第28話 秘書の仕事
秘書室の彼女の席には、与えられた最新のパソコンとタブレット、そしてレーザープリンター等の最新の機器が整然と並べられ、沙也香は真一郎から言われた仕事をそれらを駆使して完璧にこなしている。
いつも、髪の毛をきりりとまとめ、微笑みを絶やさない爽やかな美人だった。おそらくは社内での男達が噂する裏の美人コンテストでは、いつも青木ひろみとは一、二位を争っている。
彼女を墜としたいという男子社員は少なくない。そのランクインの中には、あの東堂愛菜も入っていた。
しかし、沙也香本人は浮いた話もなく、私生活での噂も聞こえてこない。彼女の仕事は全てに於いて完璧だった。
彼女が冷静で冷たい女性かというと、それは違う。微笑みを絶やさず、人の心を癒すという人柄も創られたものでは無さそうである。
彼女のおかげで、真一郎はハードなスケジュールをこなすことが出来る。真一郎が処理した書類のサインに落ちがないか、その日の来訪者の名前とその用件、更にそれらの人物の重要度の把握と、対応したスケジュールを組むのも彼女の役目である。
「事業部長。書類のサインに漏れはありません。それから今日の来客は午前中はどなたもございません」
「そうか、ありがとう。ではちょっと人事課に行ってくるからね」
「承知いたしました」
真一郎がネクタイを締め直し、部屋を出て行った後も、秘書の沙也香は正しく腰を曲げ一礼していた。社員の中では、一時期にはハンサムな真一郎と美人の沙也香をプリンスとプリンセスに仕立てようとしたが、当人達はまったくその気配がなかった。これこそ、社内のいくつかある不思議の一つという噂もある。
しかし、それは当人達が上手に対応しているからであり、その本質は今に分かってくるのだ。
真一郎が処理した書類の中には、あの東堂愛菜の名前があったのかもしれない。しかし、そのとき真一郎はその時まで、愛菜という名前さえ意識になかった。
事後の調査の中で、ふと人事異動が気になり書類を見直しているとき、不自然な移動に気が付いたのである。それはあの不祥事でさわがれていた前後の時期だった。ぽつんと一人だけ、真一郎の目を引いた社員がいたからである。
役員等の昇格や退職、異動等がある中で、一人だけ工数管理課員の職場移動が書いてあったからだ、それが東堂愛菜の名前だった。
疑問に思った真一郎は、担当課長を呼びつけ、ことの真相を知ったのである。
馴れない倉庫課で理不尽な扱いを受けたことも……その時、愛菜はすでに会社を辞めていた。それを知った真一郎は心が痛くなった。
心ならずも彼女を辞めさせる結果になったことに、心から申し訳ないと思うのである。しかし、その時までは東堂愛菜が、母親が旧姓の鮎川房江の娘だとは知らなかった。
調査の結果、大林と中村が降格された。会社一連の処理が終わった後、真一郎は「東堂愛菜」という名前を改めて知ったのだ。
そのときには、彼はまだ彼女について、あまり深い認識はなかった。だが、彼はなぜか気になることがあり人事課に出向いて、その人物を調べようとした。
「人事課長。ちょっと調べたいことがあるんですが」
どんな時でも、真一郎の物言いは誰にでも丁寧で優しい。こんな所も男女を問わず人気があるのだろう。
だが、彼の心の中に熱いものがあることを知っている人は少ない。
「あ、事業部長。珍しいですね。わざわざお越し頂けるとは、資料ならお持ち致しましたのに」
「いや、良いんです。少し気になった人がいたんでね」
「そうですか。誰をお調べになりたいんですか?」
人事課長の平山史郎は低姿勢である。時期の事業部総括社長の噂が上がっている浦島真一郎を無視は出来ないからだ。
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