第29話 激動の昼休み
月曜日になった。
昼食を食べ終わったあとの昼休み。1年A組の教室で、「癒しと元気研究会」の部長の尾中孝直は、少しいらだっていた。
楽曲がどうなっているのか、よくわからないのだ。バンドリーダーである沖峰幹夫に聞いても、適当に流されてしまう。
どうやら、沖峰はyぽい、オリジナルは不要だと思っているようだ。 むしろ皆が知っている曲のほうが受けがいいだろう、とまで言う。
もちろんそれにも一理ある。だが、孝直からすれば、これは沖峰が単純にさぼる口実を作っているだけだと思える。
孝直は、副部長であるクラスメイトの星野志保に愚痴る。
「何で、やる気ないのかなあ。これじゃあ、白石さんが可哀そうだよ。」
志保は言う。
「ねえ、それは本当に白石さんが可哀そうだと思っているの?もしかして、白石さんのために頑張っている僕が可哀そうだ、って思ってない?」
孝直はどきっとした。半分は正解だからだ。
もちろん、真弓のことが心配であることは間違いない。だが、真弓にとってもオリジナルは負担になるだけだ。彼女はべつに既存の曲でいい。むしろ、そのほうが生徒たちに受けるかもしれない、という意見にも頷いていた。
知っている曲のほうが、普通は受けがいいからだ。
孝直は動揺を隠しながら言う。
「そんな、僕なんてどうでもいいよ。白石さんのためにやるべきことを、同学年の二年生がないがしろにしているのがちょっと悔しいだけさ。」
半分は負け惜しみである。
悔しいのは、星野志保がそれに気づいているらしいことだ。
彼女は学業のライバルであり、孝直としては彼女に弱みを見せたくないのだ。
「オリジナル曲はさておき、曲を決めて、白石さんにはじっくり練習してもらわないといけないね。その意味でも見切りは早いほうがいいと思うよ。」
星野志保は孝直に言う。
つまり、オリジナルなんてさっさとあきらめて既存の曲に決め、バンドや真弓の練習を進めたほうがいい、と言っているのだ。
まさに正論である。実際に時間もない。
「どうしたものかな…・」孝直は頭を抱える。
同じころ、2年D組の教室で、元のバンド「グリーンアップル」のメンバー四人、すなわちリーダーの沖峰幹夫、ベースの時松牧人、キーボードの岡谷孝雄、そしてボーカルの今凛子が集まって話し合いを始めていた。
「オリジナルなんて要らないよな。」沖峰は言う。
「適当にあいひょんの曲でもやればいいんだよ。いざとなればアカペラでやりゃあいいんだし。
そのほうが俺たちの手間も省ける。」
「ああそうだな。そもそも俺たちが彼女のバックバンドやらなきゃならない理由ってないんだよな。」
ベースの時松牧人も言う。学園祭で飛び入りで助けてもらったのは一時的なものであって、その後のフォローまでするのはやりすぎかもしれない。
「振付も要らないんじゃないかな。あと、衣装だって制服でいいじじゃない。あ、そうしたら私やることないし~」凛子も言う。
要するに、この3人はやる気がないのだ。
岡谷はばからしくなった。
「じゃあしょうがないよな。俺、このバンド抜けるわ。」
岡谷は突然爆弾発言っをした。
皆顔を見合わせる。
「おい、ちょっと待てよ。抜けるって何だよ!」リーダーの沖峰が慌てて言う。
「だって、俺はオリジナルをやるつもりだからな。」と岡谷。。
「オリジナルなんてそう簡単にできないだろ?」時松が言う。
「いや、もう出来てるから。」岡谷は軽く言う。
「へ?」皆顔を見あわせる。
「まあいいよ。伴奏は俺一人でやるからさ。お前らは別に好きなことすればいいんじゃないか。デートでもナンパでも好きにしろよ。 ま、部費だけは払ってやれよな。」
岡谷はちょっと勝ち誇ったように言う。
「じゃあ、俺たち3人は晴れて幽霊部員になれるわけだな。で、バンドの練習はどうする?」沖峰が岡谷に問う。
「ああ、俺はこのバンド抜けるわけだし、勝手にやってくれ。白石プロジェクトのほうが当面おもしろそうだしな。」
「おい、ちょっと待てよ。」時松が慌てた。
「お前がいなくなると、楽器がギターとベースだけになっちまう。リズムセクションがなくなるじゃないか。」
「この際、ドラマーでも募集したらどうだ? やっぱり、しっかりしたドラムはいたほうがいいだろう。「
「そんなド正論を言われてもなあ…」沖峰がぼやく。
