第9話 奇跡の歌姫
==尾中孝直視点==
僕は1年A組の尾中孝直。
入試では一番だったみたいで、入学式では総代を勤めた。
外見はちびで瓶底メガネだけど、頭脳明晰だからそれでいいんだ。
今回の学園祭では、後夜祭を主催することになった。2年が学園祭全般を取り仕切るんだけど、後夜祭は1年がメーンでやる。そしてそこで経験を積んで、翌年生徒会の執行部に入るのが黄金ルートになっている。
まあ、本当は生徒会とか興味がなかったんだけど、クラスの同級生の女の子、星野志保から強引に誘われたのだ。
星野志保は、僕のライバルと言える。実は入試トップだった僕だが、1学期の中間テスト、期末テストとも学年二位なのだ。そして一位が星野志保である。
ライバル認定した彼女が生徒会を手伝うなら、僕にもやらない選択肢はない。
僕が生徒会を手伝わずに次のテストで一番をとっても、自分で納得できないからだ。
ハンデをもらっても嬉しくない。正々堂々勝負しないとね。
ちなみに、二学期の中間テストは同点一位だった。
外見では正直今年の生徒会長の山口さんには勝てないけど、頭ならたぶん今でも勝っていると思う。
そんな僕に学園祭を回る時間があるのは、初日の午前中だけだ。あとは基本的に体育館の出し物の裏方と後夜祭の準備に取られてしまう
というわけで、束の間の楽しみということでクラスの男子4人で、学園祭を回っている。
お化け屋敷に来たけど、何が悲しくて男同士で入るんだよ、ということでパス。
そこからちょっと離れた教室で何やら客引きをしている。あ、一人が女の子に手を握られれた!
そんな、うらやましけしからん状況は排除せねば…と思ったけど、彼女は僕の手も握ってくれた。
しかも、なんと僕の手を彼女の胸に当ててくれた…手の甲なのが惜しい、ってそうじゃない。これをやってくれたのは、僕にだけだ。他の3人の手も握ってたけど、それだけだ。彼女は、僕だけにそうしてくれた。なんという幸福感と特別感。
だいたい、親戚と幼稚園の先生以外の女性に手を握られたことなんか、たぶんないよ。
彼女は天使なのか、とさえ思った。天使の名前は、白石真弓さん。
天使にいざなわれて入った和風喫茶は、はっきり言って動物園みたいなもんだったけどね。
その時間が終わると、あとは体育館で裏方だ。これも来年の生徒会のための試金石、あるいは踏み絵なのだ。しっかりやらねば。
バンドの連中がわたわたしている。ボーカルが風邪を引いたらしい。最悪リタイアするとのこと。まあ、アクシデントはつきものさ。平気な顔をして対処すればいい。
そうはいっても表に出るのは生徒会長の山口さんだけどね。この山口さん、なぜか全体のアレンジをしないで体育館に特化している。校舎のほうは強力な助っ人たちがいるからいいんだそうだ。
2年生・3年生連合の助っ人とは、心強いが、かといって会長が生徒会室にいないのは、どうなんだろう。
どうやら、会長は、全体の指揮をするよりも、体育館の暗がりで彼女(生徒会書記の若原瞳さん)とイチャイチャするのを選んだようだ。 本当に、羨ましけしからん。
僕なんかさっき初めて女性に手を握ってもらったというのに。
まあ、さすがに山口さんは、仕事はきっちりとこなしているから文句も言えない。誘ったのは若原さんみたいで、山口さんは断り切れなかったようだ。
プログラムは予定どおり進行していく。どうやら、バンドもメンバーがそろったようだ。
…あれ?白石さんだ。彼女は今度は歌も歌うんだね。なかなか忙しいね。でも、元のプログラムには名前がなかったから、代打かな。
僕は舞台の袖から彼女を見られる。まあ特等席に近い。いざとなれば、最前列よりも前に出ていい。懐中電灯でも持って歩けば、何かやっているように見える。うん、そうしよう。
バンドの、というより彼女の歌が始まった。
最初はNOASOBIだ。とてもポピュラーな曲で、みんなに受けるな。もちろん僕も大好きだ。
彼女の声はよく通るし、音程もしっかりしている。正直、ものすごくうまいと思う。僕はいつの間にか舞台前の彼女のすぐ近くまで来て、ローアングルで眺めていた。
もちろんローアングルといってもスカートの中を見るわけじゃないからね。残念ながら見えないし!
最後の3曲目になった。バンドとシンクロして歌が始まる。 そしてサビのところで、突然停電した。 あたりは真っ暗だ。バンドの音も聞こえない。当たり前だね。PAがつながってないんだから。
会場はざわざわする。そして携帯のライトをつけ始めた。でもそれくらいじゃ、闇は消えない。
…その時。
暗闇の中から、素敵な声が聞こえてきた。
バンドの音は無いから、当然アカペラだ。
透き通った声。高音が遠くまで響く。真弓さんが、歌っている。
僕は思わず、両手に持った懐中電灯で彼女の上半身を照らす。
会場は静まり返る。
その中を、美しい歌声が響きわたる。
まるで、天使の歌声のようだ。
そして、懐中電灯の光があたる白いブラウス姿の彼女は、本当に天使のようだった。
バンドの名前、ホワイトエンジェルそのものだ。
奇跡だ。僕は思った。
きっと、多くの観客が、そう思っただろう。
ボリュームを上げた彼女のアカペラは、会場の隅々まで響き渡る。
そして、彼女が歌い終わる。 一瞬の静寂の後に、電気がついた。
その瞬間、会場は大歓声の渦になる。
幸運の美少女。白い天使。奇跡の歌姫。なんと言えば彼女のことをいい現せるだろうか。
自然に、会場からアンコールの声が湧き上がる。僕も、自分の立場を忘れ、アンコール、アンコール、と叫んでいた。
彼女はステージに戻ってきた。
「2年B組、白石真弓です。今日突然歌うことになって、戸惑っていますけど、みなさんからのアンコールに答えたいと思います。バンドがないので、静かに聞いてくれたら嬉しいです。
Maikoの『コガネムシ』です。」
そして彼女はその曲をワンコーラスだけアカペラで歌い、拍手喝采の中、舞台を去る。
余韻を楽しむ間もなく、僕は彼女を出迎えるため、舞台袖に戻る。彼女はバンドの連中とハイタッチをしていた。ノリがいいなあ。
僕は、決心して真弓さんのほうに行く。
「あら、さっきぶりね。こんにちは。何かあるの?」
おお!彼女は僕のことを覚えていてくれたよ。
「僕は1年Å組の尾中孝直(おなか・たかなお)と言います。体育館の進行を手伝っているのと、あと後夜祭の実行委員長をやっています。」
とりあえず背景説明して。。
「白石さん、あなたの歌に感動しました。ぜひ、後夜祭でも歌ってくれませんか?」
これが、僕の本題だった。僕が後夜祭を仕切るんだ。好きにできる。
彼女は言ってくれた。
「歌うのはいいけど、バンドも?」
いや、お邪魔虫は不要だ。
「できれば、アカペラでお願いします。さっきの歌、とても感動したので。」
彼女は快諾してくれた。
「わかったわ。じゃあ、何時にどうすればいいの?」
僕は時間を指定して、念のためと言って彼女と連絡先を交換した。
当然、連絡先をもらったんだから、その夜には連絡する。ただし、無難なやつだ。嫌われたり、警戒されないように。
そして、後夜祭になる。
真弓さんは、準備している僕のところにわざわざ来て、差し入れのクッキーをくれた。
思わず、末代までの家宝にする、と言ったら、「いや、食べろよ!」と絶妙な突っ込みがきた。
意外にこんなノリのいいところもあるんだな。
ちなみに、クッキーは、僕と一緒に司会進行をしているクラスメートの星野志保によって皆に分けられてしまった。しかも僕の分はない。
あいつ、僕に恨みあるのかなあ。
それを知った真弓さんは、飴をくれた。まあ、これで乗り切れる。
ちょっと気になるのは、星野がなんだか僕が真弓さんに近付くのを邪魔しようとしているような気がすることだ。
たぶん、気のせいだろう。
それはそれでいい。
さあ、真弓さんの出番だ。自然と口角が上がる;。
彼女をたたえる言葉なら、いくらでも口から流れ出す。
「さあ、本日飛び入りですが、多くの人たちのお待ちかねの時間がやってまいりました。
今回の学園祭で彗星のごとく現れた、純白の天使、白い歌姫。そんな言葉でも言い尽くせません。では登場していただきましょう。2年生の白石真弓さんの、奇跡の歌声をアカペラでお聞きください!」
拍手喝采の中、真弓さんが出てくる。そして静かになったところで、NOASOBIの曲を歌い始める。最初はスローに、よく通る声で。 そして途中からアップテンポに。
