第3話 地下牢からの脱出

 城の地下牢へ放り込まれた後、おれは魔術院の審問がおこなわれるのを待った。


 魔法のなかには、人間の精神をあやつるものがある。そうした精神魔術をつかえば、本人の意志にかかわらず真実をしゃべらせることもできた。


 だから、審問さえ始まれば、おれの話が本当で、すべてアゼルの卑劣な罠だったことがわかってもらえるはずだった。


 ところが、どれだけ待っても、審問は開かれなかった。


 ときどき巡回する番兵に、どうなっているのか聞いてみたけど、無視されるだけだった。


 十日ほど過ぎてから、やっと使者があらわれた。だけど、それはおれが期待していた魔術院からの使いじゃなかった。


「マサキ・カーランド。司法官の裁きにより、きさまは死刑と決まった。執行は明日だ」


 その男は、牢の外から告げた。


「司法官だって?」


 おれは驚いた。

 司法官は、殺人犯や盗人といった犯罪者を裁く役人だ。


「待ってくれ、おれは魔術研究員なんだ。どうして魔術院の審問がひらかれないんだ?」

「きさまは、魔宝器を盗んだことがわかった時点で魔術院から追放された。いまの身分はただの庶民だ」

「なんだって!」


 おれは怒りにふるえた。

 これもアゼルが手を回したにちがいない。


(あいつめ、なにがなんでもおれを殺すつもりだな)


 だけど、どれだけ怒り狂っても、おれにはなにもできなかった。

 明日、処刑されるのを待つしかないんだ。


 怒りがさめると、おれは絶望に襲われた。


(なんてこった。おれは本当にこれで死ぬのか……?)


 クレールはおれが捕らわれたことを知っているんだろうか。

 それとも、まだなにも知らず、またおれに会える日を待っているのか。

 クレールの顔を思いうかべると、胸がしめつけられるように苦しくなる。


 その夜、固い板のベッドに寝転がって、おれが悩みもだえていると、トントン、と扉がノックされる音がした。


(なんだ?)


 牢番なら、もっと乱暴に叩くはずだ。

 おれはベッドから起き上がって、扉に近づいた。


「……クレール!?」


 おれは驚いて息をのんだ。

 通路に立っていたのはクレールだった。


(まさか、こんなところにクレールがいるはずがない)


 死の恐怖で頭がおかしくなり、幻を見てるんだろうか。


「マサキさま、大丈夫ですか?」


 ひそやかに呼びかけてくる声は、本物としか思えなかった。


「あ、ああ。大丈夫だ。それより、どうしてクレールがここに?」

「あなたを助けに来たんです」

「牢番はいなかったのか?」

「お金をわたして見逃してもらいました。ほら、ここに鍵もあります」


 クレールは上着のポケットを探って、鍵をとりだした。

 扉に鍵をさしこんで、ガチャリと開く。


「ああ、マサキさま……!」


 扉が開くと、クレールが抱きついてきた。


「クレール……」


 少女のやわらかな体と、やさしい香り。

 おれはまだ信じられない思いで、クレールの体をそっと抱きしめた。


「さあ、逃げましょう」

「……いや、だめだ。もし死刑と決まった罪人を逃がせば、クレールも重い罪に問われるんだ」

「わたしはかまいません。マサキさまが処刑されるところを見るくらいなら、一緒に殺された方がましです」


 クレールはきっぱりと言いきった。

 そのみどりの瞳には、強い決意の光があった。

 かよわい少女だと思っていたクレールに、こんな強さがあったなんて。


「……わかった、逃げよう。もし番兵に捕まったときは、一緒に死んでくれるかい?」

「はい、そのつもりです」


 おれたちは、もういちど強く抱きしめ合ってから、牢を出た。


 地下の牢獄から抜けだす道は、クレールが牢番から聞きだしていた。

 迷路みたいな狭い道を進んでいく。


 しばらくして、後ろで鋭い音が響くのが聞こえた。あれは、番兵の警笛だ。

 おれが牢から消えているのを発見したらしい。


「クレール、急ごう」

「はい」


 おれたちは青ざめた顔を見合わせてから、急いで通路を進んだ。


 やがて、どうにか地上まで出た。

 そこは、王城の裏門の近くだった。

 裏門のまわりはひっそりとしていて、人気ひとけがない。

 それでも、すぐそばに衛兵の詰め所があった。なかに何人かいるみたいだ。

 衛兵はまだ地下牢の警笛には気づいていないらしい。


 おれたちは腰をかがめ、そっと裏門に忍びよった。

 門のわきには、鉄柵で閉ざされた通用口がある。ここさえ通り抜けてしまえば、おれたちは自由になれるんだ。


 だけど、さすがに王城を守る門のひとつだけあって、警備に抜かりはなかった。

 この門も魔法の力で守られていて、どうやっても開きそうにない。


(どうする、他の門に行ってみるか)


 だけど、そのときにはもう、城中に警笛の音が響きわたっていた。

 すぐそばの衛兵詰め所からも、慌ただしい物音が聞こえてくる。


「おい、なにかあったらしいぞ」

「いそいで仕度しろ」


 衛兵たちがそう言いながら外に出てきた。


「マサキ様……」


 クレールがぎゅっとおれに抱きつく。

 もう死を覚悟しているのかもしれない。


(くそ、門を開く合言葉さえわかれば……)


 おれはじっと鉄柵をにらみつけた。

 そのときだった。

 ふいに頭のなかで光りが弾けるような感触があった。同時に、幾つかの言葉が頭にうかぶ。


(これは……)


 まさかと思いながら、その言葉を口にしてみる。すると、鉄柵がさっと青い光りにつつまれた。


 おそるおそる鉄柵の取っ手をつかむと、あっけなく開いた。


(いったい何が起きたんだ?)


 とにかく、これで逃げられる。


「クレール、行こう」


 おれはクレールの手をにぎって、通用門の外にでた。すぐに鉄柵を閉めなおして、近くの物陰に隠れる。


 間一髪の差で、明かりを手にした衛兵がこっちへやってきた。


「どうだ?」

「……うむ、異常はなさそうだ」


 ふたりの衛兵は、鉄柵をにぎってガチャガチャとゆらした。

 魔法の力がふたたび発動して、鉄柵はもとどおり閉ざされたみたいだ。


 衛兵たちが去っていくと、おれはほっとしてため息をついた。


 城のやつらは、おれたちがまだ中にいると思って、必死で探しているにちがいない。

 いまのうちに、できるだけ遠くへ逃げるんだ。


「さあ、行くよ」


 おれはクレールと手をつないで走りだした。

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