第21話 決戦は水曜日
--尾中孝直視点
いよいよ水曜日、癒しと元気研究会(実質的には真弓さんをプロモートする部活動、Mayumi Musician Project, MMP)の集まりの日だ。
コンタクトに変え、トレーニングを始めた僕、尾中孝直は期待に胸を膨らませていた。
…男だから肉体的には膨らまないが。
ついでに、僕と同じクラスでこのサークルにも参加している星野志保も、特に胸は膨らんでいない。まあ全体的に小さいから、、むしつるぺた用事、いや幼児体形と言ってあげればそれで丸く収まる…とは思えないから何も言わない。
僕ら二人は1年だが、他のメンバーは全員二年だ。だから普段はなかなか顔を合わせない。
一応メッセンジャーはつながっているが、個別に聞いても「大丈夫」とか既読スルーが多い。
予定時間より15分前に僕と星野は会合の場所である視聴覚室に着いた。つまり、放課後すぐにダッシュでそこまで行ったわけだ。
「さあ、今日でオリジナル曲のめどを付けて、全体のスケジュールをチェックしたら、ウェブサイトの本格的な議論も始めるぞ!」
僕は今日の打合せの予定について、星野志保に告げる。
小柄な星野志保は、小首を傾げた。
「…そんなにうまく行くかしら?」
ところで、小首をかしげる、というのは首が小さいことではなくて、たぶん首を小さくかしげることをいうんだろう。なぜそんな表現なのか、よくわからないけど。
もっと輪あらないのは、小股の切れ上がった女、という表現だけど、これを追求するのはちょっとまずいのような気がするのでやめておこう。
まあいいや。僕は星野に言う。
「星野は、何を心配しているんだい?」
「うーん。全部かな。」
何が全部なんだ?
「よくわからんけど、まあ今日の結果次第だね。」
僕はそういう。
この部活動の主役というか主目的の白石真弓さんがやってきた。
「真弓さん、お疲れ様です。」僕は立って一礼する。
「え、そんな大層な者じゃないから、やめてよ。」なんだか真弓さんはあわあわしている。
こんな人が、ステージに立つと突然変わるんだからなあ。それが面白くて、素晴らしいんだよね。
そろそろ時間だな、と思ったところで丸メガネ、キーボード担当の岡谷さんと、イケメンベーシストの時松さんがやってきた。
「うぃーっす。」時松さんがけだるそうに声をあげた。
「お疲れさまです。」僕は声をかけた。
こういうとき、朝ならおはようございます、なんだけど、午後の時間「こんにちは」:というのは何か違うような気がする。
だから芸能界ではいつも「おはようございます。」というのかな?多分違うけど。
「あのさ…」
岡谷さんが、言いにくそうな感じで言葉を口にする。
「どうしました?」僕は何となく予想をしながら聞く。
「今日は、沖峰と凛子は欠席だよ。」
代わって、時松さんが答える。
「お二人はどうしました?風邪でもひきましたか?」
僕は平静を装って尋ねる。
「まあ、学校には来てたんだけど、時松は調子が悪いんだって。それに、時松はまだ歌詞が出来てないから、来てもしょうがないって。凛子が時松を付き添って家に連れて帰った。」
「…そうですか。」
僕はそう答えるしかなかった。
いずれにしても、進捗は確認しなければならない。
「仕方ないですね。お二人はどうですか?」
一人で作詞作曲をするはずの時松さんと、作曲をする岡谷さん。果たしてどうだろう?
時松さんが言う。
「途中まで作ったけど、録音はしてないか、」
なんだか宿題をしてない言い訳みたいだ。
「途中まででいいから、歌ってもらえますか?
僕は一応追及してみる。たぶんやってないと思うけど。
「おお、いいぞ。」時松さんは鷹揚に答え、歌い始めた。楽器はないのでアカペラだ。
♪僕は君が好きで 君は僕が好きで つまり両想い~
あなたは私が好きで 私はあなたが好きで だから両想い
好きな二人は いつでも会える
きのう、きょう、あした ずっと一緒だよ
「ま、こんなところだ。」
時松さんは得意げに言う。
僕と星野、そして岡谷さんまで唖然としている。
こんな曲で、よくもまあドヤ顔できるものだ。
白石さんがおずおずと言う。
「いい歌ね…でもほんのちょっとちょっと単純じゃないかしら。」
星野も続ける。
「メロディはさておき、歌詞はもう少しブラッシュアップしたほうがいいと思います。」
僕も思ったことを言う。
「学芸会と演歌をミックスしたような変わったテイストですけど、たぶん再考するほうがいいと思います。」
時松さんはイケメンの顔をしかめて不服そうに言う。
「なんだよ、思ったより反応が悪いなあ。いい歌だろ?なあおかたに?」
話を振られた岡谷さんがゆっくりと答える。
「うーん、リメイクが必要だと思う。というか、はっきり言えば没だな。いくらアレンジでカバーできる部分があると言っても、これは無理だ。」
「何だよ。天才ミキサーのお前なら、これをフルオケバージョンにだってできるだよ?」
時松さんが不満そうだ。
古桶、なんのことだろう。風が吹いたら儲かるやつか?
