第23話 アーティスト、岡谷孝雄(1)


部屋を出て、イケメンベーシストの時松と別れた岡谷は、駅前のカフェ Afternoon Kiss へ行った。ここのところ、ほぼ日課になっている。


「岡谷さん、いらっしゃい。」今日も、バイトの左右田麗奈(そうだ れな)が迎えてくれた。

彼女の顔を見ると、ちょっとほっとする。


麗奈は、慣れた感じで、岡谷をいつもの席、つまり奥の四人掛け席に連れて行った。

彼はここで、いつも頭を悩ませているのだ。


「今日もアイスコーヒーでいいですか?」麗奈が聞く。ここのところのルーティンだ。

「ああ、お願いします。」岡谷は答える。


かrはタブレットを出して、ワイヤレスヘッドホンをつけ、考えをめぐらせ始める。


今日は、問題が一挙kに噴出した日だった。


端的に言えば、暴走気味の一年生部長、尾中孝直の態度に、二年生が腹を立て、協力を渋っている状況だ。


それと、自分の作曲のこともある。オリジナル曲は要らない、という考えもあるが、せっかく自分がいるんだから、オリジナルを作りたい。


小さいころからピアノを習い、その後ロックに目覚め、キーボードを駆使していろいろな音楽を演奏してきた岡谷からすれば、オリジナル曲、といいうのは非常に魅力的な提案だった。


しかも、白石真弓は、自分の見る限り、かなりの歌唱力があり、可能性は高いと思える。


自分の曲で、彼女がどこまで行けるのか見てみたい。岡谷はそう考えて要ら野だ。


他の三人とは違い、純粋にアーティストとしての感性で、白石の曲を作りたい、という欲求を覚えたのだ。


最近でいあば、NOASOBIはボーカルとキーボードのユニットだ。ボーカルのウニちゃんは、素敵な声を出して歌う。 


あまり知られていないが、もう一人は作曲編曲からキーボード演奏までこなしている。


コンポーザー、プレイヤー、アレンジャー、そして可能であれば楽曲全体を世の中に送り出すプロデューサーにまでなりたい。


岡谷には作曲と演奏の技術、才能がある。だからこそ、今回の白石の応援を引き受けたのだ。


最初はバンドで、いつかオリジナルも歌わせたい、と思っていたら、いきなりその機会がめぐってきたのだ。しかも自分はアレンジもできるし、キーボードである程度のリズムセッションも作れる。



ライブもいけるし、多重録音による一人セッションだってできる。今や、パソコンでかなりの曲作りが可能なのだ。


だが、岡谷は行き詰っていた。

今回の締め切りまでに、曲が浮かばなかったのだ。


プロを志向する彼は、曲作りでは曲先、すなわち先に曲を作り、そのあと作詞していく方法を好む。


彼がその方法を特に好むようになったのは、家にあった昔のアルバム、小滝栄一のショート。バケーションというアルバムがすべて曲先だった、というエピソードを聞いてからだ。


このアルバムは、音楽は出来上がっていたのに、作詞家の杉本隆が、個人的な事情で作詞が出来なくなってしまった時に、小滝が2年近く待って完成させたという。


この中の大ヒット曲「君は弁天色」は、杉本が復帰して、満を持してかきあげたものだ。

杉本が、作詞できなくなった原因、それを乗り越えたことについて、過去へのオマージュになって出来上がっている。


もしかしたら歌詞が違ってもヒットしたかもしれない。でもアーティストの拘りで、作詞を待ったのだ。


自分も、それくらいの拘りと感性を持って曲作りをやりたいと思う。


だが、曲が先、ということなら、頭にイメージがあって初めてメロディが流れ出すのだ。

適当な捨て音楽(ワンタイムで使いきり)ならどうでもいいが、将来に残すのであれば、しっかりしたものを作りたい。


適当にカノン進行のコードでメロディ―ラインを作る、なんて安易な方法は取りたくないのだ。


もちろん、カノンコードでも素晴らしい曲は山ほどある。だが岡谷はそれをよしとしなかった。コードも複雑にして、テンポも早くしたい。音域は広く取りたいし、転調もできればしたい。


などと考えていると、全然できないのだ。


席でうんうんうなっていると、麗奈がやってきた。背は小さめで可愛らしいショートボブの子だ。 ウェイトレスは、同じ高校の莉乃を含めて何人かいるが、ここ数日で何となく麗奈が岡谷の担当のようになっている。


