第30話 新入部員、幽霊部員


放課後になった。

『癒しと元気研究会」メンバーは視聴覚室に集まった。


…はずだが、バンドリーダーの沖峰、ベースの時松そして本来のバンドのボーカル、今回は衣装と振付担当の今凛子は来ていない。


その代わりに、岡谷の横に1年生の小柄な女子、左右田麗奈が座っていた。


他にいるのは、部長の小柄な1年生、尾中孝直、同じクラスの副部長、星野志保、そして勿論白石真弓だ。


岡谷が言う。

「あ、忘れてた。うちのクラスの3人は欠席だから、これで全部だよ。」


孝直は眉をひそめた。

「あの人たち、前回はオリジナルなんかいらないって言うし、今回は欠席ですか。やる気はどうなんでしょうね?」


「まあ、幽霊部員候補だな。とりあえず部費だけはとりたてとけばいいさ。」


岡谷は肩をすくめる。


まあ実際やる気ないんだから仕方ないよな。


「あの、オリジナルって言ったのがよくなかったんでしょうか?」白石真弓がおずおずと言う。


「わたし、別にオリジナルじゃなくても、バンドの皆さんが気持ちよく演奏してくれるならそれでもいいですけど…」

ちょっと恐縮している。



「いやそれは問題ないよ。」

岡谷は断言する。実際のところ、問題はないんだから。



「あの、問題ないわけないじゃないですか!曲はない、バンドはやる気ない、これじゃなんのための集まりだかわかりゃしない。」


孝直が気色ばんで立ち上がろうとしたところを、志保が手で制した。


(星野さんは、こういうのがうまいな。尾中の動きをしっかり制御している。)


岡谷は思う。結構いいコンビなのかもしれない。ただ、尾中孝直は白石真弓に前のめりなのだが。


志保は落ち着いていう。

「その説明をこれから聞きましょう。でもその前に、麗奈さん、自己紹介をお願いしますね。」



皆の目が、麗奈のほうを向く。


麗奈が立ち上がる。

「1年の左右田麗奈(そうだ れな)です。文芸部の部長をしていますが、こちらにも参加させていただきます。」

そう言って頭を下げる。


「ありがとうございます。じゃあ、岡谷さん、状況を説明してもらえますか?」

星野志保が促す。


(なんだか彼女が仕切っている感じだな。でも、暴走しそうな尾中君をしっかり抑えている。いい感じのコンビだね。)


岡谷は思いなが立ちあがる。


岡谷は三人に向かってゆっくり話かける。

「オリジナル曲はすでに3曲できている。」


尾中孝直が驚いて聞く。

「え?どうやって?他の二人は作業してなかったのでは?