「そう簡単にドラマーなんか見つからねえよ。」
まあ、それもほぼ事実だろう。だが、だからといって岡谷が残る理由にはならなかった。
「まあ、頑張ってくれ。俺は俺でやりたいことが出来たんでな。」岡谷は言う。
「白石真弓のプロデュース?そんなことしたって白石はお前の彼女にはならないぞ、たぶん。」沖峰は言うy。彼の下心はそこにあったからだ。
「要らないよ。」岡谷は事もなげに言う。
「俺はいま、創作活動をやりたいんだ。」
「さっき言っていたオリジナル曲か?」時松が聞いてくる。
「ま、それも一部だな。これから、いろいろやっていこうと思っている。曲の創作意欲が沸いているんだよ。こんなにワクワクするのは久しぶりなんだ。」
岡谷は言う。他の3人も、岡谷の本気度が少しはわかったようだ。
「まあ、俺体の中では、天才オカタニ、お前が一番才能あるからな。」ベースの時松が言う。時松のベースは決して悪くない。だが、プロの域でないし、自分もそんなことは望んでいない。
「将来のことはさておき、今はやりたいことをやればいいさ。俺もやりたいようにやるし。」時松は言う。
「そういえば、最近やれない、なんてぼやいてたやつがいたなあ。」
岡谷が茶化す。
「おい、やめてくれよ。おれは目の前であてられそうなんだから。」時松も言う。
彼も、沖峰と凛子が急接近していることに気づいているのだ。
実際、凛子に誘惑され、あっという間に二人は一線を越えてしまっているのだ。
二人の醸し出す雰囲気から、時松も気づいている。
「ちなみに、岡谷君は音楽をやりたいの? 白石さんのサポートをやりたいの?」凛子が確認するように言う。
「それとも、白石さんとやりたいの?」時松が小声で茶化す。
「俺は、クリエイターになりたい。音楽でも、曲でも、文章でも、映像でもゲームでもね。自分で、今まで世の中になかったものを作っていきたいんだ。」
白石真弓は、その足がかりにすぎない。」
ヒュー、と時松が口笛を吹く。
「岡谷、本当にすごいことを言ってるな。もし実現するとしたら素晴らしいけどな。」
岡谷は答える。
「自分で、自分のやりたいことを実現させるのが人生の醍醐味だ。そう思わないか?」
ほかの3人は顔を見合わせる。
「お前がここまで意識高い君だとは思わなかったよ。凡人の俺たちの出る幕はなさそうだ。」
沖峰が半分茶化しながら言う。
「なんとでも言えよ。自分が恥ずかしくなるだけだぞ。まあ、話は終わりだな。」
岡谷はそう言って席を立つ。
残された三人は、無言でいままでのことを反芻する。
ある程度沈黙が支配したあと、時松が言う。
「なんか、負けた気がするな。」
実際なんだか悔しいが、だからといって何ができるわけでもない。
言葉が出ずに、凛子も席を立った。
そのころ1年A組に、左右田麗奈がやってきた。星野志保が気づいて、入口まで出迎える。
「左右田さん、どうしたんですか?」クラスは違うし、親しいわけでもないが、志保は麗奈のことを知っている。
麗奈は紙を取り出した。
「これ、入部届です。今日から宜しくお願いします。」
それは『癒しと元気研究会」の入部届だった。
「入ってくれるの!歓迎しますね。でも、何がきっかけに? この前のお店にあなたも板から、それで入る気になったの?」
孝直が癒しと元気研究会構想をぶち上げたとき、麗奈は店員として同じ場所にいたのだ。志保はそれを覚えていた。
「うーん。そんなような、違うような。いまは時間がないから、またそのうちに説明します。定例会は今日あるんですか?」 麗奈が聞く。
「一応、やる予定よ。放課後、視聴覚室に来てもらえる?」志保が聞き、麗奈がうなずく。
「では、失礼します。」麗奈は1年A組を出る。
麗奈はその足で、飲み物を買うため自動販売機のある踊り場へ向かう。
ふと見ると、生徒会長の山口と、書記の香田みゆきが、二人で歩いてくる。たぶん、生徒改質で昼食を取っていたのだろう。
二人は、なんだか妙に近い感じがする。
生徒会委員が二人で歩いている、というよりは恋人たちが歩いているようだ。
あたかも、いままで密室で抱き合っていたかのように。
(いいなあ。私も岡谷さんと…)空想する麗奈だった。 もう昼休みは終わる。
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