第6話 立ち見の握手会
私、白石真弓は掲示板を見て、驚き、戸惑っていた。
いつの間にこんな事になったんだろう。
何だな妙に名前が売れている。もしかしてこれがモテ期?
こんなことは今まで無かったので、ちょっと戸惑ってしまう。
中学までは瓶底メガネのおかっぱもっさりダサ女ちゃんで、モテようがなかったし、高校デビュー(笑)してからも三重野くんに振り向いてもらうことしか考えてなかった。告白なんかされたことないし、男の子から褒められたこともない。
それが、突然どうして?
ただ、こうやって目立つことによって、もしかしたら三重野君が私のことを見直してくれるかもしれない、という淡い希望も一応ある。
というか、これがもしかしたら最後のチャンスかもしれない。
そう思った私は、求められた役割を果たすことにしようと決めた。
学園祭に遊びにきた中学時代の友人、由美が尋ねてくる。
「どないや? モテモテの理由、わかったんかいな?」相変わらず怪しい関西弁ね。
「うん、きのう、手伝った和風喫茶が評判になったみたい。」
私は無難に答える。「
「ほな、そういうことにしとこか。」由美が含みのある感じで答える。
「そんなことより、いろいろ見て回ろう。私もお昼までしか時間がないし。」
私はそう言って、由美の手をひっぱる。 チャラ男彼氏も、一緒にひっぱっられていく。
展示や演劇、縁日っぽい物やお店などいろいろある。よくある学園祭だったことがひとつあった。あちこちで、声をかけられたのだ。
展示を見ていると、「昨日の歌、素晴らしかったです。」と声をかけられる。
「昨日の歌、素晴らしかったです。あ、うちのクッキー、良かったら食べてください。」
とか、
「今日も握手会やるんですか?また行きます!」とか。
果ては「サインください」まで。
とりあえず、サインとツーショット写真は断ることにした。サインはおこがましいし、写真は何に使われるかわからないから。ちょっと自意識過剰かなあ。
「あら、白石さん。」声を掛けられた。
見ると、B組の三大美女、つまりアイドルみたいに可愛らしい高部希望(のぞみ)さんと、黒髪ロングヘアの巨乳、長身の生徒会副会長、高橋香苗さんと、ショートカットの健康スポーツ美少女の倉沢珠江さんが、そろい踏みしていたのだ。
私に声をかけてきたのは、生徒会副会長の高橋香苗さんだった。
とりあえず私も「おはようございます、皆さん。」という。
美女が集まるとやっぱり華やかだなあ。女子の私ですらそう思うんだから、男子はみんなそう思うよね。たぶん、三重野君も。
「あら、以前お見かけしましたね。今日は暴力沙汰はないようにしてくださいね。」
香苗さんが、由美の彼氏のヨシキ君にいう。
ヨシキ君も由美も、気まずそうな顔をしている。香苗さんとこの二人、どこで会ったんだろう?それに暴力沙汰っていうのもちょっと気になるな。
「大丈夫大丈夫。ヨシキの手綱は、うちがしっかり握っとるさかい、気にせんといてや。」由美がその場を収める。とりあえずは不穏な空気にならなくてよかった。
「そういえば白石さん、きのうのステージすごくよかったです。」スポーツ少女の珠江ちゃんが、褒めてくれた。
やっぱり、かわいい子に言われると嬉しいな。
「ありがとうございます。偶然もあったんだけど、うまく行ってよかったと思ってます。」
私は答える。
「後夜祭でも歌うんですってね。私、昨日聞いてないから、期待してるよ~」
誰とでも仲良くなる感じのアイドル系美少女、高部希望さんが笑顔で言ってくれた。
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします。」
私はにっこり笑って返事した。
「じゃあ、私たちは視察回りしているんで、この辺で。」生徒会副会長の香苗さんがいう。
よく見ると、「生徒会」という腕章をしている。他の二人は単なる付き合いだろう。
「はい、ご苦労さまです。」私はそう言い、頭をさげて見送った。
「白石さん、感じが変わったね。」「もしかしてもう一度ハルくんに行くつもり?」「うーん、どうかなあ。でも自信ついたみたいね。ライバルになるかもよ。」
