第26話 岡谷家の土曜日




金曜の夜、丸メガネのキーボーダーそしてアレンジャーの岡谷孝雄は、文学少女・左右田麗奈から「夜明けの虹」の歌詞を受けとった。


岡谷は、それを軽く目で追ったが、作業はしなかった。


今夜はすでにかなり頭を使った。

こんな出涸らしの状態では、いい作品ができないことを、彼は経験で知っているのだ。


彼は、ネット配信で昔の映画を選んだ。ミュージカルの「王様とたわし」というものだ。西洋の掃除のおばちゃんが、アジアの王様と恋におちる、という荒唐無稽のストーリーだ。


まあ、そこがいい。何も考えずに観られる。映画音楽も、聞いたことがあるようなものが続いていた・。


なるほど。この曲はこの映画が元ネタだったんだな。

そんなことを岡谷は感じていた。


ストーリーがあれば、それに合う曲ができるものだ。歌詞があってもなくても、その情景が浮かぶようになればそれがいい。


どきどきわくわくするようなストーリーもあれば、静かな日常のストーリーもある。。平凡な女の子がいきなりステージで歌うこともあるし、平凡な男の子がいきなりロボットに乗ることだってある。


音楽はそのシーンに合わせて作られたり、選ばれる。


自分は、そんなシーンに流れる曲を作りたい。岡谷はそう思う。


そのためには、そのシーンを作り出すクリエイター、歌詞を供給してくれるパートナーが必要だ。


岡谷孝雄にととっては、それが、左右田麗奈なのだ、と彼は確信した。


ただ、楽曲のパートナーというだけでなく、彼女に常に自分のそばにいてほしい、他の男に取られたくない、と岡谷は感じるようになっていた。


これは驚くべきことだ。


比較的金持ちでそれなりに目立つ岡谷は、超イケメンではないにしても、そこそこ女の子にも人気があった。告白されたことも何度かあるし、バレンタインにはチョコが集まる。

でも岡谷は自身は、女の子を好きになったことはなかった。


岡谷はそれなりに要求が高いのだ。単に美人なら要らない。女性が化粧で化けることを、岡谷はよく知っている。


美容師の母が、自分のメイクの成果を写真に取っており、時に岡谷も見せてくれることもあったからだ。


足の裏みたいな女性が、目元パッチリの綺麗なレディになっているのを見たときは、彼は女性不信になりかけたほどだ。


それに、内面が大事だ。


その辺にいる女性でも、普段話をするにはいいかもしれない。ただ、一緒にいて安らいだり考えさせられたり、刺激もあれば癒しもある相手などそうそう見つかるものではない。


岡谷はアーティストだけに、いろいろこだわりがある。 だからこそ、特に彼女が居なくても気にしたことはないし、自分から口説く予定もこれまでは全くなかった。


それなのに。

なぜか麗奈は自分の心に食い込んでくる。それが意識的なものか、無意識のものかはわからないが、彼女が自分の中に占める割合は、日に日に大きくなtっていく。


これは恋なのか、リスペクトなのか、独占欲なのか。

たぶん、全部なのだろう。 ただ、こうも言いたい。「才能がある女性を彼女にするんじゃないな。好きになった女性に、たまたま才能があったにすぎないんだから。」



まあ、それがウソっぽいのは自分でもわかっているが、男には一人で恰好をつけたいときもあるのだ。


翌日、土曜日。岡谷は、普通の時間に起きた。父親はまだ寝ているが、母はもう起きて、コーヒーを淹れていた。


「あら、孝雄、早いのね。」母が言う。朝からしっかり化粧をしている。


家でも、起きたら化粧をする。それが岡谷の母の流儀なのだ。

そして朝食も出来ている。


早起きで働き者の素晴らしい母親、素晴らしい女性だ、と世間の人はいうかもしれない。


だが岡谷はそうは思わない。早起きするから、化粧をするから、料理をするから素晴らしいのではない。


人間の価値は、世の中に何をもたらしかかではかるべきだ、と彼は思っている。


早起きして食事を作り、食べる人を幸せにすることが素晴らしい。

化粧をして、自分のクリエイティビティを磨くこと。外面を気にすることで、自分のモチベーションを維持すること。そしていつでも外に出る戦闘態勢にあること。それが素晴らしいのだ。


