第27話 もう一人の美しい秘書
浦島真一郎は店の奥の窓際に座っていた愛菜を見つけると、軽く片手をあげてやってきた。
「お待たせしました」
「いえ、大丈夫です。さっききたばかりですから」
だいぶまえに来ていたのに、愛菜はつい心にもないことを言ってしまった。
「そう、それはよかった。でも驚いたでしょう。私の電話で」
真一郎は軽く笑みを浮かべていた。その優しさに愛菜はほっとする。それは、持ち前の明るい彼の天性なのだろうか。
「はい」
つられて愛菜も笑みを返した。
「では、始めに本題に入りましょう。貴女も知っていると思いますが、あの事件で我が社は思わぬ不祥事を起こしてしまいました。それについては心から反省しています。調べていくうちに、貴女には関係ない罪を負わせたことが分かりました。不本意な配置転換をさせ、結果的に辞めることになってしまいましたね」
「いえ、そんな」
「そのことで、せっかく我が社に入社して頑張っておられた貴女に、私個人としても申し訳なく、会社を代表してここに改めてお詫びします。申し訳ありませんでした。愛菜さん」
そう言って真一郎は目の前の愛菜に深々と頭を下げた。愛菜は喫茶店の中で恥ずかしかったが、正直に言うと嬉しかった。彼のその言葉だけで充分である。
「もう、頭を上げて下さい。わたしはもうそれで充分ですから」
なぜか、愛菜の眼に涙が溢れそうになり、慌ててハンカチで拭った。
「そうですか、ありがとうございます。そう言って頂けると、私も嬉しい」
愛菜を見つめる真一郎の眼が眩しい。
「そうだ、失礼ですが、これはあなたに対するお詫びの気持ちです。どうか受け取って下さい」
「えっ?」
「これは会社でなく、わたし個人の気持ちです。事業部長としてのです」
そう言って真一郎は背広の内ポケットから分厚い封筒を取り、愛菜の前に置いた。どうやら、そこには万札が入っているようである。
「いえ、これはいただけません」
「いや、遠慮することはないんですよ。これは貴女が当然貰うべきお金です」
「でも……」
「アルバイトでは、苦しいでしょう。お母さんと二人では」
「えっ、母と二人ということをご存知なのですか?」
「ええ。貴女のお母さんに聞きましたから」
「そうですか。あの母がそう言ったのですか……」
愛菜は、そこまで母が家庭の事情を真一郎に言うとは思っていなかった。
「実は、貴女に言わなけれはならないことがあります。私と貴女のお母さんの房江さんのことです」
「えっ、母の名前をご存知なんですか?」
「そうですよ。愛菜さん」
愛菜は驚いて真一郎の顔を再びまじまじと見つめた。
几帳面な真一郎はあの時、会社の防衛省関係の不正事件をつぶさに調べていた。不正の首謀者で管理部長の大林と、課長の中村が工数付け替えの話をしているとき、偶然、東堂愛菜に聞かれてしまい、その発覚を恐れて彼女の移動を人事部長に進言したことも聞き取りで分かったのだが、それは直ぐに分かったわけではない。
役員としての真一郎は、人事移動等について人事課から上がってきた書類に一応は目は通すのだが、詳細まで把握している訳ではない。役員としての自分の確認のサインが必要なのだ。
出来るだけ目を通すように心がけてはいるが、多忙な彼には全ての書類を見て確認することは難しい。
書類を入れる箱には処理をしないとすぐに溜まってしまう。何事もキチンとしたい真一郎でも、全てを完璧にすることは出来ない。
真一郎専属の秘書の神崎沙也香が、決まった時間に部屋のドアをノックする。
「失礼します。浦島事業部長」
「あぁ、神崎さん。ごくろうさま」
「書類の処理はお済みになりましたか?」
「うん。一応目は通したが、サインの漏れがないか確認して下さい」
「かしこまりました」
沙也香は目元が麗しくセンスの良い服を見事に着こなし、これぞ秘書という女性である。一流大学を出たというのに、この会社の秘書を希望して入社したのである。
彼女は直ぐに才能を発揮し、総務部の庶務課から抜擢され今は真一郎の秘書となっている。
社長の浦島慶次の秘書である青木ひろみとは違ったタイプである。ひろみと沙也香はともに美しいのだが、ひろみは妖しい魅力を醸し出すタイプなのだが、沙也香は洗練されたビジネス・ウーマンという感じの女だった。
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