第31話 真弓のバックコーラス



翌日の放課後。

白石真弓は、音楽室へ行く。・


音楽の駒谷珠子先生に、「グローリア」の指導をしてもらうためだ。


音楽室には、まだ誰もいなかった。

真弓はスマホと楽譜を取り出した。


まずは発声練習だ。ピアノでCの和音を出し、「あーあーあーあーあー」と歌う。

次はDの和音だ。そして次はE、F…でオクターブ上のCにたどりつく。



本来なら今度は下がっていく。だが今日は、昨日KEYCHAINの二人、すなわち岡谷孝雄と左右田麗奈のコンビが作ってくれた曲を練習することにした。


五線譜に綺麗に印字された譜面を見ながら、スマホから出る音に合わせて歌う。


まずは「夜明けの虹」からだ。スローテンポで始まるこの曲を、真弓はしっとりと歌い上げる。


曲が盛り上がり、クライマックスを迎える。。もう喉があたたまった真弓は、大きな声で歌い上げる。音域はメゾソプラノの真弓に合った形で設定されており、無理なくフォルテシモで歌いあげることができた。


そして最後はピアニシモ。小さい声で、ただ消えることはなく、存在を主張しながら終わる。


歌い終えて真弓が一息つくと、突然拍手が鳴り響いた。 見ると、合唱部の一年生、坂峯みかさだった。



「真弓さん、すごいです。奇麗な曲ですね。これはどこから持ってきたんですか?」

みかさが尋ねてくる。


「これはオリジナルよ。学内のユニットの二人が作ってくれたの。」


「え~。凄い。こんなの作っちゃう人たちがいるんですね。これも年末に歌うんですか?」みかさが目をキラキラさせながら言う。


「そうなるかもね。3曲のうち、1曲選ばないといけないの。」


「え、他にもあるんですか?是非聞かせてくださいよ。」



リクエストに答え、真弓は「走れ!恋心」と「普段着のアイドル」も歌い上げる。

歌い終わると、みかさが大きな拍手をする。



「すごくいいですね。アイドルみたい! いや、真弓さんは学園のアイドルでしたね。」

みかさはちょっと恥ずかしそうに笑う。


そこへ駒谷珠子先生がやってきた。

ぴっちりしたスーツを着ていてもわかる、巨大な胸部装甲。男子の視線を釘付けにし、女子からは羨望と怨嗟を集めるその双丘の存在感は、いつもながら凄いと思う真弓だった。



「今の歌は?」先生が聞いてくる。


「オリジナル曲です。どれを歌うのか、まだ迷ってます。」


「そうなの。凄いわね。誰が作ったの?」先生が食いついてくる。


「えっと、二年の岡谷孝雄さんと、一年の左右田麗奈さんです。二人でKEYCHAINっていうユニットを組んでるんです。」


「へえ、それは素敵ね。二人は付き合ってるの?」先生が追及してくる。真弓のレッスンはどうなるんだろうか。


真弓は首を横に振る。「そんなのは知りません。それより、レッスンお願いします。」」無料レッスンとはいえ、時間が限られている。


「…そうね。じゃ、始めましょう。」




そしてレッスンが始まる。

最初は、オーソドックスに発声練習からだ。


いつの間にか、合唱部の有志の連中も集まっていて、皆で声を上げる。


歌のレッスンに移ると、先生は合唱部メンバーのそれぞれのパートに自主的に練習させ、彼女自身は真弓に付き添った。


「何だか、先生を独占して悪いですね。」真弓が言うと、


「もともと、私が引き受けたのはあなたに指導ってことよ。他の合唱部の人たちは、おまけよ。まあ、伴奏だと思ってくれればいいわ。あなたはこの歌のソリストなんだから、堂々としてなさい。」先生は胸を張ってきっぱりと言う。


