第19話 意識の差
尾中孝直と星野志保が視聴覚室を去ったあと、2年D組の4人、すなわちバンド「グリーンアップル」のオリジナルメンバーが残っていた。
まずは紅一点の今 凛子(こん りんこ)が口火を切る。
「ねえ、みんな本当にこんなのやるの?できるの?」かなり懐疑的な口調だ。
イケメンベース担当の時松牧人(ときまつ まきと)が、茶髪をかきあげながら言う。
「ま、やるだけやってみるさ。無理ならしゃーない。」
ちょっと投げ気味な雰囲気だ。
リーダーでギター担当の沖峰幹夫(おきみね みきお)が、眉間にしわを寄せながら少し考え込みつつ口に出す。
「うーん。ちょっとオーバーキルじゃないかな。年末に3曲のミニライブやるだけだろ。だいたい彼女はぶっつけ本番で体育館で4曲も歌ってるんだ。何もしないでも大丈夫だよ。
ま、バックバンドくらいやってやるけど。」彼もあまり意欲を感じさせない口調で言う。
キーボード担当の岡谷孝雄(おかたに たかお)が聞く。
「じゃあ、作詞はどうするんだ? お前だって二曲分の作詞するんだぞ?」
「そんなのいらねえよ。無理にオリジナル作る必要ないさ。まあ、彼女と二人きりでレッスンするならその限りじゃないけどな。」沖峰は薄笑いを浮かべながら言う。
それに反応したのは凛子だった。
「何、不純な動機してるのよ。そんなの絶対ダメよ。下心禁止!」
ずいぶん強い調子だ。
「ブーメラン…」岡谷はつぶやく。だが、それは凛子には聞こえなかった。岡谷も聞かせるつもりはなかったが。
凛子は(というよりは女性一般は)、つまらない言葉尻を捉えて興奮し、手が付けられなくなることがある。そういう結構クリティカルな話を、姉のいる岡谷は知っているのだ。
「じゃあ振付と衣装はどうなるんだい?」岡谷が今度は凛子に聞く。
「適当でいいわよ。歌う曲によっては、もともと振付ついているのもあるだろうし、振付要らないものだってある。無理に、気に病む必要はないわ。 衣装にしても、お金ないじゃない。
無理に作る必要もないし、自前の服を来てもらってもいい。それこそカーテンでもかぶったらどう?」
凛子は薄笑いを浮かべながら言う。
「それはあんまりじゃないか? まあお金がないのは確かだし、制服のままでもいいいのかもしれないが。」
岡谷が言う。
「おい岡谷、お前そんなこと言って衣装なんか作れるのか?無理だろ。だったらリンコちゃんの言うことに文句つけるなよ。ま、なんとかなるって。」
ベースの時松が気楽そうに言った。
「じゃあ、来週のミーティングやる意味もないかもなあ。」岡谷は嘆息した。
「まあ、集まるだけは集まってやろうよ。それで、お坊ちゃまの甘い認識を正してやればいいんだよ。あまり上級生をこき使うもんじゃないって教えてやろう。」沖峰が言う。
凛子も頷く。
「白石さんだって、あまりつきまとわれたら迷惑でしょ。限度があるのよ。まあ彼女が頑張るのを止めはしないけど、こっちにしても無理に従うことはないわ。適度に手を抜いて、いや気を抜いてやりましょうよ。」
「サボタージュかい。まあ、どうせいい結果が出てこないんだったら、無理に期待すると失望するだけだからね。」
岡谷はシニカルに笑う。
「これじゃ、まともなオリジナル曲なんか無理だな。既存の曲を使うしかないか。 まあそれにしても、アレンジや録音の問題はあるし、そう簡単に『これに決めた』ってもんじゃないんだよ。 偉い人にはそれがわからんのです。」
岡谷は独り言を口に出す。「そう、足なんてただの飾りだ。」
「誰が偉いんだ?あの一年坊主か?それに、足って何だい?」時松が突っ込む。
「そんなんじゃねえよ。単に言葉の綾さ。彼が偉いなんて思ってないから。」岡谷は肩をすくめる。
「ねえ、これで終わりよね。ねえ沖峰くん、ちょっとお茶しに行こうよ。違う相談があるの。」
凛子は他の二人を無視して、沖峰を誘う。
「ご自由にどうぞ。」岡谷は言う。 時松も、だまって手を振っただけだ。
凛子はそのまま、沖峰を連れて行った。・
「凛子もちょっと焦りがまるわかりだな。岡谷が薄笑いを浮かべる。
「ああ、あいつを白石に取られたくはないだろうからな。自分が風邪で休んでいるときに、男をものにするなんて、どんな泥棒猫だよ(笑)。」
時松も笑う。
「まあ、バンド内恋愛ってのはバンドクラッシャーだって言うからなあ。まあ、俺からすれば凛子はどうでもいいし、白石は悪くないけど、そこそこでしかないしなあ。」