岡谷はにやりと笑う。

「まあ、まずは聞いてくれ。一曲目は『走れ、恋心』だ。」



そういって、タブレットを操作する。

軽快なイントロが始まったと思ったら、すぐにボーカロイドの歌が始まった。


聞いていた3人はすぐに引き込まれる。

曲がサビにさしかかる。


♪走れ (はしれ) 走れ (はしれ) 私の恋心~


見ると、三人は無意識にリズムを取っている。うん、いいね。

麗奈も嬉しそうに聞いている。


曲が終わり、三人が拍手する。

「すごいです。岡谷さんが一人で作られたんですか?」

星野志保が聞いている。


「あとで説明するから。次は『夜明けの虹』だ。」


スローな曲が流れ出す。

ボーカロイドの澄んだ声が響く。

白石真弓は、目を閉じて聞いている。


パイプオルガンの音(実際はキーボードで出した音だが)が荘厳に響きわたる。


夜から朝に変わっていくイメージができていく。


曲がだんだんと盛り上がり、朝の光が広がって、虹が静かに消えていくところまでイメージできるような曲に仕上がっている。


皆、言葉が出なかった。拍手もなかったが、それは避難しているのではなく、驚いているのだ。


孝雄の口角があがる。


「そして最後は、『普段着のアイドル』だ。」


三曲目が流れた。

また軽快な曲に戻る。


イントロが流れ始めたところで、尾中孝直が、拍手していなかったことに気づいて焦っているようだ。

だがもう三曲が始まっているのだ。


また3人が何となく体でリズムを取っている。


曲が終わると、今度は三人とも拍手をした。



「どうかな。」

そういう 岡谷はドヤ顔をしている。


まあ、それに相応しいラインアップといえるだろう。


「この三曲、作詞も岡谷さんですか?」

星野志保が聞く。興味津々のようだ。


「いや、違う。これらは、ここにいる左右田麗奈さんの手による作詞だよ。」


麗奈が黙って礼をする。


「あ、文芸部の部長さんね!それならわかる。あの部誌もすごく素敵な作品がそろっていたもの。」

白石真弓が言う。



「そうなんだ。彼女の才能は素晴らしいよ。僕はもうすっかり彼女の虜だよ。」

岡谷が言う。


まわりはどういう意味に取ればいいのか、わかりかねている。

その一方で麗奈は頬を真っ赤に染めている。


岡谷は続けた。

「だから僕たちはユニットを作ったんだ。KEYCHAINって名前にする。 KEYCHAINの楽曲は、原則として僕が演奏する。 だから白石さんが歌うときもそうするよ。」


「バンドの人たちはどうするんですか?」尾中は尋ねる。


「あまりやる気がなさあそうだから、放っておくよ。あ、ちなみに僕はバンドから抜けたんで、あとは知らない。彼らに頼らなくてもいいよ。」


「いや、あの人たちに辞められたら困るんですけど。」部長の立場として尾中孝直は言う。


「あ、彼らは幽霊部員として残るから大丈夫だ。 だけど、部費だけはしっかり徴収しとけよ。部費を払ったら幽霊部員でもいいだろ?」




「…まあそうですけど、僕から二年生の先輩方に『部費を払ったら幽霊部員にしてやる』なんて言えないですよ。」


「それを頑張るのは部長の仕事だろ。副部長さんとカップルで頑張ってくれよ。「


「「カップルじゃあありません。」」見事に二人でハモった。



孝直と星野志保は顔を見合わせる。


「岡谷さん、口添えはしてくださいよ。」:孝直はあきらめて言う。


「ああ、もう部費だけは払えって言ってあるから。いくらにするか知らないけど、取りたてやればいいよ。彼らも罪の意識があるから、払うと思うよ。」


「ところで、麗奈さんは楽器をやるんですか?」真弓が聞く。


「いえ、特に楽器はできません。歌詞を作るだけです。もちろん、音楽の授業でやったくらいの楽譜は読めますけど。」


麗奈が答える。


「ああ、それなら今後、ボーカロイドと併用して、麗奈ちゃんの生歌も使おう。そのほうがいい感じのときもあるからな。」


岡谷は言う。 これは麗奈を好きだからではない。岡谷の音楽への拘りだ。



「でももう3曲できているんだから、曲はこれ以上作る必要ないですよね?」孝直は確認する。



「ああ、ここから先は趣味の問題だ。そして我々KEYCHAINの礎を築くプロジェクトだよ。」

岡谷が重々しく言う。


「何だかよくわからないけど、頑張ってくださいね。あと、曲の伴奏もお願いしますね。」真弓が付け足した。


「ああ。練習では随時生キーボードでやろう。でも、カラオケのmp3も渡すから、必要に応じてスマホやパソコンで聞いて練習してくれ。」岡谷は答える。



「ところで、どの曲を使いますか?本番ではグローリアと、みんなが知っている曲と、オリジナル一曲ですよね?」真弓が聞いてくる。



「それは歌い手が決めればいいよ。オリジナル二曲やったっていいし。」岡谷は答える。


孝直も頷いている。


「じゃあ、本番のセトリをどうするかは、もう少し考えますね。来週までには決めます。」真弓が答える。


「尾中君、セトリって何? 古本屋で本を買ってネットで転売するもの、じゃないよね?」星野志保が聞いてくる。


「それは『せどり』だよ。セトリというのは、セットリストのことさ。要するに、歌う曲のリストの事。」


「ふーん。ありがとう。」星野志保は気のない返事をする。だが、内心はちょっと焦っていた。


勉強以外なにもできなそうな尾中孝直が、意外にもこういう知識を持っているとは思わなかった。最近ちょっとイケメン風にイメチェンしたし、彼は今後、結構モテるようになるかもしれない。


彼がこのサークルにかまけているうちは心配ないと思っていたが、意外に他の女の子からアプローチされて、ふらふらと行ってしまうかもしれない。


孝直をしっかり攻略する必要性を改めて感じた星野志保だった。







ーーーー

真弓「ねえ、私、主役だよね?」


麗奈「…たぶん…。」


真弓「もっと活躍したいよおお!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る