第11話  打ち上げ(2) 改訂版


==尾中孝直視点==


乾杯のあとは、生徒会役員の挨拶になった。山口会長、高橋副会長、若原書記、香田会計担当がそれぞれ挨拶する。 その後は後夜祭実行委員の僕の番だ。


「後夜祭担当の尾中です。皆さんありがとうございました。あとで皆さんに見せたいものがありますので、細かいことはその時に言います。」


これだけだ。一緒にやっていた星野志保が妙な顔をする。 まあ、いつものことだから気にしないが。


星野、それから他の後夜祭委員のあと、会長の指名で例の三重野晴(みえの はる)が無難に挨拶した。

彼は、真弓さんの思い人で、そして真弓さんを振った冷血、極悪非道な男だ。


許せない。

ちなみに、先ほどの反応を見なくても、真弓さんの思い人が彼であることは知っていた。掲示板を隅々まで読んで、過去に真弓さんと三重野晴に何があったのかを調べていたからだ。


もちろん、なれそめについては初めて知ったし、彼女が三重野晴に今持つ思いについても再確認できたから、さっきの話はとても有意義だったことは間違いない。


だいたいの挨拶が終わったころ、僕はオーナーに断って、自分のパソコンを壁にある液晶モニターにつないだ。それまで画面にはは草原とか海岸の風景などが流れていた。


準備を終えて、僕は皆に声をかける。


「皆さん、ご歓談中のところ恐縮です。よろしければ、このビデオをご覧ください。」


僕はそう言って、パソコンのマウスをクリックした。


画面から流れ出したのは、バンドをバックに歌う真弓さんだ。そう。これは体育館の映像だ。


サビのところで一度暗転する。停電で会場の電気が切れたのだ。

それでも、映像は止まっていない。カメラは、電源がつながっていなくても内臓バッテリーで長時間の録画が可能だからだ。


暗闇から突然声が聞こえ、そして場が静まりかえっていた。その中に、真弓さんの声が通り始める。そしてライトが彼女の上半身を照らす。これは僕の懐中電灯によるファインプレイだ。我ながらいい仕事をした。


幻想的な光景が広がる。本当に、天使が降臨したみたいだ。


歌が終わると、一瞬の間のあと、電気がついて拍手喝采の嵐になった。


ここで見ていても感動する。僕はこのシーンを何度見たかわからないくらいだ。


期せずして、ここの会場、つまりAfternoon Kiss でも拍手が起きた。

みな、真弓さんの歌に感動しているのだ。


「悔しいけど、私の負けね。これは凄いわ。」

小さな声が、バンド男性3人の横から聞こえた。


真弓さんが代打を勤めた元のボーカルの女性だ。


名前は今凛子(こん りんこ)さんというそうだ。バンドの元の名前、グリーンアップルは、凛子=リンゴから付けられたらしい。


僕は、みんなに向かって言う。

「ご覧のとおり、こちらの白石さんの歌は素晴らしいです。癒しであり、元気がもらえます。

そこで、僕は、ここに『癒しと元気研究会』の設立を宣言します。」


バンドのメンバー、沖峰幹夫さんが聞いてくる。

「具体的には何をやるんだい?」


僕は答える。


「もともとこの名前は、研究会として将来も持続可能なものにするためです。いわゆるESGとかSDGとかを意識しました。」


なるほど、という顔とぽかーん、という顔が入り混じる。


「最初の活動は、癒しと元気をくれる白石真弓さんを、学内で有名なシンガーにすること、そして将来的には白石さんのプロデビューに協力することです。言い方を変ええると、白石さんの地下アイドル、あるいは地下シンガーの活動を支えるということになりますね。」


「え、何それ。私、聞いてない。」

真弓さんが慌てている。


僕は平気な顔で応える。

「今、言いました。それに、ビデオをネットに載せるのはオーケーしてくれたじゃないですか。あとはそれをメジャー化するだけです。」


真弓さんはちょっと困惑しているように見える。


「え…?私、そんなこと頼んでない。」


僕は言う。「だから、僕が勝手にやるんです。真弓さんは何もしなくてもいい。僕らが勝手に何かするだけです。まあ、僕ら、と言ってもまだ僕一人ですけど。だれか、協力してくれる人、いますか?」


僕は言う。


「俺も協力するよ。」バンドの一人、丸メガネの人がいう。たしか岡谷(おかたに)さんだ。


「当然、俺もだな。」「ああ、俺も。」バンドリーダーの沖峰さんも、もう一人の人も言う。あれ、この人だれだったかな。


「ねえ沖峰くん、本当にやるの?バンドはどうするの?」バンドの女性が聞いてくる。

それはそうだよね。


「バンド活動はやる。我々の活動以外に、白石さんのバックバンドもやるよ。そのときはグリーンアップルではなくて、ホワイトエンジェルとしての活動になるけどね。」


バンドの女性、凛子さんはちょっと考えている。

「じゃあ、私もその研究会に入る。女性の視点もあったほうがいいでしょ。正直、白石さんがメジャーになるのは見てみたい気もするし。」


なんだか殊勝なことを言っているなあ。本気かな。それとも他の目的が?


