第10話 打ち上げ (1)改訂版
==白石真弓視点==
翌日、月曜日。
私はいつもの習慣で、5時半に起きた。
1年生のときはこのままジョギングして、シャワーを浴びてから家を飛び出していたけど、今は散歩するくらいで、ジョギングはあまりしない。
これから朝も暗くなってきたし、もし運動するとしても室内かな、とは思う。
ただ、今日は代休で休みだ。
習慣で目覚めちゃったから、散歩に行こうかな、
と思いながらくずぐずしていたところでスマホがメッセージ着信を告げた。
見ると、尾中君だった。
「真弓さん、おはようございます。朝早くから起こしてしまったらすみません。もし今日時間があれば、渡したいものがあるので、2時に駅前のビルのカフェ Afternoon Kiss に来ていただけませんか?」
私は「起きていたから大丈夫です。2時に行きますね。」と返事した。
すぐに返事が返ってきた。「ありがとうございます。では後ほど。おやすみなさい。」
おやすみ?寝ぼけてるのかしら。
私はこの2日間のことを思い出す。
なんだかまだ信じられないことも多い。
ただ、言えることは、人の前で歌ったらとても気持ちいい、ということだ。
それとは別に、モテ期が来たみたいだ。こんなのは初めてで、どうしたらいいかわからない。
そんな時はとりあえず無心になろう。
私は、久しぶりにジョギングで以前毎日走っていたコースを走った。
ちょうど日の出だ。あたりが明るくなっていく。こういうタイミングにめぐり逢えたのは、幸先いいなあ。
私は、2時に、、指定されたAfternoon Kissというカフェに行った。ドアをあけると、ちりんと音がする。店の中は、落ち着いた装飾だ。
きっと、店長かオーナーの趣味がいいんだろうな。
「いらっしゃいませ! あ、白い歌姫!」メニューを持ってやってきたウェイトレスが言う。何それ?
よく見ると、文芸部にいた女の子だ。
「あら、こんにちは。たしか、莉乃さんよね。」私は彼女に言う。
莉乃さんは笑みを浮かべた。「あら、覚えていてくれてありがとうございます。歌姫さん。」
何それ?「お願いだからやめて。私は白石真弓です。」
とりあえず言ってみた。
「はい、真弓さん。おひとりですか?」莉乃が聞く。
「いえ、待ち合わせなんですけど…」そう言って中を見回すと、奥のほうで尾中君が手を振っていた。
席につくと、尾中君が、「アイスコーヒーかアイスティーかコーラかウーロン茶かオレンジジュースにしてもらえませんか?」と聞いてきた。なぜだろう。まあいいや。
「アイスティー、ストレートでお願いします。」私は言う。莉乃さんは頷いてバックヤードに消えた。
尾中君は私に礼をした。
「今日は来ていただいてありがとうございます。時間も限られているので、さっそく用件に入りますね。まずは、これをご覧ください。」
そういって、彼は自分がいじっていたパソコンを私のほうに向け、私にヘッドホンを渡してくれた。
彼がボタンを押すと、画面に私が映し出される。学園祭のときの動画だ。停電したあと、私が歌いだしたときの映像だ。 結構よく撮れているなあ。アップとかは無いけど、私の上半身に綺麗にい光が当たって、姿がちゃんと見えている。
曲が終わったところで、彼が聞いてきた。
「どうですか?」
「とってもいい。ありがとう。」私はお礼を言う。
彼はUSBメモリーを取り出して、私にくれた。
「これで、パソコンでみられますよ。」
ありがたいけど、私はスマホでも見たいな。
「スマホで見るにはどうしたらいいの?」
尾中君は応える。
「実は、そのためにも、この動画をネットにアップしたいんです。そうしたら、いつでも見られます。
それに、他の人たちにも見てもらえます。どうですか?」
うーん。まあいいかな。
「いいけど、バンドの動画は、バンドのメンバーにも了解をとってね。」私は言う。
「もちろんです。」尾中君はにっこりと笑った。
「いやあ、徹夜でエンコした甲斐がありましたよ。」
この動画を作るのに徹夜してたんだ。なんだか申し訳ないな。あ、今朝「おやすみなさい」って言ったのは、あのあと寝てたのね。納得。
「次に質問です。」尾中君は続ける。
「この前、僕の頼みだから聞いてくれる、って言ってましたね。その理由を教えてもらえますか?」
あ、やっぱり気にしていたのね。
「ちょっと恥ずかしいけど、教えるね。」
私はそういうと、スマホを取り出して、写真を彼に見せた。セーラー服で、瓶底メガネをかけた、おかっぱのちょっと小太りなもっさりした少女の写真だ。
尾中君はその写真を見ていぶかしんた。
「この人がどうしたんですか…?」
「よーく見てみてね。」私は続ける。
尾中君はじっとその写真を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「え…まさか、真弓さん?」
私はうなずいた。
「あなたが一生懸命働いていいるのを見て、去年の私を思い出したの。私も、一生懸命に目的に向かって頑張っていたの。」
「それは…。」
私はゆっくり続けた。
「入試の日に、一目惚れしてしまった人がいるの。その人に、振り向いてもらおうと思って、1年間頑張ったのよ。コンタクトに変えて、髪型変えて、メイク習って、おしゃれして、そしてダイエットしたの。早朝ジョギングもしたわ。そうしてやっと、今の私になったのよ。」
尾中君は黙って聞いている。