休憩時間になると、麗奈は岡谷に話にやってくる。もちろん、他に客がいないときに限るし、エプロンは取って、従業員とはわかりにくいようにしている。


「岡谷さん、どうしたんですか?何か悩んでいるように見えますが。」


「麗奈ちゃんか。まあいろいろあってね。悩みは尽きないよ。まずは作曲ができなくて。」

岡谷は答える。いい気分転換になるかもしれない。

「なんの曲を作るんですか?よければ教えてください。人に話すことで、考えが整理されることもありますよ。」麗奈が言う。


そこで岡谷は、現状について話すことにした。


●白石真弓のためのオリジナル曲を作ろうとしていること。

●他の3人はやる気がないこと。

●自分は作曲担当だが、作詞担当の沖峰が作詞する気のないこと。

●本来は曲先だが、詞先を含めて3曲つくらなければならないこと。

●曲のイメージがわかないこと。

●自分は白石の才能を感じているので、何とかいい曲を書きたいこと。


などなどである。


麗奈は少し考えた後、提案してきた。


「岡谷さん、よければ私、作詞しましょうか。」

願ってもない提案だ。だが、できるんだろうか? 


あの沖峰は全然作らなかったし、時松の歌詞は学芸会だった。


「こう見えても、私は文芸部の部長なんです。文や詩を書くのは得意なんですよ。」

麗奈が微笑む。


それはいいことを聞いた。

「それなら、お願いできるかな。本当は曲先がいいけど、作詞先行でも構わないよ。」

岡谷は言う。


「そうですか・どうせなら、先にイメージ合わせをしましょう。どんな曲にしましょうかね。」


そこでいろいろ話し合い、白石のイメージに合う形で、お互いに一曲ずつ考えることにした。

麗奈は、白石のイメージに合うような、はつらつとした元気な歌詞を作る。

岡谷は、曲を先に作ることにして、静かにしっとりと歌い上げるような曲を作る。


これで持ちより、次に相手の作品を自分の仕事で完成させようというのだ。


「どんなイメージかな。夜の歌かな。それとも昼の歌かな。」岡谷が言う。


「歌とともに、夜明けが近付いてくる、という感じでどうですか? 夜明けの光が、希望に満ちたものになるような感じで。」



「麗奈ちゃん、じゃあそのイメージで作曲してみるよ。あ、何だかイメージが沸いてきた。明日までにできるかも。まあ、録音もあるから、明後日の金曜には君に出すよ。」

岡谷は乗ってきた。


「明日は私もバイトのシフトじゃないので,明後日の金曜がいいですね。じゃあその時間に。できれば、キーボードも持ってきてもらえますか?」


岡谷からすれば望むところである。イメージは沸いてきた。二日あればある程度の仕上げもできる。




岡谷は高揚した気分で帰宅した。


彼の家はそこそこの金持ちで、息子のやりたいようにやらせている。小遣いは十分あるし、本当に欲しい物があれば親にねだることもできる。


その結果、彼の家にはピアノ、エレクトーン、キーボード、電子ピアノがそろっている。それからクラシックギター、アコースティックギター、エレキギター、エレキベース、各種エフェクターとスピーカーがある。加えて、音をミックスする機器や、DJ用のターンテーブルもある ついでに、父親の趣味のものを譲ってもらったため、大出力のウーファー、トゥイ―タ―にスコーカー、プリアンプにプリメインアンプまでそろっている。


(それ以外にも、8トラックやオープンリールまであるが、これは父親のもので、使い方がわからない。)


というわけで、岡谷は家にあるエレクトーンとピアノを使いながら、作曲を始めた。



曲のイメージが沸いてくる。

最初はまだ薄暗い空に、小鳥の声が聞こえるような感じで。

今風に、イントロは無しですぐに歌に入る形で。


イメージがどんどん広がる。そして湧き出るコードとメロディ。


岡谷はキーボードをMIDI端子からパソコンとミキサーにつなぐ。

ビートはスローに60で。


リズムはちょっとオカズを付けながらも、メロディを壊さないように抑え気味に。


コードよりメロディ重視で、楽器の音はとりあえずパイプオルガンのイメージにストリングスを足して。


曲はオーソドックスなソナタ形式で、途中で転調しコーダは歯切れよく。



なんと、一日で曲の主旋律が出来上がってしまった。


そのままパソコンで譜面に落とし、音源はいくつかの形式で保存する。


主旋律については、わかりやすいようにボーカロイドのハミングを足す。 この辺のアレンジはお手のものだ。


音にいろいろな楽器をくわえる。転調したコーダのところは、特に高音で歌うことになるが、多分白石真弓の音域ならいけるだろう。


この曲は、夜明けのイメージだ。だんだん明るくなっていくが、まだ暗さが残っている。

少しだけ明るい星も残っている。


ここで、虹が見えたら幻想的だと岡谷は思った。 この時間に虹が出るのか、科学的にはどうなんだろうか?だがそこは気にしない。あくまで歌のイメージだから。



アレンジまで終わって、仮のタイトルを「夜明けの虹」とした。


自分でも結構いい作品になったと思う。

あとは、麗奈が果たしていい作詞をしてくれるだろうか? そこはちょっと期待したいと思う岡谷であった。






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