「…それに、沖峰くんが変なことをしないようにね…。」小声で言っている。ああ、この人、沖峰さんが好きなんだな。


「あ、これでいきなり五人そろったから、同好会扱いで申請できるな。学内でメンバーを集めれば、部の昇格も狙えそうだよ。皆さん、ありがとう。」


僕は嬉しかった。突然の思いつきが、形になっていく。


「私も入るわよ。」いきなり、クラスメイトで、今回司会を一緒にやった星野志保が言ってきた。なぜだろう。


「だが断る。」僕は言った。こいつが入ると、なんだかうるさそうだ。


「何それ!」星野志保は怒った顔をした。


「いや、一回言ってみたかったのさ。たぶん、世の中の男が一回言ってみたいセリフのベスト5くらいには入っていると思うよ。」


知らんけど。言ったあと、僕は一応フォローした。 


「まあ冗談だ。しぶしぶだけど歓迎するよ。」


「何それ、どっちなの?」


「枯れ木も山のにぎわい、っていうだろう。君は枯れ木じゃなくて低木だと思うけど。」

僕は付け加えた。


「何言っているのよ。書類仕事も必要でしょ。あなた書類なんてテキトーでいい、って思うタイプじゃないの!」星野志保が言ってくる。 


「ああ、悔しいがその通りだ。書類の丸投げができるなら、君に入ってもらうことはやぶさかではないよ。ただし、あまり周りに迷惑をかけないようにな。迷子になったり、お菓子をくれるからって知らないおじさんについていったらいけないよ。」


何だろう。星野志保に対しては、こんな言葉がすらすら出てくる。真弓さんを前にすると、なかなか言葉が出てこないのに。


「3年生はあまり協力できないけど、必要があったら労働力くらいは提供するぜ。白石真弓さんの声はまた聞きたいからな。」


3年生の人が言う。たしか、左右田勝男さんだ。よくわからないけど、三重野晴とも親しいみたいだ。


真弓さんが僕のほうを向いて、改めて頭を下げてくる。

「尾中君、ありがとう。私も何もわかってないけど、よろしくね!。」


その横から沖峰さんが出てきた。「真弓ちゃん、僕も協力すらからね!」その彼を、バンドメンバーの凛子さんがジト目で見ている

「当然、僕もね。」とおかたにさん。

「僕だって。」と、バンドその3の人も言った。名前、あとで調べよう。


三年生のリーダー格の人、左右田勝男さんが突然言う。「

「晴、お前も学園祭終わって暇なら手伝ってやれよ!」


いきなり、空気が凍った。


少なくとも、僕だけでなく、3大美女や現役生徒会役員なんかは、真弓さんと三重野晴に何があったか知っているからだろう。」


三重野晴は、首を横に振った。

「いや、やめとこう。俺は、あまり力になれそうにないからな。」


周囲が、明らかにほっとした顔をする。


「そうか~残念だなあ。わっはっは。」左右田勝男さんは、空気を読めずにただ笑っていた。


僕は宣言した。

「二学期の終業式のあと、ミニライブをやろうと思います。そのまま講堂を使うつもりですから、宜しくお願いします。」


こう言っておけば、会長、副会長への再度の根回しがア楽になるからね。真弓さんは「頑張ります。」と言ってくれた。


また雑談の時間になった。


僕は、三重野晴にそっと声をかけた。

「ちょっと、二人で話したいことがあるんですが。」


三重野晴は、うなずいて、僕をバックヤードへ連れて行った。


二人だけになったところで、僕は切り出す。

「単刀直入に聞きます。三重野さん、あなたは白石真弓さんの気持ちに応えるつもりはありますか?」


三重野晴は、その質問を予測していたのかもしれない。顔色を変えることなく、首を横に振った。

「いや、そのつもりは全くない。白石には申し訳ないとは思うが、俺は彼女に全く興味がない。 それは、彼女が歌姫になろうが天使になろうが変わらない。」」


何となく予想はしていた。真弓さんには決して聞かせられないが。


「むしろ、君が何とかしてあげたらどうだい?」

三重野晴は、何となく気がなさそうに言った。


僕は真剣に答える。

「もとより、そのつもりです。ただ…」


「ただ、何だい?」


「それは今じゃありません。今は、彼女を応援するほうが大事だと思っています。」


「ふーん。」あくまで三重野晴は興味なさそうに言う。 こういうところがいらつくんだが、今日はもう一つ聞かなければならない。


「もう一つ質問というか、相談です。あなたは、突然イメージチェンジして、世に言うイケメンに変身したそうですが、それは誰かのアドバイスによるものですか?もしそうなら、その人を紹介してkもらうことはできますか?」


これが本題だ。真弓さんに近付くためには、まず僕自身が変わらなければならない。より、真弓さんにふさわしい男になりたいと思う。


三重野晴は、初めて面白そうな顔をした。

「ほお。」


彼は少し考えた上で、答えた。

「このカフェの隣に、シブリングズという美容室がある。今日は月曜日で休みだから、明日以降、そこのカオルさんに相談したらいい。俺の紹介だって言えばいいよ。知恵を貸してくれるはずだ。」


結構意外なことに、三重野晴はあっさりと教えてくれた。

「あ、夕方以降は社会人の一般客で忙しくなるから、放課後すぐとか、せいぜい4時過ぎくらいには行ったほうがいい。あと、しっかり軍資金も用意しておけよ。」


僕はうなずいて、そして礼を言う。

「三重野さん、ありがとうございました。」


「俺ができるのは紹介だけだ。あとは君が何をしようが、俺には関係ない。」

三重野晴はあくまでクール、あるいは他人事のように言った。もちろん彼にとってはただの他人事だ。


僕は、自分の席、つまり星野志保の隣に戻った。彼女が僕に協力する理由が、まったくもってわからない。まあ、好きにすればいいだろう。 僕も、この同好会というか研究会活動以外にやることがあるからね。



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