第24話 アーティスト、岡谷孝雄(2)
翌々日の金曜日の放課後、岡谷は、駅前のカフェ、Afternoon Kissにキーボードをかついで行った。
学校から行く途中で、麗奈の後ろ姿が見えたので、ちょっと早足で追い掛ける。
小柄な麗奈が一人だ歩いているところに追いつくと、岡谷は「麗奈ちゃん!今日もよろしくね!」と声をかけた。
麗奈は振り向いて、それが岡谷だと気づくと、満面の笑みを浮かべた。
「岡谷さん。こちらこそ、宜しくお願いします。」
二人は仲良く並んで、駅前のビルの二階にあるカフェ、Afternoon Kiss に赴いた。
ドアをあけると、女性オーナーが出迎えてくれた。
「あら、今日は二人仲良くね。」意味ありげな笑顔で、オーナーは麗奈にいう。
麗奈は赤くなりながら「そ、そんなんじゃありません。」と言って手をぶんぶんと横に振った。
そして、小声で「…まだ」と付け加えた。
岡谷にも聞こえていたが、彼は聞こえないふりをした。
例によって、麗奈は岡谷を奥のテーブル席に送り、アイスコーヒーをテーブルに運ぶ。
そして一旦バックヤードに戻り、エプロンを外して、書類を入れるような大き目の封筒を持って戻ってきた。
「今日はお客が少ないので、混むまで休憩してていいってオーナーに言われたんです。ま、その分時給は引かれそうですけどね。」」そう言って麗奈は笑う。
岡谷は、テーブルの上にタブレットとキーボードをおいている。キーボードは壁の電源につないており、ワイヤレスのヘッドホンもスタンバイしている。
「まずは、私の書いた詞を見てください。いろいろ考えたんですけど、岡谷さんが静かな曲を作ることになっていたんで、私は恋する女の子の元気なものにしてみました。
白石さんが走りながら歌うようなイメージの歌詞です。
タイトルは、『走れ!恋心』です。 若い女の子や、アイドルっぽい子が歌うのにアップテンポの曲がついたらいいかな、って。・
そういって、麗奈は岡谷に自分の作った歌詞を渡す。
岡谷は、じっとその歌詞を見る。
そして一言も言わない。
沈黙が流れる。
「あの…どうですか?」たまりかねて麗奈が尋ねる。
それでも岡谷は何も言わない。
そして、今度は目をつぶり、何かぶつぶつ言い始めた。
何だか邪魔するのは悪いような気がして、麗奈は黙っていた。
かといってバックヤードに戻る気もしない。
しばらくすると、今度はすごい勢いで指をキーボードに走らせ始めた。いつの間にかヘッドホンも装着されている。
ヘッドホンで音が消えているので、どうしているのかはよくわからに。
そろそろバックヤードに戻ろうかと思ったとき、彼が顔を上げた。
岡谷は、そこで初めて麗奈がそこにいるのを思い出したようだ。
「ああ、麗奈さん、いたんだね。素晴らしい歌詞だよ。ありがとう。もう、ほぼ作曲が終わった。あとは仮歌をボーカロイドで載せるから、それはちょっと待ってくれ。アレンジも付けたい。」
岡谷はいう。
麗奈は、どんな曲になったのか知りたかった。
「あの、曲を聞かせてもらえますか?」
「もちろん。」岡谷は言うと、ヘッドホンを麗奈に渡して、タブレットを操作する。
軽快なイントロが流れると、すぐに曲に入った。麗奈は驚く。イメージを越えた曲になっているのだ。 これなら自分の歌詞も映える。
「ありがとうございます。すごいです。こんな短い時間で完成するなんて。」
ヘッドホンを外し、麗奈は正直にほめたたえた。
「いや、歌詞がよかったんだよ。どんどんイメージがわいてくる。歌詞が先でも、結構いいもんだなって確信したよ。あと、完成までにはアレンジとかも必要だからまだ未完成だよ。」
逆に岡谷から褒められて、麗奈も面はゆい思いをする。
「そういえば、岡谷さん、曲先のほうはどうですか?」麗奈は尋ねる。これも気になっている。
「ああ、こっちは、言われたように、静かなイメージで作ってみた。白石さんとはちょっと違うのかな、という気もしたけれど、彼女は高音が奇麗だから、その辺には合っていると思うんだ。こっちも聞いてくれるかな。」
麗奈はうなずいて、再度ヘッドホンをつける。
岡谷がタブレットを操作すると、また音楽が始まった。
今度はとても静かに始まる。スローな曲だ。
バックはエレクトーンで作ったのだろうが、まるでパイプオルガンのようだ。
いきなり歌が始まっているようだ。
曲は静かに盛り上がり、サビに至る。
サビをリピートし、メインに戻る。聞いていると転調し、マイナーからメジャーに切り替わる。そしてまたメーンのメロディに戻り、終わる。
