第22話 それぞれの思い



会合が終わると、時松さんと岡谷さんはそそくさと出ていった。


真弓さんも、「いつもありがとうございます。練習頑張ります。」と言って礼をして出ていった。丁寧な人だなあ。


本当はもう少し二人きりで話をしたかったけど、そうすると二年生に睨まれそうだしね。



僕、「癒しと元気研究会」部長の1年A組、尾中孝直はため息をつく。


「はあ。二年生たち、ひどいもんだなあ。なぜやる気にならないんだ。こんなのでうまくいくんだろうか?」


単なる愚痴で、別に質問したわけではない。

だが僕の横にいた1年A組、定期テストでは学年トップを常に僕と争っている小さな才媛、星野志保は、ゆっくりと答えた。


「このままじゃ、うまくいかないでしょうね。」


そんなことは僕だってわかってる。わざわざ言わないでくれ。


「ねえ尾中くん、板で桶を作る話知ってる?」

星野は唐突に聞いてきた。


何だそれは?さっきの古桶の話か?


「板を縦にならべてわっかを作って桶を作るときにね。板の長さがまちまちだったとする。

それを切らないで桶を作ったら、水がたまるのは、一番短い板の高さまでよね。」


それはそうだ。


「どんなに長い板があっても、水がたまるのは一番短い板で作った、一番低いところまでよ。 みんな同じ。 モチベーションが低い人たちと高い人たちを一緒に集めて何かしたとき、結果は一番低い人のレベルにしかならないの。」



うーん。深い話だけど正直不快だな。


「じゃあ、短い板の連中をどうしたらいいんだよ?」

僕はちょっといらだちながら聞く。


「短いのを取り除くか、あるいは長くつなぎ合わせるか、長いのと交換することね。」


まあ、そうかな。

でも、今更交換するのもなあ。


「なぜ、2年生のモチベーションが低いんだろう?」僕は不思議に思う。


もともと白石さんは、あのクラス、2年C組を救うためにウェイトレスをやり、またバンドの助っ人をしたのだ。サポートされても不思議はないが、サボタージュされる謂れはないだろう。星野、なぜだと思う?」


星野志保は、僕と目を合わせない。小さい体が、より小さく見えてしまう。


何となくわかるけど、言いたくない…。

そんな雰囲気だ。


たぶん、僕に都合の悪いことだろう。

だけど、聞かなければならない。

僕は真弓さんを有名にしたい。みんなに彼女の素晴らしさを届けたい。そのためには現実を受け止めなければならないんだ。


「星野、教えてくれ。」

僕は、星野志保の前に立ち、目をじっと見ながら言った。


彼女も、僕の目をじっと見つめる。

全体的に小さいのに、眼は大きいな。


彼女はこんなに澄んだ目をしていたんだ。気づかなかったな。


星野は僕の目を見ながら、視線を逸らさずに言う。

「じゃあ、言うね。私の感想でしかないから、当たっているかどうかはわからないけど。」


それは仕方ない。

僕は頷いた。


「リーダーにはいろんな種類がある。強いリーダーシップを持つ人もいれば、下から合意形成していくリーダーもいる。


きびしいリーダーもいれば、甘いリーダーもいる。」


それはそうだ。リーダーが10人いれば、多分10個のパターンがある。


「でもね、最後に決め手になるのは、『このリーダーの言うことに従おう』という意志が他のメンバーにあるかどうかよ。個人のアジェンダが何であったとしても、そのリーダーに従うことをみんなが納得するかどうかね。」


そうかもしれないな。


「いわゆるLegitimacy, つまりリーダーの正統性が問われることがある。なぜ、このリーダーの言うことを聞くべきなのか、っていうことね。」


なんだか政治学だか哲学だかのようになってきたな。


「王様が偉いのは、神様に選ばれたから。あるいは、その先祖がその国を作ったから。大統領が偉いのは、みんなから選ばれたから。

大会社の社長になるのは、仕事ができるから。みんな、何らかの理由があるのよ。」


そうだな。


「でも今回は、あなたは言い出しっぺだから部長になった。たぶん、結果としてはそれでいいんだと思う。でも、その途中に納得できるプロセスがあまりなかった。


だとすると、あなたに対する不信感が出てしまうのかも。特に、あなたは年下だし、貫禄もないしね。」


ちょっと耳が痛いな。でも最後のは余計だ。どうせ背が低いよ。でも星野だって胸がじゃにじゃないか(セクハラ)。


「あとね、みんながあなたと同じくらい白石さんに期待しているわけじゃないわ。」


え?どういうことだ?


