第14話 それぞれの火曜日 孝直 (1)
==尾中孝直視点==
火曜日早朝、僕は起きて早朝ジョギングを始めることにした。
とりあえず健康づくりが必要だ。
最初からやりすぎると続かない。初日なので、軽いジョギングという感じで、近所を15分くらい箸軽く走る。
まだ外はちょっと暗いが、そろそろ日の出の頃だ。 僕は近所を走ると、すぐに戻ってシャワーを浴びた。
気持ちいい。
だけど、いつまで続けられるかな?いや、続けるんだ。自分が納得できるまで。
学校に行くと、隣の席の星野志保が声をかけてきた。
「ねえ、尾中君。例の研究会活動は何をするの?」
もっともな質問だ。
「それは、明日まとめてみんなに説明するよ。だから、今日中に研究会立ち上げの手続きを済ませて、明日の放課後、どこか場所を取っておいてくれるかな。」
こういう雑用は、星野が最も得意とするところだ。丸投げすればいい。
星野はちょっとだけ嫌な顔をしながらも、「しょうがないな~じゃあ、申請だしておくね。みんなの入部手続きの書類もいるね。ああ、そこはメッセンジャーで全員に伝えればいいね。とりあえず、何とかするから、明日はちゃんと説明してね。」
実は、面倒くさそうな顔をちょっとしつつも、顔がほころんでいる。きっと、こういうのが大好きなM気質なんだろう。
星野は付け加えた。
「もし、今日放課後に白石さんと打合せするんだったたら、私も同席してあげるから。」
何で、こいつに真弓さんとの時間を邪魔されないといけないんだ。僕はちょっとイラっとした。
ただ、今日は真弓さんと会うわけではない。
「今日の放課後は、用事があるんで、放課後は真弓さんと話してる時間もないよ。」
僕は付け加えた。
星野志保は、ちょっと残念そうな顔をしている。
「もし白石さんと合わないなら、私と今後の方針について打合せしてほしかったのに。」
「残念ならが、時間がない。それに、君にはもう十分働いてもらってるから、これ以上は勉強の妨げになるし、あまり気が進まないな。」
僕はそう答える。。
一応星野志保が学年一番だ。あまり勉強の邪魔をしてもいけない。
実は僕も、学年二位なんだけど、真弓さんの声を聴いたとき、そんなことがどうでもよくなったくらい衝撃だった。
もしかしたら、僕は彼女に出会うために生まれてきたのかもしれない。そんな気がする。
それに、彼女の歌はすばらしい。なぜか、「歌はいいね。」と言いたくなってしまう。
というわけで、僕は放課後すぐに学校を出て、駅に向かう。
正確には駅の方向へ、だ。
駅前のビルの階段を昇る。 そこにはこの前打ち上げをやった Afternoon Kisss がある。
だけど、その隣にある美容院「シブリングズ」が今日のお目当てだ。・
三重野晴が変身したのは、ここのカオルさんという女性のアドバイスらしい。・
どんな女性なんだろう。僕はちょっとだけわくわくしながら美容院に向かう。
いやいや、僕は真弓さん一筋だ。よそ見なんかしないぞ…たぶん。
ドアをあけると、いきなり「いらっしゃいませ~」という、ちょっと野太い声がした。
見ると、大柄なオネエが体をくねらせながらやってくる。
「あらお兄さん、うちは初めて?」
ちょっと不気味だ。
だけど、僕はひるまずに聞く。
「あの、カオルさんはいらっしゃいますか?三重野晴さんの紹介なんですけど。」
大柄なオネエは、顔をぱっとほころばせて、体をくねらせながら言う。
「あら、アタシがカオルよ。ハルくんの紹介なのね。じゃあサービスしないとねっ!」
おいおい、カオルさんってこのオネエかい。
カオルさんは多分175センチくらいはありそうだ。ウェーブのかかった金髪で、太いアイラインに長いつけまつげ、もちろんヒゲなんかない。顔が妙に白いのは化粧しているからなんだろう。パープルの口紅も印象的だ。眉毛は書いている。ロン毛、いやセミロングの金髪の合間から、短冊がぶらさがったようなピアスが見える。
基本的に綺麗なオネエなんだろう。でもオネエはオネエだ。
僕はカオルさんに聞いた。
「えっと、僕はイメージを変えたいんですが、どんな感じにすればいいかアドバイスおねがいします。三重野さんも、カオルさんの言葉で変わったようなので。」
僕は目的を告げた。
カオルさんの顔が、改めてぱあっとほころんだ。
「まあ。イメチェンね。任せて!」
やる気になってくれたようだ。
「じゃあまずね、あなたの名前と、いまどんな感じで、何を変えたいのか、教えて。」
それから、カオルさんとの質疑応答が続いた。
カオルさんは、僕の思っている気持ちを、うまく引き出してくれる。さすがは元男だけのことはある。男の気持ちもよくわかっている。
カオルさんは僕に言った。
「孝直クンは、真面目だけどどんくさいイメージから、出来る男っぽくなりたいのね。そして、可能ならもっとイケメンっぽく、頼りがいのある感じに。どうかしら?」
「そうですね。憧れの人の横に立っても、見劣りせず、また気おくれしないように、自信を持てるような外見にしたいですね。」
僕は本音を話した。というか、カオルさんと質疑応答しているうちに、自分の気持ちが整理できたのだ。
「じゃあ、まず外見ね。メガネはコンタクトに変えて、髪型も整える。これはもちろん基本ね。あとは清潔感を出して。」
このあたりは予想の範囲内だ。あとはどういう風にしてくれるのか、出来上がりを期待しよう。
「でもね。それだけじゃ勿体ないわ。」
カオルさんが言う。
「え、どういうことですか?」僕はよくわからずに尋ねた。
「肉体改造が効果的よ。健全な肉体に健全な精神が宿るっていうでしょ。」
まあそのあたりはいろんな解釈があるんだけど。まあいいか。
「もっと筋肉をつけること。あと、背を伸ばす努力をすることね。」
背を伸ばす?そんなことできるのかな。まあ僕は162センチくらいしかないから、背が伸びるのは歓迎だけど。
「ぶらさがり健康器具でも使うんでしょうか?」
「まさか。ぶら下がって、一瞬背が伸びても、また縮むだけよ。背骨の一つともう一つの骨の間隔がちょっと広がるだけだもの。骨を大きく、長くすることが大事よ。」
いわれてみたら、そうかもしれない。
「まあここから先はヒロミの領分ね。一応言っておくと、アタシは高校入学のときには160センチだったのに、卒業するときは175センチになってたのよ。成長期には、背が伸びるから!」
「あの、ヒロミさんって?」僕は聞いてみた。店にはいまカオルさんしかいない。
「ああ、もうすぐ来るわ。その前に、髪の毛やりましょう。メガネはコンタクトに変えるのよ。メガネ作ったメガネ屋さんで相談するといいわ。じゃあ、こっちへ来て。」
そう言って、カオルさんはぼくをビューティチェアーにいざなった。
美容院で髪を切られるのは初めてだ。髪をハサミで切るのは、正直あまり変わらない気がする。まあ足り前なんだけど。
床屋との一番の違いは、シャンプーするときの向きだ。
床屋では前向きでシャンプーするが、美容院では後ろ向きだ。なぜかな、と思ったけど、たぶん、女性の場合にメイクに影響が出ないようにするためだろう。
洗髪が終わると、ドライヤーで髪を乾かす。それだけではなくて、途中からなんだか髪に巻きつけられている。
おお、これがもしかしてパーマか。
生まれて初めてのパーマに感動した。…といっても、まだ出来上がりを見ていないんだけど。
メガネをかけていないので、いまいちわからない。
ロットを取って、ドライヤーをかける。
…なんだかいい感じのようだ。見えないけど。
それからまた髪を切って整える。あれ?何だか、色がついているような気がする。
おかしいなあ。いつやったのかな?
「さあ、出来上がりよ。メガネかけてみてみてね。」カオルさんがいう。
僕は鏡を見て驚いた。
「これが…僕?」
カオルさんがいう。「ちょっと変えただけで、ずいぶんイメージ違うでしょう?ちなみに、手入れの方法は…」
と見本を見せてくれた。朝起きたときに髪の毛が爆発していたらどうする、みたいな対処方法だ。ドライヤーとムースとスプレーでいいみたいだ。
「毎日、ちゃんとブラシを持ち歩いて、しっかり髪型に気をつけるのよ。あと、コンタクトは今は必須ね。将来はメガネが似合う感じになると思うから、その時はまた考えてもいいわ。」
そんなことになるんだろうか。
まあ、まずは髪型と見出しなみ、清潔感に気を付けよう。
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