第32話 癒しと元気研究会の臨時会合


翌日。

『癒しと元気研究会』メンバーは、緊急に集まった。

集まったのは真弓、部長の尾中孝直、副部長の星野志保、岡谷孝雄、左右田麗奈の5人である。


バンドメンバー3人は欠席だ。


もう幽霊部員だと思っていいだろう。部費はなんとか回収できたので、幽霊部員でもあまり問題ない。


「で、どういうことなのか教えてくれる?」いきなり岡谷孝雄が口火を切った。

本来なら、仕切るのは部長の尾中孝直であるべきはずだが、岡谷は気にしない。自分の興味で進むのが彼の生き方だから。


実際、今回の話はなんと言っても岡谷が中心になりうる。岡谷はそう考えていた。


真弓が説明する。

「音楽の駒谷珠子先生に、歌のレッスンをしてもらっていたの。そうしたら合唱部の人たちがバックコーラスしてくれることになって、それがグローリアだけじゃなくて、オリジナル3曲全部にバックコーラスしてくれるって。そうすると4曲になっちゃうけど、いいかな?」


そこで岡谷が答える。

「問題は2つあるね。1つは、4曲やれるか、ということ。もう一つは、バックコーラスをどうするか、ということだね。前者はアンコール1曲にすればいいんじゃないかい、部長?>」


尾中孝直は答える「うーん、無理やり強行する手もあるけど、それはまずいかな。3曲プラスアンコール一曲にしよう。どうかな、星野?」


彼は横に座っている小動物のような星野志保を見る。


「まあ、大丈夫だと思います。一応、山口会長と巨に…じゃない香苗副会長と話をつけますね。」



(巨乳副会長って言おうとしたよね、この子)全員が内心で突っ込んだが、声には出さない。



岡谷が気づかないふりをして続ける。

「バックコーラスのほうは、譜面をどうつけるかだね。グローリアはもとの譜面があるからいいよね?」岡谷が確認する。


「はい。。アレンジも自分たちでするそうです。」

真弓が答える。



「合唱部との練習はいつやるの?」

岡谷が聞く。



「えっと、火曜日と木曜日です。」


「よし、わかった。あと、合唱部は男声、女声それぞれ二部でいいんだよね?」


「はい、そうです。有志なのでそれ以上のパートは無理です。」真弓が答える。



「なら、問題ない。今週の金曜日までに、1曲、月曜日にもう2曲、バックコーラス譜面を作って送るよ、面白くなってきた。」

岡谷は不敵に笑う。



左右田麗奈が心配そうに問う。

「岡谷さん、体は大丈夫ですか?無理しないでくださいね。」


「こんな面白い事、放っておいて他人に適当なものを作られたらそれこそコンポーザーの名折れだよ。やるさ。」


岡谷は、作曲、編曲、演奏、録音、リミックスなどすべて自分でやることができる。

その才能を遺憾なく発揮できる機会だ。彼は張り切りっている。



「麗奈ちゃん、僕がこれをやっているうちに、アルバム用の歌詞と、そのバックストーリーを書いておいて。」


麗奈が頷く。


バックストーリーとは、歌詞で説明しきれない世界の状況について、小説の形で表現しておくことだ。


たとえば「普段着のアイドル」だったら、学校がどういうところだとか、歌詞にでてこないような背景情報を提供し、歌詞の意味に深みを与えるものだ。 というか、本来は背景小説があってそれを歌にした歌詞を作る、というのがあるべき姿なのだろう。



まあこのあたりは制作スタイルの違いとかポリシーの違いとかいろいろあって面倒なので説明は割愛しよう(笑)。


とにかく、これから岡谷がやることは、3つのオリジナル曲にバックコーラスをつけることだ。


まず譜面は岡谷が自分作ったものだし、伴奏も岡谷が多重録音をしたものだ。岡谷としては、自分の曲は自分でアレンジしたい、ということだ。


実際のところ、「夜明けの虹」はについてはメロディー重視の曲なので、コーラスもストリングスのっようなハミングを全体にわたっけていきたいが、他の二曲はアイドルソングなので、合いの手を入れたり、サビの部分の歌だけでいい。そのため岡谷としては何とかなる、いや何とかするつもりだ。


「とりあえず4曲で話をつけます。」話を戻した部長の尾中孝直が言う。そして星野志保が頷く。


「じゃあ、合唱パートの譜面をもらったら、それと音源を合唱部の皆さんに送りますね。」真弓が言う。


「ああ、お願いするよ。あと、当日は3曲とも僕が伴奏する。ただ、練習は音源でやってもらうようにしてね。」岡谷が言う。




「そうですね。ただ、途中から練習する場合もあるので、伴奏のピアノ譜面があると嬉しいいです。」真弓が言う。


「ああ。用意するよ。」岡谷が言う。



誰が見ても、岡谷の負担が大きいのは明らかだ。 だが岡谷は実際楽しんでこれをやっているのだ。


「ビデオはどうしますか。」部長の尾中孝直が聞いてくる。


「独唱バージョンとコーラスバージョン、両方作ろうか。コーラスバージョンは単純にライブ動画を使うだけだ。それとは別にシングルバージョンも作ってアップしよう。」



岡谷は言う。まあ、実際のところ、動画を作るところまで岡谷は手が回らない。実際の作業は孝直の仕事になるだろう。


「いいですね。ただ、衣装はどうしますか?」孝直が聞く。


衣装担当はもともとボーカルの今凛子(こん りんこ)の担当だったが、立派な幽霊部員になってしまった。


「普段着のアイドルは普段着だし、走れ!恋心は制服でいいと思うよ。」岡谷は答える。


「真弓さん、どうですか?」尾中孝直が真弓に確かめる。


「大丈夫です。ただ、制服についてはうちの学校のじゃなくて、なんちゃって制服にしようかな。」


なんちゃって制服とは、チェックのスカートやブレザーとか、なんとなく制服っぽい私服のことだ。制服のない学校の女の子が着てみたり、セーラー服の制服の子がブレザーに憧れて着てみる、というようなパターンだ。かれらの秀英高校の制服は普通にブレザーだが、色違いのブレザー、違うチェックのスカートなんかが「なんちゃって制服」の例になるだろう。



「その辺はお任せします。ご自由に。」岡谷は答える。 彼は音楽に強い拘りがあるのであって、衣装はまあどうでもいい。もちろん動画がバズることは大事なので、ある程度口は出すつもりだが。




「「じゃあ、今日はこんなところですね。」部長の尾中が言い、解散する。



その後、麗奈が岡谷孝雄のところへやってきた。


「ねえ、本当に大丈夫なの?やること多すぎるんじゃなにの?」麗奈が心配そうに聞く。



「ああ、たしかに多い。だけど、僕がこれをみんなやりたいんだ。任せてくれよ。」」



麗奈が言う。「本番は、打楽器くらいいお手伝いします。ベルとかでも。」


孝雄は笑顔で答えた。「ありがとう。アレンジにもその辺を考えるよ。」



そして、クリエイター・岡谷孝雄はそれから編曲というか伴奏譜面作りに没頭していくことになる。



翌週の月曜、すべてのパート譜面が出来あがったのを見て、真弓が驚いたのは別の話だ。


















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