第2話 オカルト研究会
「まさかまさか、しののんがこの部室に女の子を連れてくるとは。僕は全く胸が詰まって感動するばかりだよ」
「お前は初めて家に彼女を呼んだ時のオカンか」
オカ研の部室に窓はなく、広さは六畳程だ。しかし、棚にはオカルト関係のものがびっしりと敷き詰められているから、実質的にはもっと狭く感じる。
その中央に大きな背もたれのある椅子を置き、一人の男が身を沈めていた。金色に染めた髪を肩まで伸ばし、それを無造作に後ろで括って、無精髭を生やした男だ。
「紹介しよう。こいつはオカ研の部長にして俺のほぼ唯一の友人、
「悲しすぎる紹介ありがとう。どうも、赤羽さん。以後お見知り置きを」
「えぇ。よろしく」
彼女はそう答えながら、オカ研の部室を見回した。棚に飾られた古今東西多種多様の物品はそれに詳しくなくとも曰くがあろうことはすぐに分かる。
彼女は一番手近にあった何枚もの札が貼られた木製のパズルのような立方体に触れようとした。
「あぁ、それには触らない方がいい」
制したのは件の声だった。
「それは『コトリバコ』と言って、子どもと子どもを産める体にある女を殺すと言われる『まがい』だよ。前に、処分に困った同業者から譲り受けたやつだ」
「まがい? まがいって何?」
「まがいってのは妖怪や幽霊、化物なんかの類を僕らが総じて呼んでいるものだ。諸説は色々あるが、この世ならざる『紛い』のもの、もしくは魔の骸と書いて『魔骸』なんてのもある。まぁなんてったって、古い伝承で音だけが残ってきたものだからね。今は平仮名表記で『まがい』とするのが一般的さ」
件は一般的と言うが、それは専門家の間だけの話だ。ただの高校生である華恋はポカンとするばかりである。
「まがいは心が揺れ動いた時に生まれる、人の心の結晶。コトリバコに関して言えば、話自体は恐らく創作だろうという見解が強いから、製法よりもその話に恐怖する人の心が生み出したまがいと言えるだろう」
一通り気持ちよく語り終わった件は一息を挟んで、
「まぁ、立ち話もなんだし、とりあえずその辺にでもかけてよ」
視線で簡素なパイプ椅子を示す。華恋たちはひとまずそこに腰掛けた。
壁沿いには三台のモニターが設置されていて、件の横顔を青白く照らし出している。顔のエラや窪みの濃淡がはっきりして、オカ研の部長らしくどことなく不気味な雰囲気を醸し出していた。
「それで、単刀直入に聞こうか。一体、僕らにどんな相談がしたいの?」
彼のその質問に、その場の空気が硬直した。華恋が眼鏡を掛け直す。そこから覗く眼球の奥、彼女も気づいていないような深淵の場所で何か冷たいものが蠢いた気がした。
「私の目についてのことよ」
彼女は言った。無意識に朱色の柄を触る。
「なんてことはないわ。むしろ、オカルトのせいと押し付けることがおかがましいとさえ思う。それでも、最近不可解と言わざるを得ないことに悩まされているの」
「ほう」
件は興味深そうに顎をさすった。目を輝かせ、子どもじみた好奇心で言葉の続きを待つ。
「私の視力が急激に落ちたのよ」
そう言って彼女は眼鏡を外した。今までレンズ越しにしか見えなかったガラス細工のような眼球が彼らのもとに晒される。
「これを外せば視界がかなり霞んで見える。最も、最近は眼鏡越しでもぼやけて見えることが多いけど」
「あぁ、それで今朝階段から落ちてきたのか」
「まぁそうなるわね。足元の景色が揺らいで見えづらいことは多々あるわ」
そんな状態なら自転車に乗るべきではないし、まして危険走行なんてもってのほかだと紫苑は思ったが、話の腰を折らぬよう口を噤んだ。
「それで、赤羽さん。眼科とか病院には行ったの?」
「勿論、だが異常はないそうよ。その後、もっと大きな病院とかで精密検査も受けたけど、総じて異常なし。特別目が悪くなるような行動をしたことはないわ。だけど、医者たちが言うにはこのペースで視力が低下していけば失明もありうるって。今は、気休め程度の点眼薬を処方してもらっているけど、効き目はほとんどないのが現状ね」
「なるほど。それは難儀だ。症状は大体いつ頃から?」
「目が悪くなり始めたのは七年程前から。年々、視力は低下してたけど微々たるものだった。だけど、この前の春休みに急に視力が落ち始めたのよ。度の強い眼鏡に変えたけれども、今じゃこれでも足りないわ」
