第7話 後夜祭 (1)
学園祭は、基本的に5時で終わりだ。
学外のお客は、皆帰っていく。そして、それぞれで片付けが始まる。
6時までにすべての片付け終わらせる必要がある。正確に言うと、6時前にすべてを原状復帰しなければならない。
片付けやメイク落としが大変なお化け屋敷なんかは、早めに終わっている。
私、白石真弓は2年B組からの助っ人なので、D組がやった和風喫茶の片付けはしなくていい、と言われた。素直に従い、着替えて自分の2年B組に戻ることにした。
きっと、片付けながら私の悪口で盛り上がるんだろうな。まあいいけど。
…実際は女子からを含め、絶賛の嵐だったことは、私には知るよしもない。
2年B組に戻ってきた。まだこの教室は更衣室として使われているけど、4時半には更衣室から元の教室に戻される。
みんなそれがわかっているから、先に着替えを済ませるのだ。部活動の子たちは、部室で着替えたりしているようだけど。
でも、よく考えてみたら、私は自分のクラスでやることもない。
だから、後夜祭の準備をしている校庭に行ってみることにした。
後夜祭は、雨が降らなければ校庭で行うことになっている。
6時から8時までの2時間で、最後に行われるキャンプファイヤー(の張りぼて)を囲むオリジナルダンスで、最後に踊った相手と結ばれやすい、というジンクスだか都市伝説だか学校の怪談?がある。
もうキャンプファイヤーの張りぼては出来上がっている。
暗くなりかけた校庭で、関係者が走り回っている。
「PAチェックもう一度!」とか声が聞こえる。PAって何かしら。
「ライト、1番から3番まで!」
なんだか賑やかね。
よく見ると、ちょっとした広さのステージが出来上がっており、その上に載ってハンドマイクでいろいろ指示をしているのは尾中君だ。
すごく、頑張ってるなあ。私は感心した。 私も頑張ろう。
尾中君がステージから降りた。
尾中君に声をかけようかと思ったら、小柄な女の子が彼に走り寄っていった。
背は彼と変わらないくらいかな。肩までの髪の毛は黒いままで、ちょっとウェーブがかかっている。後ろ姿なので、顔はわからない。
その子は、高い声で尾中君に言っている。
「尾中君、進行チェックが終わってないよ。君の仕事だよね。昼間にずっといなかったから、仕事が終わってないじゃない。何してたのよ!」
どうやら、私を手伝っていたせいで、準備に遅れが出ているようだ。私は申し訳ない気持ちになった。
「いや、僕の中ではもう済んでいる。あとは、共同司会の君と共有するだけだから。」
尾中君はおちついたものだ。
背は高くないのに、堂々としているなあ。さすがは生徒会を目指すだけのことはあるね。これで背が高くてイケメンなら言うことないんだけどなあ。
「だから、それを私とやるんでしょ!」なかなか彼女の追及はシビアだ。
「大丈夫だよ。君の喋るところは、この台本に赤くマークしてある。それに、君がスタッフに合図するところも、赤くマークしてあるよ。ちなみに、僕の役割は青ね。これを貸すから、色分けを写してよ。それでもわからなければ聞きに来て。じゃあ僕はPAのチェックをするからまたあとでね。」
「もう!」彼女はそう言いながら、尾中君の台本をひったくって、本部テントに走っていった。そこには机やライトがあるので、書き物ができるようになっている。
「やれやれだな。」尾中君が独り言を言う。
忙しそうだけど、ちょっとだけ。
「尾中君」私は声をかけてみた。
彼はこちらを見て、満面の笑みを浮かべる。
「真弓様!」
いきなり、すごい反応ね。
「あの、真弓様はやめてよ。別に同じ高校生なんだし。」
あれ、私のほうがフランクすぎるかな。
「失礼しました。真弓さん。これならいいですか。」尾中君は言い直す。 私は小さくうなずく。
「じゃあそれでお願いね。私のほうこそ、こんな話しかたでいいのかな?」
一応確認する。もちろん、彼がダメなんていうはずがない、と思ったうえでのことだ。
「もちろん!真弓さんの出番は7時前くらいですよ。マイク以外いらない、というので準備は楽です。スポットライトは当てますけど、それ以外ないから正直助かります。」
私は、昼間にもらったクッキーを渡した。
「これ、陣中見舞いね。他のクラスからもらっただけで、私の手作りじゃないけどね。時間あったら食べてね。きっと休憩も少ないだろうけど。」
昼間の私は、休憩を取る暇もなかった。きっと後夜祭の責任者の彼も、なかなか暇はないだろう。
「ありがとうございます。家宝にして末代まで大事にします。」
「いや、食べろよ!」
「おお、突っ込みもぶっきらぼうで素敵です。」
「それ、褒めてない。」
なんだか楽しいな。
でも、邪魔するわけにもいかないから、私はいったん引くことにした。
「お邪魔してごめんね~また後ほど。」私はそういって、生徒たちが集まり始めた人の群れの中にまぎれていく。
「ありがとうございます~」尾中君の声が遠くなっていく。
予定通り、6時から後夜祭が始まった。実は、まだ来ていない生徒もいるようだけど、待ってはいられない。6時までに片付けが終わらないほうが悪いのだ。
音楽が流れ、男女二人が壇上に上がる。
尾中君が言う。
「皆さん、盛り上がってますか~」
おー!声がばらばらとあがった。
女の子が叫ぶ
「もっと大きい声で~みんな~盛り上がってますか~」
うおー!
今度は全体から声が聞こえる。
二人が歌いだす。
♪へーイヘイヘイヘイ!”
マイクを会場にかざして、みんなが応えるのを聞く。
会場から聞こえる♪へーイヘイヘイヘイ!”
♪へーイヘイヘイヘイ!”
♪へーイヘイヘイヘイ!”
♪ヘイ!
♪ヘイ!
♪ヘイ!
♪ヘイ!
♪ヘイ!ヘイ!ワーオ!
会場が盛り上がったところで、司会が始まる。
さっきの女の子だ。
「はい、というわけで後夜祭の始まりです。学園祭で素晴らしい思い出や出会いがあった人も、ちょっと残念だった人も、みんなで楽しみましょう! 今日の司会を務めるのは。私、一年A組の星野志保と。」
「同じく一年A組、尾中孝直です。」
「「よろしくお願いしま~す!」」
二人仲良く礼をする。会場から拍手が巻き起こる。
彼女は、背は尾中君くらいかと思ったけど、やっぱりちょっと彼よりも低いかな。小柄ね。ちょっと垂れ目で、口も小さめだ。
口角を上げると笑顔が可愛い。でも、あまりチャラい感じはしない。どっちかといえば優等生っぽい子ね。まあ、さっきもそんな感じだったから、たぶん間違いないかな。
司会の会話が始まった。
「今夜はどんなプログラムがあるんですか?」星野さんが聞く。これは台本なんだろう。
「コントあり、歌あり、ダンスあり、寸劇あり、と盛りだくさんです。」
「そして最後は…」尾中君は勿体ぶる。
「最後はなんですか?」星野さんが聞く。
「キャンプファイヤーを囲んで、ダンスです。ここで踊るとですね。」
「どうなるんですか?」星野さんが聞く。
「カップルが出来るという噂があります。都市伝説かもしれませんけどね。」
「うわ~、それは楽しみですね。ところで尾中君は誰かと踊るんですか?」
さりげなさそうに星野さんが聞く。あれ、妙に尾中君が動揺している。
これ、アドリブかな。
「え、えーっと。踊りたいけど、申し込んでないです。ちょっと高嶺の花で…でも…」
急にもじもじしだした尾中君を遮って。
「はいはい、せいぜい頑張ってくださいね。」彼女が切捨てる。
会場から笑いが巻き起こる。
尾中君がマイクを取り直して言う。
「さあ、それでは最初のプログラムです。まずは新体操部のロープ・パフォーマンス、タイトルは『君の縄』です。張り切ってどうぞ!」
新体操部の人たちがステージ中央に立つ。音楽がかかり、ロープのパフォーマンスが始まった。
そのあとも、合唱部、漫才、演劇部のショートプレイなどが続く。
出番が近付く。私はステージの脇に行く。尾中君が笑顔で迎えてくれた。その横にいる星野さんはなんだかむすっとしている。疲れているのかな。
「真弓さん、ありがとうございます。次の次ですから、心の準備をお願いします。」そう言って、彼は頭を下げた。
「あ、尾中君、あそこにあったクッキー、みんなで分けて食べたよ。」いきなり星野さんが尾中君に言う。
尾中君は動揺している。
「え…あれ、僕が…」私がさっき彼にあげたものだ。まあ、スタッフへの差し入れだと思えば別にいいんだけど、彼はお腹すかないかいかなあ。
「じゃあ、この飴あげるね。私は一個あればいいから。」そう言いながら、私はのど飴の袋を渡す。
「え、それは真弓さんが歌うのに必要なものでは?」尾中君が聞いてくる。
でも問題ない。
「さっきもなめたし、あと1個あれば十分だよ。それより、尾中君のお腹の足しにはならないかもしれないけど、少しは気がまぎれるでしょう。」
そのとき、前のパフォーマンスが終わった。尾中君は手を引っ張られてステージに向かう。
次はバンドで、セットに時間がかかっているようだ。
「ところで尾中君、この学園祭で何かいいことありましたか?」どうやら場つなぎのために、アドリブで星野さんが尾中くんに振っている。
「はい、実はですね~。」尾中君は勿体ぶる。
「どうしました?」
「天使を見つけました!」尾中君は胸を張る。
これ、きっと私のことだ。星野さんの眉間にしわが寄る。それに気づかず、尾中君は続ける。
「外見も可愛くてて歌も素晴らしい。環境も味方して、本当に神様が地上に遣わしたんじゃないかと…」
「はい、準備ができたようです。次は、1年B組の有志によるコミックバンド、『ねまきねこ」による演奏です!」
いきなり木魚のような音が始まり、有名なアニメソングがスタートしたと思ったら、禿げ
かつらをかぶった男の子たち3人がならんで踊りだした。
会場は大ウケだ。
私もリラックスしながら、自分の番を待つことができた。
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