などという会話がなされていたようだが、よく聞こえなかったので気にしない。
それより、由美たちのほうだ。
「ねえ、由美。何があったの?」私は聞いてみた。
「大したことあらへんよ。ちょっと、カフェで行き違いがあって、誤解から雰囲気が悪くなっただけや。もう問題ないから、心配せんといて。」
由美が言う。ちょっと納得いかない部分もあるけど、まあいいかな。
三重野君が由美とキスをして、それを3人が目撃してつるし上げていたり、由美が三重野君にナンパされたってウソをついて、ヨシキ君が三重野君を殴ろうとした、なんてことは私は知らない。
時計を見ると、もう11時半だ。和風喫茶のシフトは12時からだけど、食事もしないといけないし、着替えもいる。そろそろ行ったほうがいいだろう。
「私も、準備があるからもう行くね。あとは二人で楽しんでてね。」私は由美たちにいう。
「ああ、頑張って~や。」由美もにこにこしながら手を振って見送ってくれた。
301教室に行って、驚いた。
「白石真弓さん握手会整理券は終了しました。」という張り紙が出ていて、それを見た生徒たちが、担当にくってかかっている。
懸命になだめているのは、背の高い私の元同級生、小今里舞子(こいまり まいこ)だ。
私は声をかける。
「舞子、どうしたの?」
舞子が、助かった、という感じで顔をほころばせた。
「真弓。来てくれたのね。とにかく大人気で、さばききれないのよ。握手だけで喫茶店に来てくれなければ本末転倒だしね。それはともかく、準備をお願い。できたら、早めに始めるよ。」
私は更衣室で服を着替えた。
今日もちょっと暑いし、胸元は開き気味にした。
昨日は、視線がちょっと気になったけど、そんなに奥まで見えるわけでもないし、ちょっとだけサービスのつもり。
今日は意識的に胸元を開けてみました、なんてちょっとあざとい女の子になったみたいで、これはこれで面白いかも。メイクも確認して、教室のバックヤードで状況を聞く。
「とにかく、午後からはほぼ全員、あなた目当てよ。握手してから喫茶にはいって注文してもらうの。凄く混んでるから、30分で入れ替えにするつもり。でも、1時の、1時半の、2時の、2時半の、3時の、と全部整理券がはけてしまったのよ。
これ以上来られても座れないしね。困ってるのよ。」
舞子が説明してくれた。うーん。なんだか凄い。
私はいう。
「座れない人は、立っててもらうのはどうなの?」
「一応喫茶店なんで、立ち飲みはちょっとねえ。まあ、お客が納得してくれたらもちろんいいんだけどね。」
「立ち飲みにして、安い値段で飲み物だけ出すことはできる?」
私は聞いてみた。
「できるよ。でも、お客さんが納得するかなあ。まあ、あんたと握手した時点で目的は達成しているからいいのかもね。」
「じゃあ、立ち飲みの人のために、歌ったら納得してくれるかな?」私は思ったことを言ってみた。
舞子はとびついた。
「ぜひお願い!握手会プラスミニライブ。これは受けまくるわ~~。」
「まあ、後夜祭に差し障るとまずいので、毎回一曲だけだけど、いいよね。」
私はいう。
「勿論!じゃあ、告知してくるわ。あ、そこにおにぎりあるから、食べといて。このあと忙しくなるよ。」
舞子はそう言うと、他の人と、ドリンクメニューや食券の扱いをどうするか、なんかを軽く確認し、すぐ廊下に出ていった。
私のほうも、おにぎりを食べて準備する。今日は昨日と具が違っている。料理部も考えてるね。みそ汁の中身も違うし。
まだ10分あるが、教室の外へ出る。
舞子がすかさず声をあげる。
「はい、白石真弓さんの握手会始めます~。たくさんいるので、一人25秒です。5秒で交代して次の人。みんな、握手の前にアルコール消毒をお願いします。あと、中に入ったらすぐ注文お願いしますね。4人め以降は並んでいるうちに注文お願いします。」
ずいぶん手際がいいな。
私も消毒して、握手を始める。
最初の人は、なんと昨日の先輩だった。
「あら、連日ありがとうございます。」私が言うと、
「いや~どうしてもまた握手してほしくって、一時間前から並んだよ。その甲斐あって一番ゲットだね。」
「はい、交代!」舞子が無情な声で、先輩を押しのける。