「フルオケにしようが、ストリングスやホーンセクションを入れようが、限度があるんだよ。あきらめてくれ。」
岡谷さんが告げる。
「じゃあ岡谷、お前の作曲はどうなったんだ。聞かせてくれよ。」
時松さんが岡谷さんに責めるように言う。
イケメンは凄んでもイケメンだなあ。僕より15センチ以上背が高いし。
…などと考えていると、丸メガネを外して拭きながら岡谷さんが答えた。
「実は、まだ出来ていない。コンセプトがまとまらなくてね。」
悪びれることなく、岡谷さんは淡々と答える。
「なんだ、お前も俺たちと一緒じゃねえか。というか、発表できた俺が一番偉いな。」時松さんが得意げに言う。
「没なら一緒だ。五十歩百歩。目くそ鼻くそだよ。」
岡谷さんは冷静に言う。
まあ、これじゃしかたない。
僕は割って入った。
「わかりました。 今日のところはまだオリジナルは進んでいない、ということですね。仕方ありません。 岡谷さん、ウェブサイトのほうはどうですか?」
僕は尋ねてみる。
「うーん。正直、あまり進んでない。一応無料サイトは押さえたし、、ワードプレスでワイヤーフレームを形にしたし、ちゃんとレスポンシブにもできる。 ただ、ここから先はコンテンツが出来てからだね。デザインにしてもいまはまだ白紙の状態だしね。」
岡谷さんが答える。
「天才岡谷にしても、時間が無けりゃむりだよなあ。」時松さんが言う。
「作曲のイメージがわかないんだ。陳腐なメロはいくらできるし、コード進行にしてもたとえばお手軽なカノンコードににすればなんとでもなる。だけど、結局は曲のコンセプト、イメージが大事なんだよ。曲先は、クリエイターにとって自由度が高い分、自らコンセプトとおいう名の制約を課さなければいけないんだ。」
曲先というのは、作曲を先にして、それに詞をつけることらしい。
プロはこちらを好むらしい。
以前、父がラジオで聞いていた昔の歌の中にも、「僕の作った曲に詞をつける」みたいなフレーズがあったっけ。
「あいかわらずゲージツ家気取りだな。まあ、できてないのは一緒だけどな。」
時松さんがシニカルに言う。
…このままでは何も進まない。
真弓さんがおずおずと言う。
「あの、オリジナルなしでも大丈夫です。練習も大変になって、バンドの人たちにもご迷惑でしょうし。」
それに答えたのは岡谷さんだった。
「いや、結論を出すのはもうちょっと待ってくれ。イメージが固まれば、何とかなると思うんだ。俺は遊んでたわけじゃない。生みの苦しみを味わっているだけだ。」
まあ、こんな話を聞いていても仕方がい。
坊は真弓さんに聞く。
「真弓さん、練習状況はどうですか?」
さっきから不安そうな顔をしてた真弓さんの顔が少しほころんだ。
「グローリアの練習を始めたのだけど、合唱部の人が手伝ってくれてるの。もしかしたらコーラスになるかもしれない。いいよね?」
真弓さんが言う。
僕はちょっと不満を感じだ。
「あの、これはあくまでMMPつまりマユミ・ミュージシャン・プロジェクト
であって、合唱部の活動ではないんですよ。」
真弓さんが答える。
「そこは、合唱部の人もわかってくれてるわ。合唱部の有志が、バックコーラスをしてくれる感じだから。メインが私なのは変わらないわ。」
「ならいいです。」僕は答えた。
次は星野志保の番だ。
「星野、学内の根回しはどうなってる?」
「日程については終業式の日で確定です。毎年、二学期の終業式は講堂でやって、そのまま解散になります。ホームルームはその前に終わってますから。」
「じゃあ、そのまま講堂で続けてやればいいんだね。」岡谷さんが嬉しそうに言う。
「原則そうですが、建前としては解散したあとに突然アナウンスする感じです。まあ、前日か当日の朝までに各クラスのグループメッセンジャーなどで周知する予定です。
講堂の使用許可はもう取ってあります。もちろん部活があとで使うので、あまり長い時間は使えませんが、もともと三曲なのでノープロブレムです。」
あと、PAやスポットライトなどについては、学園祭のメンバーに頼めば大丈夫です。撮影については、三脚は生徒会のものを仮受けますが、ビデオカメラについては誰かからお借りする予定です。」
星野志保は、資料も見ないで返事する。さすが優秀だ。
「ありがとう。手際がいいね。さすが学年一位!」僕は褒めたつもりなのだが、キッ、と睨まれた。僕が何をしたというのだ。
というわけで、第二回の打合せは終わった。
欠席している沖峰さんの担当は作詞、凛子さんの担当は振付と衣装だ。 まあ凛子さんの分は曲が決まってからじゃないとできないから、始動にあと二週間くらいかかるだろ
でもそうなると、スケジュールがかなり押してしまう。
オリジナルを含む三曲の歌と演奏を完璧に仕上げるというのが本当に可能なのか。実際はやるしかないのだが。
「とにかく、オリジナルをやれるのかどうか
あと1-2週間で決めましょう。今日はこれで終わります。」
僕は会議をお開きにした。
正直、前途多難だ。
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お読みいただき、ありがとうございます。
真弓「ところで、今の高校に視聴覚室ってあるの?」
孝直「第一作のほうで設定を作ったときにもう視聴覚室はあったんですよ。」
星野志保「最近の学校にはないほうが多いみたいですね。プレゼンルームとあの言い方もあるようですが。でも、秀英高校は歴史が古いので、視聴覚室という言い方をしているんだと思います。」
香苗「作者が古いんじゃないかしら。」
孝直「しー。それは言わない約束でしょ。」
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