」

「さようですか。古着ですが、よい品がそろっておりますよ」


 適当に服をえらび、店の奥で着替えさせてもらうと、おれたちはどこにでもいる農夫と村娘みたいな姿になった。

 ただし、どんなに野暮ったい服を着ても、クレールはあいかわらず可憐で美しかった。


 ほかに、カバンや水筒、ランタンといった旅の道具もそろえる。

 それでも、支払いは金貨一枚でじゅうぶんに足りた。


「お釣りはいらないよ。その代わり、おれたちのことは、他の人間に言わないでくれるかな」

「へいへい、わかっておりますとも」


 店主は揉み手しながら答えた。


 それから、もう一枚金貨をわたして、銀貨と銅貨に交換してもらった。金貨はこまかな支払いをするのに不便だし、目立つからだ。


 店を出ると、次は食堂に行った。

 二階が宿屋になっている店で、旅人たちで混雑している。


 おれたちは隅っこのテーブルに座って料理を注文した。白パンに、野菜のスープ、鹿肉の薫製、ゆで卵、それにブドウ酒を頼む。


 しばらくして料理が運ばれてくると、おれは夢中でむさぼり食った。なにしろほとんど二日ぶりの食事なんだ。

 野菜も卵も新鮮でうまかった。すぐに一人前をたいらげてしまったので、追加で注文する。


 クレールも、つつましく上品に食べてはいたけど、やっぱりお腹が空いていたみたいで、大きな白パンがあっという間になくなった。


「もうひとつ頼むかい?」

「……はい」


 クレールは顔を赤くしてうなずいた。


「あんたたち、よく食べるねえ」


 女の店員が呆れたような顔で言った。


 おれたちは満腹になると、宿の一室を借りて休むことにした。

 一番上等の部屋を頼んだおかげで、食堂の騒がしさもほとんど伝わってこない。


「マサキ様、お傷の手当てをいたしましょう」


 クレールはそう言って、カバンから薬や包帯をとりだした。

 ダンビエール侯の屋敷で転落したときの傷は、まだ手当もしないままになっていた。


「うん。頼むよ」


 おれは服を脱いで、上半身裸になった。

 クレールは恥ずかしそうにちょっと目を伏せたけど、すぐにてきぱきと手当をはじめた。

 かなり手慣れているのは、ふだん聖女のお供をして施療院で奉仕活動をしているからだろう。


「……はい、これでおしまいです」 

「ありがとう」


 手当が終わると、おれは服を着直した。

 それから、ベッドの上に座って、目を閉じて深呼吸をくりかえした。


「何をなさっているんですか?」


 クレールが不思議そうに聞いてくる。


「ちょっと試したいことがあるんだ」


 こうして落ち着いて過ごせるあいだに、「神智」のスキルについて、もっと色々とたしかめておきたかった。

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