「あ、もう少し…」先輩は名残惜しそうにしながら、クラスの男子に連行されて喫茶店に入っていった。
次は、やっぱり昨日の1年生だった。後夜祭を担当している、たしか尾中孝直くん。
「尾中君も連日ありがとうございます。」私は言う。
「名前覚えていてくれてありがとうございます。」彼は感激しているようだった。すごく嬉しそうだ。メッセンジャーに登録済なんだけどね。
「後夜祭もぜひ素敵な…」
「はい、次!」
あ~と言いながら彼も連行されていった。
こんな感じで20人くらいやると、今度は立ち見の人たちになった。
「はい、時間がないのでひとり5秒ね。終わったらすぐ中に入って飲み物をとってね!」
舞子の声がする。
あとは流れ作業だった。
「あの、僕は2年C組の…」「はい、次」
「きのうの歌、素晴らしかったで…」「はい、次!」
「白石さん、こんなに人気が…」クラスの男の子だった。「はい、次!」
「ボクワサンネンノキシトシキデスボクトツキア…」早口で何を言っているかわからなかったけど 「はい、次!」
こんな感じで追加の人たちも終わり、私は手を拭く。
「もう時間ないよ。歌お願い!」舞子が叫ぶ。
私は中に入る。大きな拍手が沸き起こる。
「皆さん、今日は来てくださってありがとうございました。お礼に一曲歌わせてもらいます。」
うぉー!!ものすごい声が響く。
アカペラで、NOASOBIの「燻蒸」を歌い始めると、手拍子が始まった。
曲の合間に「まゆちゃん」「しらまゆ」「まゆまゆ」「まゆたん」
などの声が重なりあう。
なんか、すごい気持ちいい。
ツーコーラス終えて、私は礼をする。
みんなの拍手の熱量がすごい。
舞子が手をたたきながらいう。
「はい、次の人たちが待ってますよ~立ち見の人から整理退場で~飲み物は全部飲んで、コップを捨ててくださ~い」
席にいる人たちで、まだケーキやサンドイッチを食べてない人たちが、慌てて飲み込むのも見えた。
私は外に出て、次に並んでいる人たちと握手を始める。
まだ教室が片付いていないけど、とりあえず握手を始めないと。
さっきの一年生、尾中君がやってきて、場を仕切ってくれた。
「はい皆さん、待ちに待った真弓様の握手会だぞー」
おー! 列のみんなが声を上げる。
「手はちゃんと拭けよ~」
おー!
「時間厳守でー」
おー!
「真弓様にぜったい迷惑をかけるな~」
おー!
「じゃあ着席組から開始!」
そして、時間も厳守させ、スムーズに列が進。
舞子が戻ってきた。
「あとは、私がやります。ありがとう。」
尾中君は、ほっとしたようだ。
「あ、余計なことしてすみませんでした。時間がないのであとはお願いします。」
そして舞子が時間をはかり始める。
尾中君は、「では後ほど~」と叫びながら、走り去っていった。 後夜祭の準備、大丈夫なのかな。
などと思いながら、握手、歌、握手、歌とずっと続いた
休憩する暇もないよ。
結局、予定をオーバーして追加までやり、終わったのはもう5時前だった。
「お疲れ~」舞子が声をかけてくれる。
私は教室の前で、D組のみんなに向かって礼をする。
「皆さん、クラスの人間でもないのに、出しゃばってすみませんでした。そして、ご協力ありがとうございました。」
なんだか私の公演みたいになったけど、もともとはD組の和風喫茶なのだ。
「こちらこそありがとう。おかげで予想以上に売上もあがったわ。」舞子と一緒に和風喫茶を仕切っていた、D組委員長の女子、木俣環(きまた たまき)さんが言ってくれた。
たぶん、女子からいろいろ文句が出ていたと思うけど、きっと彼女が抑えてくれたんだろうな。
「いつでもD組に遊びに来いよ~」男子の誰かが言うと、皆がどっと笑った。
いいクラスだなあ。部外者の私も楽しかったな。
私はそう思いながら、再度礼をして、更衣室い向かった。
「まあ結果オーライね。」「あの子、威張らなくっていい子ね。猫かぶってるだけかしtら?」「今まで可愛いって言われたことないから、自覚がないんじゃないの。」
といった声がしたようが気がしたが、よく聞こえなかったので、気にしないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます