第15話 それぞれの火曜日 孝直 (2)
==尾中孝直視点==
僕は今、美容室「シブリングズ」の背の高いオネエ美容師のカオルさんに、髪を整えてもらい、外見についてアドバイスをもらっている。
メガネを取って髪型を変えただけでも、ずいぶんイメージが変わるな。
カオルさんが続ける。
「タカくんは素材は悪くないのよ。でも、もっと体を鍛えないとダメね。アナタには精悍さが足りないのよ。鍛えたら、内面からもっと自信がにじみ出てくるはずよ。その部分は、ヒロミに任せるわ。」
さっきからヒロミって言っているけど、誰だろう。
今度こそ可愛い女の子だといいな。
「じゃあ、アタシの出番ね。」ちょっと野太い声がした。
見ると、カオルさんより背は低い、がっしりしたオネエがいた。髪は明るい茶色で、丸顔だ。メイクはちょっと暗めで、健康的に日焼けしたイメージになっている。唇は真っ赤だ。
いつの間に店に入ってきたんだろう。バックヤードにいたのかもしれない。
「アタシがカオルの妹のヒロミよ。」
…弟じゃないのか?
「あ、今、弟じゃないのか、って思ったでしょ!顔に書いてあるわ!」
そりゃ、誰でもそう思うだろ。
「うちの店は、姉妹でやってるのよ。それがお店の名前。シスターズじゃなくて、あえてシブリングズにしたのよ。奥ゆかしいと思わない?」
シブリングズってなんだ。あとで検索しとこう。
「タカくんね。ちょっとそこに立ってみて。」ヒロミさんに言われるまま、僕はその辺に立ってみた。
ヒロミさんは、突然僕の腕、肩、腹、お尻、太もも、すねと順番に触り、揉んでいった。
べつに嫌らしい感じはしない。
「アナタ、肉体改造したらイケメンになるわ。楽しみね。」
そういうもんだろうか。
「まずは基礎体力ね。これは走るのがいいわ。毎日、15分でもいいから走るの。」
「今日から始めました。」僕は言う。
「いい心がけね。その調子よ。」ヒロミさんがいう。まあ、続けないとね。
「筋トレもしたほうがいいわね。でも、あまりお金かけることはないわ。腕立て伏せとスクワット、腹筋で十分よ。あとは、ちょっと待ってね。」
ヒロミさんは、店のバックヤードに入り、ほどなく、何だか大きくて丈夫そうな袋を持ってきた。
「この辺、みんな貸してあげる。今は使ってないからね。」
そういってヒロミさんは袋の中からダンベルと、あと何だかわからないリストバンドみたいなものを出してきた。
「ダンベルはわかりますけど、こっちは何ですか?」
なんだか、板みたいなものもある。
「パワーリストとパワーアンクルよ。今の子は、「リンかけ」とか見ないのね。」」
…なんだか意味がよくわからない。
「パワーリストは、手首に巻くの。パワーアンクルは、足首にね。最初はちょっとでいいの。装着しながら生活するのに慣れたら、少しずつウェイトを増やしてね。」
「え?いつ付けるんですか?」
「基本、一日中ね。お風呂入るのと寝るとききは外していいわよ。
もちろん、走るときも付けたままでね。」
何だか、凄いことになってきたな。
「えっと、僕は別に格闘家になるわけじゃないんですけど。」
ちょっと抵抗してみた。
「いいのよ。筋肉と体力をを付けるだけよ。そんなに大きな負荷をかけなくてもいいの。ずっと付けていることが大事だから。」
だったら、軽くでもいいんだな。それならいいかな。
「あとは食生活ね。まあ牛乳は普通に飲んで、あとは煮干しと鶏肉ね。煮干しを大量に買って、おやつ代わりに食べるの。牛乳よりもずっとカルシウムが採れるわ。」
カルシウムかあ。骨に大事そうだな。
「鶏肉はいいプロテインがあるからね。毎日、お昼のお弁当にササミの焼いたのとか入れてもらいなさい。あとは、お豆腐と納豆。あとは普通に白いご飯ね。 このあたりを欠かさないようにしてね。それ以外は普通の食事すればいいわ。」
まあ、そんなに難しくないな。
「あ、炭酸の代わりに牛乳か麦茶にしてね。あと、煮干しを食べたあとはマウスウォッシュがおすすめよ。」
「どれくらいやればいいんですか。いろいろやることもあるので、トレーニングばかりというわけにはいかないんですが。」僕は心配になって聞く。
毎日二時間三時間もやっていられないと思う。
「その辺は自分で決めるの。多くなくていいから、毎日続けることが大事。たとえば、15分走って腕立て、腹筋、スクワット50回くらいなら、1時間もかからないわ。
朝やって、シャワー浴びて学校に行くのもいいし、夜やって、お風呂に入るのもいい。一遍にやりすぎない。継続が大事よ。自分のペースをつかんでから、パワーリストやパワーアンクルを使っても遅くないわ。」
何だか、出来そうな気がしてきた。
僕はお金を払う。床屋より高いけど、思ったほどではない。やっぱり割引してくれてるんだろうなあ。ありがたいことだ。
「じゃあ、これお借りします。カオルさん、ヒロミさん、いろいろご指導ありがとうございました。頑張ります。」僕はそう言って、店を出ようとした。
カオルさんが付け加える。