「白石真弓さんは、確かに大きな可能性を秘めている。もしかしたら国民的アイドルになるかもしれない。でもね。みんながそこまで期待しているわけじゃないのよ。」


…そうなんだろうか?まあ、僕ほど信じてないかもな。


「別に学園祭に出ていた他のバンドのボーカルと同じ扱いだっていいじゃない。たしかに歌はうまいけど、だから何?ってことよ。プロじゃないんだから。」


そうなんだけど。


「彼女がプロになりたいのはわかる。でも、それをみんなが自分の時間を削って応援するべきものではないよね。聞いたり、心の中で応援したり、ライブで拍手するのと、その裏でそのパフォーマンスを作り上げるスタッフやクリエイターの一員になることは、必ずしも求めてなかったじゃないかな、って思う。」


なん、だと…


「たぶん、あの人たちは、彼女と一緒にバンド活動をすればそれでよかったのよ。別に一年生にデカい面されて指示されて場合によっては罵倒される、それでも彼女をしっかり応援するためにいろいろなものを作りだすんだ、なんて願ってない。」


とても衝撃的な話だ。まあ、僕は罵倒なんかしないよ、たぶん。


でも言われてみればわかる気もする。

僕は、自分が白石真弓さんの一番の理解者だと思っている。


だから僕が指示するべきだし、みんながそれに従えば、良いものが出来上がる、それで係わるみんなが法被ー、いやハッピーになる、と思っていた。

だが物事はそう単純ではなかったのだ。



星野志保。さすばの洞察力だ。さすば、というのはさすがに素晴らしい、ってことだけど。


背と胸は小さいのに、よく頭が回る。



脳みそがデカくて、もしかしたら首まで脳があるんじゃないか?などと思ってみる。

でも胸は残念だ…。


「ねえ尾中君、何だか失礼なことを考えてない?」星野が僕に言ってくる。


こいつ、僕の内心がわかるのだろうか?


気をつけないとね。

僕が真弓さんに憧れていることとか…さすがに誰でもわかるかな。




星野は続けた。

「尾中君、少なくともあなたは全体を力ずくで引っ張るタイプのリーダーじゃない。

やるとしたら、みんなの意見を聞いて、実情に合わせた解決策を考えていくタイプだと思う。


あなたが熱血タイプをやっても無理。理詰めで論破しつつも下手(したて)に出てうまくまとめていくタイプだと思うよ。」


残念ながら図星である。

まあ、今の僕があれやれこれやれ言っても二年生がついてこないことはよくわかった。

さて、これからどうしようか。


僕個人に何があってもどうでもいいけど、真弓さんを悲しませてはいけない。そこがボトムラインだ。


僕にカリスマがないことは自覚している。僕は山口生徒会長にはなれないんだ。イケメンでもないし背もないし。





その頃、駅前のカフェ・レインボーでは…


--今凛子視点


私、今凛子(こん りんこ)はバンドのリーダーでギター担当の沖峰幹夫(おきみね。   みきお)君とお茶を飲んでいた。


「今頃、ミーティングはどうなってるかなあ。」沖峰くんがつぶやく。


はっきり言って、そんんなことはどうでもいい。

「適当にやって、終わってるんじゃない?おかたに君も曲できてないって言ってたし」


私は適当に答える。


「まあ、そうだよな。そうすると白石がちょっと可哀そうかな。」

彼がそんなことを言うのは心外だ。


「大丈夫よ。アカペラでやればいいんだし、彼女はレパートリーたくさんあるみたいだから。それに、観客も知ってる曲やってくれたほうが嬉しいんじゃないの?」


「正直、それは一理あるな。」彼も同意してくれた。


「まあ、我々も練習必要だけどな。」彼は付け加えた。


そこの議論もしよう。

「ねえ、それなんだけど。」

私は提案する。


「正直、本番で私はやることがない。バックコーラスなんて嫌だし、ツインボーカルになっても彼女の引き立て役にしかならない。 もともと私たちはグリーン・アップルよ。私とあなた、あと二人がそろって初めて成立するの。」


「まあ、そうだな。」沖峰くんも同意してくれた。


「正直、私がいないところでホワイトエンジェルなんて名前でやってほしく無かったよ。まあ私が風邪ひいたせいなんだけど、まさか乗っ取られるとは思わないもの。


今回も、いきがかり上係わってるけど、私としては、あなたにも演奏してほしくないくらいよ。」


本音を言ってしまった。


彼の顔がちょっと変化する。

「じゃあ、どうするんだい?」


私は答える。

「このイベントには参加しない。衣装も振付もバックコーラスもやらないし、あなたにもやってほしくない。バンドはなしで、アカペラでやってもらおうよ。」


そうしたら、無駄な練習時間を費やす必要もない。


「バンドをやるなら、私がボーカルよ。そうあってほしい。大体、あなたが最初に私を誘ったのよ。責任取ってよ。」


沖峰君がちょっと不満そうに言う。

「責任取って、協力するな、って言われるとちょっと何だか抵抗あるな。」


「じゃあ、こういう言い方をしたらどう? 手の届かない白石さんと、手の届く私、どちらを選ぶのかな?」


私はそういって、彼の目を見つめる。 彼がどぎまぎするのがわかる。


「暑いわね。暖房が効きすりかしら。」私はそういって、制服のジャケットを脱ぎ、首のリボンを緩めてボタンを二つほど外す。 彼の視線がそこに動くのがわかる。


私は続ける。

「ねえ幹夫君。」ここで、あえて名前で呼んでみる。


「手の届かない白石さんのために時間とお金を浪費するのと、私と一緒に有意義で濃密な時間を過ごすのと、どっちがいいかしら?」


私は、意図的に唇をゆっくり舐めて、微笑んだ。

彼が、唾を飲み込むのがわかった。





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