その姿勢は、男の子にも女の子にもショックがデカいよね。真弓は思うが、口には出さない。


レッスンに関しては、そういうものなのだろう。真弓は納得した。


先生の指示と伴奏で、真弓が歌い始める。

ワンコーラスで先生は止める。



「もっと大きな声で、はっきりとね。こんな風に。」

先生はそう言って、『グローリア」の出だしを歌う。



なるほど。さすがは音大の声楽科出身だ。奇麗な声だった。


真弓も、大きな声で歌い始めるが、また止められる。


「そうじゃない。大きな声を出すことと、はっきり歌うことは違うの。もごもごしないで、もっと明瞭にね。」


真弓が再度歌いだす。こんどはいい調子だ。

そのまま歌い続けていくと、途中で他のパートの人たちは練習を止めていた。


皆、真弓の声に聞き入っている。


真弓が通して歌い終わると、自然に拍手がわいてきた。


真弓は驚く。まだ未完成で、そんな拍手もらえるレベル7ではないと思うからだ。


真弓は「やめてくださいよお。まだへたっぴなんだから。:」そういって体の前で両手を横に振る。


だが、それは否定というよりはただ手を振って声援に応えているように観えたようだ。


「真弓ちゃん!よかったよ~」などと声がかかる。もちろん男子生徒であろる。



「いえいえいえ」真弓は首も横に振る。これなら否定に見えるだろう。



先生が皆に声をかける。


「じゃあ、合わせてみましょう。最初はみんなだけね。ソリストはもっとあとからだから。」



先生はそういって、皆の指導を始める。これが合唱部の練習、というべきなのだろう。


駒谷先生の教え方は、意外に上手だ。声の出し方、息継ぎの仕方、ファルセットの使い方など、とても参考になる。一回のレッスンで、真弓の歌が見違えるように、いや聞き違えるように良くなっていくのがわかる。


胸以外にも長所があるのね、あ、大所かしら、などと真弓は思う。


レッスンの終わりころに、全体で合わせてみた。

手ごたえ十分。

すでにかなり仕上がっている感じだ。。


もちろんコーラスのほうはまだ向上の余地はあるのだが、あくまでバックコーラスであって、主役の真弓を引き立てるものでしかないのだ。



このあと先生は残ってピアノを弾いて授業の準備をする、とのことだったので、皆は音楽室を出る。



そして一年生の仕切り役、坂峯みかさが先導し、視聴覚室に移動した。


ここは防音が効いているわりに、開いていることが多い。


みかさは言う。「真弓さん、あの曲全部聞かせて。」

真弓はうなずく。


みかさは皆に言う。

「みんな、真弓さんが歌うオリジナル曲よ。どれがいいか、意見を聞かせて。」」



スマホをセットし、真弓は楽譜のプリントを手に持つ。


スローな「夜明けの虹」が始まる。この曲はイントロはなく、すぐに歌が始まる。

真弓は、ボーカロイドと一緒に歌う。


もちろんボーカロイドの歌だけでもいいのだが、真弓に合うかどうかを決めてもらうのだから、自分で歌うのが筋だろう、と真弓は思っている。


レッスンで、喉はすでに出来上がっている。

真弓は気持ちよく高音を出して、しっとりと歌い上げた。



歌が終わるとすぐ、皆の拍手が起きる。

だがみかさはそれを手で制し、真弓に次の曲へ行くように促した。


「次は、『走れ、恋心』です。」真弓が言い、スマホを操作する。



軽快なイントロが流れ出し、真弓はリズムに乗って体を動かす。


皆を元気づける曲だ。真弓は自己流の軽い振付で、明るく歌う。

自然に、皆が手拍子をしてくれた。


終わると、男子から「真弓~」と声がかかった。


「さあ、ラスト一曲いくよ~」みかさが言う。


アップテンポのイントロが始まった。やはり真弓はリズムを取る。

これも明るく楽しい曲だ。タイトルは「普段着のアイドル」。


男の子目線の曲を歌うのも、なんだか新鮮だ。真弓は歌うのを心底楽しんだ。



曲の途中から、みな総立ちで手拍子をする。真弓の明るい声がそれとまじりあう。


曲が終わったとき、男子たちの「お~」という声と、口笛が響きわたったっ田。



興奮がおさまったところで、みかさが問う。「みんな、どの曲を選ぶ?」


皆、どれがいい、あれがいいなどといろいろ言うが、意見はまとまらない。


「真弓さん、これでわかったでしょ?全部よ。」みかさが言う。


「え、でも歌うのは三曲って言われてるし…」真弓が口ごもる。


「いいわよ。3曲歌って、1曲アンコールにすればね。事ももなげにみかさが言う。



「名案だね。」男子生徒の一人が言う。


「じゃあ、この三曲もバックコーラスやろうじゃないか。どうせならずっと舞台にいようぜ。」

そういう男子まで現れた。どうやら部長さんらしい。



真弓は、ちょっと情報を処理しきれなくなってしまった。・


「み、みんなちょっと待って。私ひとりじゃ決められないから、他の人に相談してみます。決まったらみかささんに連絡しますから。」



真弓はそういって何とかその場を収めた。


尾中孝直と、岡谷孝雄に相談しなければ。



帰り道で、真弓は二人にメッセンジャーを送った。


部のグループメッセンジャーで、孝直が返事してきた。


「あした放課後、視聴覚室で打合せしましょう。事情はその時教えてください。」


岡谷孝雄からは親指を立てるスタンプが送られてきた。真弓も、「らじゃ」と言う犬のスタンプを送った



ーーーー

皆さまお久しぶりです。真弓は元気にやっていますよ!








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