孝雄の母は美容師だ。だから、自分の外見にも常に気を遣っている。自分のメイクやヘアスタイルを、ある意味実験台にしている部分もある。


美容師の仕事はアーティストだ。世界に唯一無二の作品を作り上げる。そこに価値がある。

だから岡谷は母を好きだし、尊敬しているのだ。


岡谷は朝食を食べると、また部屋に戻った。


昨夜、麗奈に返してもらった歌詞を曲に入れ込むためである。

改めて歌詞を見ると、やはり期待以上の出来だった。


仮タイトルの「夜明けの虹」のままになっている。

歌詞を追っていくと、情景が浮かんでくる。


夜明けに女の子が草原に座って、朝を待っている光景だ。

なぜそんな状況になったのかは語られない。女の子はただそこに居て、夜明けを待っている。


曲先で彼が作った曲に、完璧なイメージの詞をつけてきた。


「いいね、いいね、これ」思わず口角があがる。


そして岡谷は、夕方までかけて一気にアレンジ、ボーカロイドにより歌唱までつけて、デモ曲を完成させた。



二曲をネットにアップし、準備はオーケー。


あっと言う間だと思ったが、完成した時には夜になっていた。岡谷は朝食のあと、昼食もとらずに作業に没頭していたのだ。

一昨日の


岡谷は部屋を出た。リビングで父親がテレビを見ていた。

「孝雄、夕食に間に合ったな。」父親が言う。


岡谷は頷いた。母はまだ仕事から帰っていない。美容師の仕事は週末がかき入れ時なので、土日に一緒に夕食を取ることはあまりない。


母親が夕食まで朝のうちに準備し、岡谷と父親と二人で7時に夕食を取るのが習慣になっている。

岡谷は手早く食事をあたためて準備する。もちろん、父親の分も一緒だ。交代で夕食を準備する。土曜日は岡谷の、日曜日は父親の順番になっている。


もちろん、男の付き合いがいろいろあるので、順番が飛ぶことも多いのだが。


「最近、学校はどうだ。」父親が聞いてくる。世の中でよく使われるが、返答に困るものでもある。


「別に変りない」とでも答えるのがセオリーだろうが、今日の岡谷のテンションは違った。


「面白いことが起きている。才能のあるシンガーと、才能のある作詞家を見つけた。これは何とか俺の手でものにしたい。」


岡谷は答える。


「ほお、ハーレムでも作るのか?」父親は笑いながら答える。勿論、違うと知っていて聞いているのだ。


「いや、そういうことじゃなくて、クリエイターの血が騒ぐんだよ。」

岡谷が答える。


岡谷の父は、今は経営者だが、以前はゲームクリエイターとして活躍していたのだ。

創業メンバーであり、年功序列もあっていまは経営に専念しているが、本来はやはり作るほうが好きなのだ。


ちなみに岡谷家の経済状況が良いのは、父親の会社が株式公開したから。実は、一生遊んで暮らしてもおつりが来るくらいの金があるらしい。


まあ岡谷はそこまだ細かいことは知らないし、それほど興味もない。いまは、自分の力で何ができるのか、模索しているのだ。


父は答える

「ほお。作品が仕上がったっら父さんにも見せてくれよ。」


「ああ、いいよ。ただ、曲は出来たけど、シンガーが歌って踊るならプロモーションビデオは当分先になりそうだよ。でも、音源はたぶんそのうちできると思う。」


岡谷は正直に答えた。


「ああ、お前が本気で打ち込むなら、それが一番だ。お前の本気、見せてくれ。いや、聞かせてくれ。」


父親が真剣な顔で言う。休みの日のラフな格好に似使わない、眼光の鋭い視線が刺さる。

父親がこんな顔をすることはいままで無かった。


多分、これは父親がビジネスでゲームクリエイターに見せる目なのだろう。岡谷は思う。


「ああ、楽しみにしててくれ。息子の成長を見せてやるよ。」


岡谷の口角はあがっていた。

それだけ、今回の作品に自信を持っているのだ。




食事が終わり、岡谷は部屋に戻った、


「あいつも、一人前の男の顔をしていたな。好きなようにさせてやろう。」

リビングに残った父親はつぶやいた。



息子の人生は息子の人生だ。自分が口を出すことではない。

大学だってどうでもいい。音楽で食うのは大変だ、というう人も多いが、それはパフォーマーのみしてやる場合だ。


クリエイターとしての音楽家には、いろいろ需要がある。

だから、まずはやりたいことを突き詰めればいい。


自らも元クリエイターであり、クリエイターの知り合いも部下も多い岡谷の父は、そう思っている。


ゲーム、美容、音楽。道は違うが、クリエイターの血は脈々と受け継がれているのだ。



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白石真弓「うー、まだ私の出番がない!」

香苗「なんか、次回もないかもよ。予定がのびのびになってるんだって。」


真弓「うえーん」




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