第25話 文学少女・左右田麗奈




カフェ Afternoon Kiss でバイトの左右田麗奈の作ったナポリタンを、丸メガネの岡谷孝雄はスプーンとフォームを器用に使い、無言で食べていた。


横では、エプロンをしたウェイトレスの女子高生、麗奈が心配そうに見守っている。


岡谷の手が止まったところで、麗奈はおずおずと尋ねる。


「あの…どうですか?お口に合いますか?」


「うん、とてもおいしい。麗奈ちゃん、料理うまいね。お店で出せるくらいだね、あ、もう出してるか。」

岡谷は笑いながら言う。


(岡谷さんって、こんな冗談も言うんだ。)

そう思った麗奈は、何だか嬉しくなった。


「そんなこと言っても、何も出ませんよ! あ、食後にホットコーヒが出ますけど。」


麗奈も笑顔で返す。


「では、ごゆっくり。」そう言って、麗奈は顔を赤くしながらバックヤードに戻る。


もう一人のバイト、莉乃がカウンターのところにいた。


「麗奈ちゃん、いい感じね。このままいっちゃう?」

とからかう感じでいう。莉乃もそれなりの美人だが、可愛らしさでは正直なところ麗奈のjほうが上だ。


「何がいっちゃうんですか!そんなんじゃないです!」麗奈は莉乃に対してあわてて否定する。


莉乃はバイトの先輩であり、高校の先輩でもある。そして幼馴染でもあり、麗奈の兄、左右田勝男の彼女でもあるのだ。


ちなみに、学園祭の初日に、白石真弓が立ち寄った文芸部の部屋にいたのは、麗奈と莉乃の二人であった。


麗奈は頃合いを見計らってホットコーヒーを淹れ、岡谷のところへ行く。

ナポリタンは完食されていた。


「麗奈ちゃん、美味しかったよ。ありがとう。」

岡谷の丸メガネの奥の目が笑っていた。


麗奈も嬉しくなり、「どういたしまして。これ片付けますね。」

そういって、空いたパスタの皿に手を伸ばした。


そこで、唐突に岡谷が聞いてきた。

「ねえ麗奈ちゃん、日曜日の昼間、時間あるかな?曲の相談続けたいんだけど。」


なんと、岡谷から誘われてしまった。

麗奈からすれば願ったりかなったりである。


「空いてます。どうすればいいですか?}麗奈は平静を装って聞く。


「じゃあ、、カラオケボックスに行こう。そこのボックスは11時からやってるから、そうだね、11時前に、駅前の時計のところでどうかな?」


麗奈はもちろん了承する。本当はこの日、友達と買い物に行く約束があったが、そんなものはどうでもいい。女の友情は紙より薄い!


わかりました。さっきいただいた曲の歌詞は、できれば今夜、あるいは明日のお昼までにはお送りしますから。」

麗奈はそう答える。


今夜のバイトは8時までだ。今日は金曜だし、明日は学校はない。バイトも午後からだ。今夜中に作詞を仕上げてしまおう。


ホットをほぼ一息で飲み干した岡谷は、そそくさと会計を済ませ、家に帰っていった。多分、麗奈の歌詞を入れた形の曲をボーカロイドで歌わせるのだろう。


 

岡谷を送りだしたあとの一時間は、のろのろと過ぎた。

岡谷がいるときはあっと言う間に過ぎてしまうのに、彼が居ないと時間の進みが非常にゆっくりであることに麗奈は気づいた。


こういう気持ちを、歌詞にしたらいいのかな…麗奈は思う。


もちろん、曲に合う歌詞なら、という話ではあるが。


何とか仕事が終わり、麗奈は帰路についた。イヤホンで岡谷が作った曲を聴きなおす。終わるとリピートし、何度でも聞き直す。



そうするうちに、どういう主題がいいのか、とかサビはどういう歌詞にする、というようなものが少しづつ形になっていく。



曲に合わせて、歌詞のリズムを作っていく。


そしてイメージを作り上げていく。


夜明けの草原に、少女が一人すわり、日の出を待っているイメージ。

なぜ少女はそこに座っている?

辛いこと、悲しいことがあったから?


じゃ何故座っている?

夜明けを待っているから?


夜明けに何を思う?