「すみません。これ、くりかえして聞きたいんですが、何とかなりませんか?」
麗奈は岡谷に尋ねる。
岡谷はにっこり笑って告げる。「そう言うと思って、ネットにアップしてある。今メールを送るから、そこからダウンロードしてくれ。ヘッドホンいるかい?」
麗奈は首を横に振る。
「自分のブルートゥースイヤホンで聞きます。」
そう言うと、麗奈は曲をスマホにダウンロードし、再生を始めた。
今度は麗奈のほうが没頭し始めた。
ノートに何か書き、その上から線を引いたり、単語を書き加えたり。
岡谷は、その麗奈の存在を目を細めて見て
しばらくして、麗奈が顔を上げると、そこにはオーナーが立っていた。
「麗奈ちゃん、そろそろお仕事よ。」なんと、もう二時間も経っていたのだ。
今日のバイトは4時間だけなので、半分が過ぎてしまった。
さすがにこれはまずい。
「あ… オーナー、ごめんなさい。すぐ戻ります。」
麗奈が頭を下げた。
岡谷は、これは自分のせいだと思い、「すみません、ナポリタンセットください。ホットコーヒーで。」と注文した。
麗奈はすぐに、「オーナー、オーダーお願いします。ナポリタンセット、ホットで。」と伝え、岡谷にも頭を下げて、焦りながらバックヤードに戻る。
バックヤードでエプロンをつけていると、オーナーが聞いてきた。
「麗奈ちゃん、楽しかった?」
ちょっといたずらっぽい目をしている。
「はい、とても。」麗奈は正直に答えた。
「そう、ならよかったわね。ナポリタンはあなたが作ってね。あ、今夜のまかないにするから、4人分お願いね。」
このバイトは、夜8時までのシフトのときはまかたにが出る。カレーとパスタが多いが、だいたいはレトルトか、オーナーが作る。
今日はペナルティなのかわからないが、麗奈に任された。岡谷の分以外は、バイト二人と、オーナーの分だ。
麗奈にとっても客向けのナポリタンを作るのは初めてだ。ただ、まかないで作り、オーナーからコメントをもらったこともあるので、ほぼ問題ない。
(前回は味がちょっと濃すぎたから、ケチャップは少なめに…。)などと考えながら、パスタを4束ゆでて、その横でベーコンや玉ねぎ、ニンジン、ピーマンを用意する。
具をオリーブオイルと少しのガーリックで炒めると、ガーリックの香りが広がる。
そこへ塩コショウで薄目に味をつけたところで、パスタがゆであがる。
一旦火を切り、パスタを湯切りして、今度は大きなフライパンを出す。
(四人前をいっぺんにできるかなあ…大丈夫よね。)
フライパンが温まったところで、さっきの具とパスタを入れ、ケチャップで炒め始める。
今度はケチャップの香りが広がる。
バジルやタイムで味を調えつつ、前回作ったときよりは薄味で仕上げる。
「あ…ここのナポリタンは、ひき肉も足すんだっけ…どうしよう。もう間に合わない…。」
この店では、ひき肉を入れたナポリタンを出しているのだ。作りなおす必要がある。
まかない分はこのままとして、岡谷の分は作りなおさないと。
でも、それでは時間がかかりそうなので、とりあえずパスタを四人分お皿に盛ると、 麗奈は岡谷のところへ行く。
「すみません。ナポリタン、この店のレシピじゃなくて自己流レシピにしてしまったので、作り直します。もう少しお待ちください。」
そういって岡谷に詫びる。
岡谷は聞く。「それ、麗奈ちゃんが作ったの?」
麗奈が頷く。
「だったら、それをくれるかな。むしろそれが欲しいよ。麗奈ちゃんの手作り料理が…」岡谷はそう言いながら、ちょっと赤くなった。
しれを聞いた麗奈も真っ赤だ。
「あ、ありがとうございます。オーナーに相談します。」
麗奈が急いでバックヤードに戻ると、オーナーともう一人ンのバイトがパスタを食べていた。
麗奈はオーナーに頭を下げる。
「すみません。ここのレシピどおりになってなくて。」
「ひき肉が入ってないわね。」オーナーが指摘する。
「お客さんの分だけ作り直してね。」オーナーが言うので、麗奈は
「いえ、これでいいって承諾いただきました。」 と笑顔で答える。
「うーん。うちの味じゃないんだけど…今回だけよ。あのお客さんは、麗奈ちゃんの味がいいんだろうから。 でも、次はダメよ。」
オーナーは麗奈をとがめなかった。
麗奈は、ナポリタンと小皿のサラダ、それから水のお替りをトレイに載せて、岡谷のもとに運んだ
「お待たせしました。麗奈特性ナポリタンセットです。」
岡谷は粉チーズを掛けて、食べ始める。
祈るような気持ちで、麗奈は岡谷の反応を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます