第8話 後夜祭(2)
バンドが終わり、撤収していく。
楽器を動かすのはそれなりに面倒なのだけど、私の準備はマイクだけでいいから、いつでもスタートできる。
暗転した舞台の端で、片づけを横目で見ながら、司会の1年、瓶底メガネの尾中直孝君が叫ぶ。
「さあ、本日飛び入りですが、多くの人たちのお待ちかねの時間がやってまいりました。
今回の学園祭で彗星のごとく現れた、純白の天使、白い歌姫。そんな言葉でも言い尽くせません。では登場していただきましょう。2年生の白石真弓さんの、奇跡の歌声をアカペラでお聞きください!
会場がうぉー!と盛り上がる。私はステージの中央に立ち、礼をする。そして声が静まるのを待ち、歌い始めた。
最近の曲はイントロがないものも多いので、すぐに歌い始められる。
スローに始まるNOASOBIの曲だ。
私の声が静寂の中で響いていく。上半身にスポットライトが当たっているのがわかる。
リズムを切り替え、アップテンポで歌い続けると、自然に手拍子がついてきた。
私もノリノリになって、歌い続ける。ああ、何て気持ちいい。
曲が終わると、やはり大きな拍手が来た。それを押しとどめ、もう一曲歌う。
今度は、私の気持ちを歌い上げる、ちょっと前のアニソンにした。
三角関係を示した歌だ。
私の場合、それどころではなかったけれど。歌詞は私の気持ちにぴったりだ。
♪あなたは誰にキスするの? 私、それともあの娘?…
本当は切ない歌詞なんだけど、明るく笑顔で歌う。このメッセージが三重野君に届きますように!と願いながら。
また盛大な拍手が来て、私は礼をして舞台を降りようとする。すると、アンコール、アンコールと声が響く。私はちょっと困惑して尾中君を見る。尾中君は笑顔で頷いた。
なので私は舞台に戻り、用意していたもう一曲、あいひょんのバラードをワンコーラス歌い、礼をして舞台を降りる。
拍手とアンコールの声を遮って、もう一人の司会、星野志保さんが言う。「はい、次は1年生コンビ、しらたきーずによる漫才です。どうぞ!」
そして漫才が始まった。 私は、残してあった飴を舐める。
そこへ、尾中君がやってきた。「真弓さん、ありがとうございました。素晴らしかったです。」
お世辞でも嬉しい。
「ありがとう。私も予想以上に楽しかったわ。断らないで、やって良かった。」
尾中君が聞く。「やっぱり、本当はやりたくなかったんですか?」
私は答える。
「うーん。そうね。でも、尾中君に頼まれたら、断れないな、と思ったの。だって…」
言いかけたところで、「尾中君!」と星野さんから声をかかった。
もう出番のようだ。
私は手をひらひらさせて、その場を去った。あとはダンスだけだ。
もしかして三重野君が、私ともダンスを踊ってくれるかもしれない…。
そんな淡い思いを抱きながら、ちょっと離れた時計台の前でステージを見る。
出し物は進み、ついに張りぼてのキャンプファイヤーに点火、というか点灯した。
やぐらは美しく光っている。私の心にしみわたっていく。
クライマックス、オリジナルダンスの時間だ。
ダンスは4曲あって、原則として男女ペアで踊る。そしてラストダンスの相手と結ばれる…という都市伝説もある。
私には無縁だな…と思ったら、「白石さん、良かったら踊ってもらえませんか?」
と声がかかった。見ると、3年生の先輩だ。この前、列の一番前にいた人。
「喜んで。」私はそう言って礼をする。
ダンスのことはよくわからないし、他の人の見よう見まねだけど、楽しく踊れた。
あ、向こうでキスしてる男女がいるね。ま、私にはきっと関係ないんだけど…。
2曲目は、クラスの男の子と踊った。
3曲目は、2曲めの途中でステージから走ってきた尾中君と踊った。彼は不器用だけど、真面目な感じがして、とっても好感が持てる。
踊り終わると、彼は一礼して、一目散にステージに戻っていった。
さあ、最後の4曲めだ。ここで、少しインターバルがある。
本命同市が勝負を賭けて動きだすからだ。
私も、一縷の望みを賭けて、一人で立っていることにした。
奇跡よ起きて!
私は、何となくイルカの神様に祈ることにした。
すると…なんということでしょう、ってなんだかリフォームの番組みたいだけど。
私の思い人、三重野晴君が、私のほうにずんずんとやってくる。
私は驚き、そして歓喜に沸いた。
ついに三重野君が私に来てくれるんだ。
三重野君が、私に声をかける。
「白石。」
緊張していた私は飛び上がって答えた。
「ひゃい!」
変な声が出た。
「何だそれは。」三重野君はそういって笑う。
私も、つられて笑う。。
そして、三重野君が、私に言った。
「白石、悪いけど、そこをどいてくれ。待ち合わせ中なんだ。」
「…ふえ?」
私じゃなかった。じゃあ、三大美女の誰かとかしら。
その時、声が聞こえた。
「お待たせ!」
見ると、そこにやってきたのは、三重野君の妹、笑美ちゃんだった。この前、お化け屋敷まで荷物を持ってあげた女の子。
悔しいけど私より可愛い。
三重野君は、兄妹で何か話している。
もう、私には関係ないことなんだなあ。
私はちょっと、いやかなり気落ちして、帰ろうかな、と思った。
すると、私にまた声がかかった。
「白石さん、振られた者どうし、踊りましょう。」鈴を鳴らすような希望さんの声がする。
見ると、アイドル級美女の高部希望さん、黒髪ロング巨乳の生徒会副会長の高橋香苗さん、そしてスポーツ元気少女の倉沢珠江さんの三大美女のそろい踏みだ。
まあ、振られたどうし、いいかもね。あの子たちは振られたのとは違うかもしれないけど、私は確実に振られたもんね。
「私は、何度振られるのかしら…せっかくもう忘れたつもりだったのに。」と、思わずボヤキ声が出てしまった。
音楽が始まり、希望さんが私の手を取って踊り始めた。
隣では、香苗さんと珠江さんが踊っている。
「珠江、さっきの続きよ。」何となく楽しそうな香苗さんの声。
「違う扉が開きそう…」珠江さんのか細い声が聞こえる。どんな意味なのかしら。
楽しくダンスを踊り、後夜祭もお開きとなった。
「これで、秀英高校の学園祭の演目は、すべて終了しました。皆さま、お疲れ様でした! 夜道は気をつけてお帰りください。」
司会が言うと同時に、花火が空に上がった。
そんなに高くはないが、綺麗なロケット花火だ。まるで流れ星のようだ。
みんな、花火に見とれている。
暗いし、これはチャンスだ!
私は愛しい三重野君のところに忍びより、花火が消えた瞬間、彼にキスをした。
すぐに闇にまぎれたので、彼は私だとは気づかなかったみたいだ。
三大美女を交互に眺めている。
私は、こっそりとその場を去った。いい思い出が出来たなあ、と思いながら。
もちろん、そのあと、三重野君と三人が体育館裏でキス放題しているなんて、まったく知るよしもなかったのだけれど。
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