「あ、タカくん、たぶんアナタはファッションも初心者だと思うから、そのうち指導を受けるといいわ。 まあその前にペースをつかむこと。一か月後の予約を入れるわ。そのこちきに、ファッションの話をしましょう。」
「本当に、いろいろとありがとうございました。」」
「ありがとうはこっちよ。これから楽しませてちょうだいね。」ヒロミさんがいう。なんだかよくわからないけど、まあいいや。
僕は店を出て、メガネ屋に行く。
よくわからないけど、店の人に勧められるまま、ソフトコンタクトにした。使い捨ても勧められたけど、まずはこっちで。ちょうど度の合ったものがあるというので、そのままつけて帰ることになった。本当は初日はちょっとだけらしいんだけど、しっくり来るのでそのままつけて帰ることにした。家に帰ったら外せばいい。
支払いの前に、他に必要なものがあると言われたので、言われるままにそろえる。保険料を払うと、一度は紛失分を保障してくれるというので、それも加入した。
ホルダーやら洗浄液やらいろいろなものをまとめて買うことになった。小さなコンタクトを買っただけなのに、結構大きな手提げ袋に一杯になった。
まさか、ためていたお年玉を、こんなことに使うことになるとは思わなかった。
僕はコンタクトとダンベルなどの袋を抱えて、家に帰った。
「ただいま。」
「お帰りなさい。遅かったね… え?」
夕食を作っていた母さんが、エプロン姿で玄関に出てきて、固まった。
「…孝直よね?」なぜに疑問文?
「他に誰がいるんだよ。どうしたの、母さん。」僕は不思議に思った。
「かっこいい!イケメン!ハンサム!素敵!大好き!」
母さんはそう言いながら、僕に抱き着いてきた。よく見ると右手におたまを持ったままだ。
「おおげさだなあ。」僕は言った。実際、大げさだと思う。
「何いってるのよ孝直。いきなりすごいイメージチェンジね。イケメンよ。好きな子でもできたの?」
結構鋭い。
「いや、そんなんじゃなくて、学園祭も終わったし、ちょっとイメージ変えてみようかと思って。」:僕は言った。そんなに変わったかなあ。
「似合ってるわ。毎日そんな感じでお願いね!あ、美容院とコンタクト代、少し補助してあげるわ。父さんには内緒よ。ちょっと待ってね。その間に着替えて来てね。あ、その前に、この恰好で写真撮りましょ。」
なんだか母さんが興奮している。
結局、制服姿でリビングで母さんと二人並んで写真を撮った。あと、壁に立って一人の写真も撮る。制服姿だから、証明写真みたいだけどね。
部屋に戻り、ジーンズとトレーナーという普段着に着替えると、部屋のドアがノックされた。開けてみると、母さんだ。
「孝直、美容院とコンタクトの領収書を見せて。」母さんがいう。
僕は黙って見せる。
「あら、美容院安いのね。でもムースとかスプレーとかブラシは、それなりね。この辺は先行投資のための必要経費よね。コンタクトは、前からそうして欲しいと思ってたのよ。
ソフトにしたのも正解ね。」母さんもコンタクトをしている。父さんはメガネだ。
「じゃあ、コンタクト代と美容院のカット代、出してあげる。」母さんはそう言って、数枚のお札をくれた。正直、ありがたい。
僕は笑顔で言った。「母さん、ありがとう。」
「その代わり、これからずっとこんな感じでいてね。」
母さんが笑顔で僕に言い放つ。
「うん。努力するよ。あと、お願いがあるんだけど。」そういって、僕は牛乳と煮干しと鶏肉と豆腐、納豆の話をした。」
母さんはすぐわかったみたいだ。「カルシウムとたんぱく質の補充ね。わかったわ。煮干しはうちにあるしね。お弁当でも、ソーセージより鶏肉にすうわ。」
すごい協力的でびっくりした。見た目で、自分の母親さえこんなに態度が変わるのか。母親だから変わるのかな。
父さんが帰ってきて、夕食になった。
もちろん夕食の話題も、僕の変身だ。
父親もなんだか嬉しそうだ。 いろいろ事情を聞かれたので、アドバイザーがカオルさんとヒロミさんだと言って、二人の話をすると、父さんも母さんもちょっと微妙な顔をした。
僕はそのケはないから大丈夫。
「孝直、彼女でもできたのか?」父さんがいきなり聞いてきた。
「…まだいないよ。」僕は答える。
「もうすぐ出来るのか。なら、そのうち連れてきなさい。」父さんまで気が早い。
「「だーからー、いないよ。それに、まだ手が届かない。」
父さんと母さんは、顔を見合わせた。
そのあと話題は変わり、学園祭のことになった。僕は後夜祭の実行委員のことをいろいろ話した。二人はうんうんと聞いてくれた。
あとで、父さんが部屋に来た。
「孝直、いろいろ頑張りなさい。これからいろいろ入用だろうから、お小遣いをあげよう。母さんには内緒だぞ。」
そういって父さんも追加で小遣いをくれた。
僕はありがたく受け取り、今後の活動についていろいろ思いをはせるのだった。
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