「二年生になって、やっと同じクラスになれたの。これで、彼の気を引くことができるって、最初は思ったの。彼は私に気づいてないから、気づかせて驚かせて、それで、あなたのために綺麗になった、って言おうと思ったのよ。」
ああ、なんてつまらない欲求。自分でも鼻で笑いたくなった。
「だけどね。同じクラスに、四人も美女がいたのよ。四大美女、または三大美女プラス妹っていうね。 だから、私はクラスで5番目以下でしかない。誰も、私のことを全然気にしてくらない。もちろん彼も。」
私は続けた。
「私は一生懸命に彼にアピールしようとしたけど、ウザがられるだけだったの。そしてある日、なぜか彼は突然イケメンっぽくなって、3大美女と毎日お昼を食べるようになったの。
それだけじゃない。彼とキスしたら願いがかなう、って噂が立って、たくさんの女の子が彼を追い掛けたの。私は彼に告白したけど、完全に振られちゃった。」
最後はちょっと涙声になっちゃったけど、彼は気づかないふりをしてくれあ。
私は無理に笑顔を作っていった。
「余計な話し、しちゃったね。ただ、私はあなたが頑張っているのを見て、応援したくなっただけよ。」
尾中君は、真剣な顔をしていた。何かを決意したような顔だった。
その時、ドアベルが鳴った。
どやどやと男性が5人もやってきた。
先頭にいたのは、あの左右田勝男さんね。
「おお、莉乃。来たぞ~」彼が声をかけると、莉乃さんは嬉しそうにやってきた。
「いらっしゃい、勝っちゃん。奥のほうでお願いね。」莉乃さんは奥を指さした。
その時、左右田さんはこんなことを言ったのだ。
「おお、ハルの奴はまだか?」
え?もしかして三重野君が来るの…?私は驚いた。
その時、「おお、呼んだか?」三重野君が姿を現した。スーパーの袋をたくさん抱えている。
「悪い。買い出しに予想以上に時間がかかってな。」
三重野君がここにやってきて、しかも買い出し?何が起きているの?
私はドアのほうを見 て、フリーズした。
「おお、白石真弓さんじゃないか、昨日の歌、良かったよ!」大声で左右田さんが言う。
その声で、三重野君も私に気づいたようだ。
わざわざ私のところにやってきた。
「白石、ゆうべは時間なくて言えなかったけど、歌良かったよ。」
そう言って、彼はスーパーの袋を抱えてバックヤードに去っていった。
私はその場で動けなかった。息が苦しい。ああ、まだ彼を忘れてないのね。
そんな私を、尾中君が無言で見つめていた。
ドアベルがまた鳴る。今度は、なんとアイドル系美女の高部希望(たかべ のぞみ)さん、巨乳黒髪ロングの生徒会副会長の高橋香苗さん、そしてショートカットのスポーツ美少女の倉沢珠江さんの三大美女だ。
え…どうなっているの?
私の動揺に気づかないように、三重野君が奥から出てきて三人に声をかけた。
「三人とも来たんだね。希望ちゃんはさておき、珠江ちゃんも練習終わったんだね。」
そういうと、希望さんが「どうせ、私はさておきよ!」」と怒ったように笑った。
仲、いいんだな。やっぱり私が入る隙間が見当たらない。
「私、そろそろ行ったほうがよさそうね。何かやるんでしょ?」私は尾中君に言った。
「いえいえ、お時間あるなら、そのままいらしてください。生徒会の打ち上げですけど、部外者もいろいろ混じってますし。それに、さっきの動画、みんなにも見せますから。」
部外者って、希望さんとかのことかな? それに、あの動画、見せるんだ。ちょっと恥ずかしいかな。でも歌ったんだし、今更よね。
ドアベルがまた鳴る。こんどは山口生徒会長と、書記の若原瞳さんだ。
この二人、どうやら付き合っているみたい。
それからどやどやと他の人たちもやってきた。一人は、尾中君と一緒に後夜祭をやっていた女の子だ。
彼女は、自然に尾中君の隣に座った。
山口会長が、声を出した。
「そろそろみんなそろったかな?まだ来てない人は?」
左右田さんが声を出した。
「来てない奴、手をあげて!」
皆笑う。
ドアがあいて、男子三人、女子一人がやってきた。
よく見ると、沖峰幹夫君をはじめとするバンドメンバーと、知らない女の子だ。
たぶん、風邪をひいていた女の子だろう。
山口会長が声をかける。
「おお、沖峰。良かったら君たちも合流しないか?生徒会の打ち上げなんだけど。」
三重野君が付け加える。
「あ、飲み物二杯以上飲むなら、こっちに混じったら2時間飲み放題でおつまみつきにするぞ。今日だけ、●●円ぽっきりだ。先払いな。」
四人はどうしよう?という感じだったが、丸メガネ、キーボード担当のおかたに君が私を見つけた。
「あ、白石さんもいるんだ。じゃあ、俺は参加ね。」
つられて他の男子二人もうなずいた。 女の子は、なんだか面白くなさそうな顔をしてる。
まあ、私には関係ないかな。
バックヤードから、この店のエプロンをつけた三重野君と、やっぱりエプロンをつけた左右田麗奈ちゃんと莉乃さん、それから上品そうな大人の女の人が出てきた。
山口会長が言う。
「みんな、乾杯しよう。グラスを持って!」
すかさず、三重野君たち三人が、グラスに入った飲み物を配る。何種類からか選べるみたい。
みんながジュースやコーラを手にしたところで、山口君が言う。
「学園祭、皆さんの協力で大成功しました。皆さんのご協力に感謝して、また皆さんの前途を祝福して、乾杯!」
「かんぱ~い!」皆大きな声で乾杯した。 私は関係ないのに、いいのかな。
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