「ほお、さすがイケメンは言うことが違うね~あやかりたいあやかりたい。」丸メガネの岡谷は茶化しながら言う。
「岡谷、お前も下心で手を挙げたんだろ、どうせ?」時松が言う。
「…うーん。僕はどっちかというと、彼女がどこまで行けるのか、見てみたいかな。」
岡谷はちょっと考えて答える。
「何だよ、その上から目線は。」時松はそう言って笑い、荷物を持って席を立つ。
岡谷も鞄を持って、視聴覚室を出る。
「じゃあな!無理すんなよ岡谷。」そういってイケメン時松も去っていった。
岡谷は自分にいい聞かせるように言う。
「さあて、そうは言っても曲作りやりますかね。 ま、キーボードないからタブレットで、だけどな。」
岡谷はその足で、先日のカフェ「Afternoon Kiss」に行く。
ドアを開けると「いらっしゃいませ」の声がした。
ウェイトレスは、先日の女の子だ。たしか麗奈といったはずだ。もう一人の女の子、莉乃の姿は見当たらない。
「あ、岡谷さん。ご来店ありがとうございます。」
彼女も彼の名前を覚えていたよう。
岡谷は、奥の席でワイヤレスのヘッドホンを付けて、タブレットに向かう。
画面にはキーボードと五線譜が表示されている。
キー入力だけでなく、音声入力ができ、また画面のキーボードをタッチすることで音が自動的に譜面に落とされる優れモノだ。
音楽好きな岡谷は、作曲や編曲、DJなどもやることがある。そのため、彼は必ずしもキーボードを必要としない。
だが今後はキーボードを使う機会が増えるかもしれない、と彼は思った。
「この店、キーボード持ってきたら使っていいかい?」麗奈に尋ねる。
彼女は、手を組んで、難しい顔をした。
「うーん、ちょっと厳しいですね。周りに迷惑をかけたらまずいですからね。でも音を出さなければ許容範囲ですかね。」
岡谷は言う。「音はヘッドホンにするから大丈夫。ちょっと幅を取るから、小さいテーブルじゃなくて、大きなテーブルを占領しちゃうことになるけどね。それって大丈夫かな?
麗奈は笑う。
「うーん、大丈夫といえば大丈夫だし、ダメと言えばダメかな。まあ、お客が少ない時なら、奥の席でキーボードを広げても文句を言う人なんて、あまりいないですよ。」
ここで「あまり」という言い方をしたのは、たまにうるさい年寄りのジジイがいろいろなことに文句をつけにやってきていたからだ。
最近は来なくなった。別のカフェで犠牲者が出ているかもしれないけど、そこまでは面倒みられない。
「これからちょくちょく顔を出すことになるかもしれないから、よろしくね。」
岡谷は言っておくことにした。
「それなら、コーヒー回数券はいかがですか?そのほうがお得ですよ。よければ、今日の分から使えます。」
麗奈は営業スマイルで勧める。
まあ、どうせ来ることは確かだから、それに乗っておくのも悪くない。
「じゃあ、それにしておいて。」岡谷は答える。
「回数券いただきました!どうもありがとうございます。」麗奈はそう言って、バックヤードに戻っていった。
結局、岡谷は翌週水曜日までに、11回分の回数券(価格は10回分)のうち5回分を使用することになるのだった。
一方、席を立った沖峰と凛子は、そのままゲームセンターに行った。凛子が、ストレス解消のためにと、リズムゲームに誘ったのだ。さすがに二人ともミュージシャンだけのことはあり、お互いにハイスコアを更新しあった。
一段落したところで、二人は自動販売機で飲み物を買い、一服した。
「あー、ちょっとすっきりした。つきあってくれてありがとうね。凛子うはいう。
「まあ、俺もちょっとむしゃくしゃしてたし、ちょうど良かったよ。」沖峰も答える。
「むしゃくしゃしてたって、白石さんにもっとお近づきになれたなかったから?」凛子が冗談ぽく尋ねる。
「うー、あー、まあ、それもあるかな。でも、それよりはあの一年が偉そうに仕切るのが気に入らなかったんだよね。」沖峰は答える。
「あー、わかるそれ。何様よ、って話だよね。」
凛子も同意する。
すこし沈黙が続いたあと、凛子がが聞いた。「ねえ、本当に作詞するの? もう、いいんじゃない。やりたい人にやらせれば。この際、来週のミーティングも休んじゃえばいいじゃない。」
沖峰にとっては、悪魔の囁きだった。
「なかなか魅力的だね。まあ、来週まで考えるよ。」
一応、そぅ答えた。だが沖崎の心はどんどん傾いていった。
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