やっぱり、素晴らしい! 僕は感激した。
二曲目は、タイトルは知らないけど、「あなたは誰にキスするの?」という、すごく意味深な曲だった。
そのあとアンコールでもう一曲、Maikoのバラードをワンコーラスを歌って、短いながらも素晴らしい彼女のセッションは終わった。
僕は、真弓さんのところへ急ぐ。
「真弓さん、ありがとうございました。素晴らしかったです。」
とりあえず本心の感想を述べた。
真弓さんはまだ興奮がおさまらないようで、ちょっと顔が赤い。それも可愛いな。
「ありがとう。私も予想以上に楽しかったわ。やっぱりやって良かった。」
何だか、ちょっと気になる言い方だな。僕は確認してみた。
「やっぱり、本当はやりたくなかったんですか?」
「うーん。そうね。でも、尾中君に頼まれたら、断れないな、と思ったの。だって…」
と、真弓さんが言いかけたところで、「尾中君!」と星野から声がかかった。
もう出番のようだ。
僕は名残惜しくも星野のところへ向かう。愛しの真弓さんは手をひらひらさせて去っていった。
演目が終わり、最後のクライマックス、張りぼてキャンプファイヤーに点火し、オリジナルダンスだ。
4曲を流すことになっている。運営の僕らは舞台前で待機する。
皆が楽しそうに踊っている。遠くに、誰かと踊っている真弓さんが見えた。
僕はたまらなくなり、星野に「ちょっと抜けるな。すぐ戻るから!」と言って、真弓さんのところへ走っていった。
彼女はどうやら同級生と踊っていたらしい。バッジの色で同学年とわかった。
その曲が終わろうとするとき、僕はすぐに割って入った。
「真弓さん、僕と踊ってください。」
横でスタンバイしている男に睨まれたが、構うものか。
真弓さんは笑顔でOKしてくれた。
そこからは、至福の時だった。あこがれの真弓さんが、こんな近くに。息遣いや、体温を感じられるくらい近くに。
僕は白い妖精を独り占めしているんだ!有頂天になる。 だけど、よく見ると、真弓さんは上の空だ。
僕と踊りながら、多分別の男性のことを考えている。 僕は、ちょっと寂しかった。でも、まだまだこれからだ。今は、真弓さんとのダンスを楽しもう。
曲が終わる。 僕は、真弓さんに礼をして、走ってステージに戻る。
「どこ行ってたのよ?」星野が怒ったように言う。
「ちょっとそこまで。」僕は誤魔化す。
「四曲目の紹介は、あなたがやってね。あと、音楽始まったら、すぐにここに来て。」
命令されてしまった。まあ、席を外した負い目もあるし、従おう。
ある程度のインターバルの後、僕はラストダンスだ、とアナウンスする。
皆、緊張しているようあ。
そして音楽が始まる。僕は、星野のところに急いで戻った。
「行くわよ。」星野が言う。
なんのことだろう>?
「私と、踊るのよ。進行してて全然踊ってないんだから、付き合いなさい!」
まあ仕方ないな。実は僕は真弓さんと踊ってたんだけど、そんなこと、真面目な星野には言え榎井。
僕は星野と踊る。星野の体温を感じる。ちょっといい香りがする。でも、真弓さんとは比べものにならないな。もちろん、星野もそれなりに可愛いんだろうけど。
例えて言えば、高級焼肉を食べているときに、イカの刺身を一切れ出されたようなものだ。
きっと、悪くはないんだろうけど、あっちが欲しい。そんな感じかな;。
音楽が終わる前に、誰かに押されたのか、突然星野が僕に抱き着いてきて、それで離れてステージに戻る。僕も慌ててステージへ。遠くで、真弓さんが、なぜか学園のアイドル、高部希望さんと踊っているのが見えた。
僕と星野は、後夜祭、学園祭の終わりを告げる
その瞬間、ロケット花火が空に撃ちあがる演出になっている。
グッドタイミング!
いい感じで、後夜祭、そして学園さいは終わりを迎えることができた。
終わったあとは、ステージ、機材、、張りぼてキャンプファイヤーなどを撤収する。
山口会長や、三年生の人たちが手伝ってくれた。
僕は、映像データを大事に家に持ち帰った。
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