「そう。それじゃもう一つ質問してもいいかな?」
そう言って、件は瞼を狭めて鋭い眼光を作った。
「どうして、オカ研に相談しにきたの?」
その言葉には虚を衝かれ、華恋も紫苑も暫し黙らざるを得なかった。だが、直後に少し苛立ちの混じった声で華恋は言葉を返した。
「どうしてって、今言ったでしょう? 私の視力が原因不明に低下して失明の危機だって。だから、私は——」
「オカ研へ相談しに来たというの?」
彼のその声音に敵意はなく、淡々と疑問符を並べる。それは、詰るようなものではなく、母親が子どもをしつけるような声に近い。
「それは些か突飛すぎる思考の跳躍だろう。君は、オカルトのせいとすることがおこがましいと前置いていたけれど、確かに、常人は視力が低下したぐらいでオカルトと結びつけたりはしないよ。発見されていない難病の可能性や医者たちが何か重要なことを見落としている可能性なんかを疑った方がまだ建設的だ。それでも、君はオカ研に来た。失明の恐怖には心中を察するに余りあるけれど、君の思考は理解に苦しむかな」
「おい、件。それはないだろう。いくらなんでも言い過ぎだ」
咄嗟に紫苑が噛み付いた。何より彼の物言いに気分が悪かったからだ。
「いえ、彼の言う通りだわ。確かに藁をも縋る思いだったのだけれど、あなたたちに縋るのは筋違いだったかもしれないわね」
そう言って華恋は立ち上がった。
「待ちなよ。僕は赤羽さんの思考を理解できないとは言ったが、行動には理解を示しているんだぜ」
「どう言うこと?」
唐突の言葉に行き場を失った華恋はその場で固まる。それを見た件が手を突き出して、再び座るよう促した。彼女はその指示に素直に従った。
「いや、なに、別に赤羽さんのようなケースは珍しくはないんだ。『まがい』なんてものは普通見えないからね。知らずのうちに出会って、頭の奥の方では記憶しているんだけれど思い出せず、だけれど無意識に行動してしまう。赤羽さんも何かしらの『まがい』に行き当たって、無意識下のうちに僕らオカ研に引き寄せられたかもしれないと言うことさ」
そして、ダメ押しのように件は言葉を重ねる。
「僕としては、多かれ少なかれここを訪れた時点で、まがいと何かしらの関係があると踏んでるけどね」
彼女は何も言わなかった。椅子の上で微動だにせず、ただ件の瞳を覗き続けた。彼女が何を考えているのかは誰にもわからなかった。
「私の問題は解決できるの?」
「あぁ、元よりオカ研って言うのは相談を受け付けて解決するまでがセットだからね。ただし対価を頂こうか」
その言葉に華恋の表情が固くなる。
「お金はある程度しかないのだけれど」
「いいや、別に僕らは金銭を要求したりしない。僕らにとって何より嬉しいのは情報だ。だから、相談を受けることで『まがい』の情報を集め、見返りとして解決を手伝う、それが本来のオカ研のあるべき姿なんだ。だが最近、そう生半なことを言ってられる状況でも無くなってね」
「つまり?」
「部員が足りないんだよ。三年生の先輩が二人、オカ研らしく幽霊部員がいたんだが、先日、卒業してしまった。それで、残っているのが、新しく二年生になる僕と副部長のしののん、この二人だけだ。だけど、研究会の構成要件は最低部員四名以上。五月までに新入部員が入らないと部室は没収され、このオカ研は消滅することになる」
「それで私に入って欲しいと」
「察しがよくて助かるよ」
彼女はまたしてもフリーズした。だが、今回は彼女が何を考えているかが分かる。頭の中で問題の解決と入部の面倒を天秤にかけているのだ。
「まぁ、失明するよりかはずっとマシかもね。いいわ。その条件で呑む」
青く照り返された件の顔がより一層明るくなる。しかし、彼女は「だけど」と逆説で言葉を繋いだ。
「報酬は後払いよ。私の目をなんとかしてくれたなら、その時はあなたたちの部活に入ってあげる」
「勿論それで構わない。誠心誠意尽力させてもらうよ」
「では、是非お願いするわ」
華恋は細い掌を差し出す。件はそれを屈託なく握った。
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