こんなことを考えながら、歌詞に落としていく。

まずは頭の中で作り上げ、家に着いたらすぐにそれを文字にする。



あっという間にツーフレーズが出来上がる。

ただし、通しで読むと、少しくどい。


ではどうすっきりさせるのか…



できれば韻を踏みたい。


そして曲の終わりを絵のようにしたい。




そんなことを考えながら、作詞を続ける。



…楽しい。作詞って、こんなに楽しいものだったのか。


いや、作詞が楽しいのではない。岡谷と協力して、一つの作品を作りあげようとしているのが楽しいのだ。


この気持ちを岡谷さんと共有していたらいいな。


麗奈はそんなことを思った。




そして、歌詞が完成する。

岡谷に目メロディに合わせt歌詞。

ただ、少し遊びを入れている。岡谷はそこに気づくだろうか?


曲名はやはり「夜明けの虹」としよう。



最後に内容をもう一度確認してから、麗奈は岡谷に歌詞をメールで送った。祈るような気持ちだったが、何に対して祈っているのか、自分でもわからなかっmた。



Side 岡谷孝雄


岡谷は、高揚した気分で自宅に戻り、自分の部屋にある機器を使って、「走れ!恋心」をブラッシュアップした。


主旋律はそのままにしつつも、アレンジにはちょっと変わったコードを使ったり、効果音を入れたりして、ちょっと不思議なテイストを加えた。


メインの音源はキーボードとストリングス。ベースラインをしっかりと入れ、高音部分は必要に応じてギターでも追える形にした。


ボーカロイドを二種類つかい、走れ!(走れ) というバックコーラス部分は違う声にした。

たぶん、ステージで歌うときには、会場のみんなが合いの手を入れることになるのだろう。

それを予定して、フレーズごとに少し休符をおいて、掛け声も入るようにしている。


アイドル系のアップテンポな曲には、こういうノリも大事だ。


おそらく麗奈はその辺を計算に入れて作詞している。


簡単な作詞のようで、実はよく考えられている。

文字数も、必ずしも同じではなく、一番と二番で少し違うメロディやリズムを取れるように計算されているのだ。


こういう形は最近の曲で多用されている。それを許す歌詞にしている、というか、麗奈は岡谷の作ったメロディに対して、あえて少し字数の違う歌詞を入れ、「どうしますか?」と問うてきているのだ。



むしろこれはアーティスト、岡谷孝雄に対する挑戦とも言える。


岡谷は口角を上げながら、メロディを少し変え、アレンジも一番と異なるものにした。

面白い。きっちり歌詞を作りながら、こんな遊びや挑戦までしてくるとは。


最初に麗奈に聞かせたのとは少し違う感じで、曲が完成した。自分でも手ごたえを感じる出来になった。


満足感の余韻にひたっていると、メールが届いた。。

見ると、麗奈からだ。


「夜明けの虹」に歌詞をつけてきたのだ。

さっそく岡谷はファイルを開き、歌詞を追う。


やはり出色の出来た。

下手なプロ作詞家なんかより、よっぽどしっかりして意味のとおる歌詞になっている。



最近の曲の中には、リズムを重視するあまり、意味が取れなくなっているようなものもある。

だが彼女の作詞は違う。ちゃんと一貫したストーリーを作っているのだ。


彼女は、岡谷の曲を生かして、岡谷の期待以上の作詞を送ってきた。


素晴らしい。


この一言に尽きる。


それだけではない。岡谷は、女性としても麗奈を意識していた。もともと可愛いな、とは思っていたが、いつの間にか彼女のことをよく考える自分がいる。


麗奈の笑顔がまぶしい。でも、目を離せない。Afternoon Kissに通うのは、麗奈に会うためなのかもしれない。いや、自分をごまかすことはない。彼女目当てだ。


そして、彼女からも、熱い視線を感じることがよくある。これは、決して錯覚ではないと思う。


麗奈の才能がまぶしい。そして麗奈が愛しい。

岡谷はそれに気づいてしまった。


文学少女、左右田麗奈。 その存在は、アーティスト、岡谷孝雄にとってここまで大きくなっているのだ。。




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真弓「ねえ、この話、私が主人公のはずよね。出番が少ない気がするんですけど。」


作者「ぎくっ」


高部希望「第一作のとき、私がメインヒロインのはずなのに、いつのまにか香苗に取られたのよね。ま、そんな作者だから仕方ないんじゃない?」


岡谷「じゃあ、タイトル、これから『天才、岡谷孝雄』にしようよ。」


麗奈「わー、素敵!ぱちぱちぱち。」


三重野晴「それはないだろ。まあ、きっと白石の活躍の場も来るからさ。タイトル回収しないとね。」


真弓「はーい。」


晴「でも、まだ『ぼっちキス』のほうが週間PV多いんだぜ(ぼそっ)」


真弓「えーん。読者の皆さん、★で応援してね!」

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