第2話 いつの間にか行列ができていた


私、白石真弓は三重野君の妹の三重野笑美(上から読んでも下から読んでもみえのえみ)ちゃんが係わるバドミントン部のお化け屋敷の喧噪から離れて、隣の部屋に入ってみた。


その中には女子生徒が二人いるだけだ。そして何やら雑談している。部屋の端には、なんだか小冊子のようなものが積んである。


「いらっしゃい。まだ開店前だけど、どうせ始まっても同じだから、適当に見ててね。」


一人の女子が言う。いったい、ここは何だろう?


「何か、不思議そうな顔してるね。ここは文芸部よ。私は部長の左右田麗奈。部員はいちおうほかにもいるけど、半分幽霊部員だしね。


ちなみにこの子は莉乃。友達だけど、文芸部員じゃないよ(笑)。」」


部長さんの名前に、聞き覚えがあった。

「あの、左右田さん、ってお兄さんいます?」私は聞いてみた。


「ああ、知ってるのね。左右田勝男は私の兄よ。どっかで付き合いあるの?」

麗奈が聞いてきた。


すると、横から莉乃という女の子も話に入ってきた。

「ちょっと待って。勝っちゃんと付き合ってるのは私だよ。あなた誰、私の勝っちゃんに何してるの?」


すごい勢いでしゃべり、睨んできた。 なんだかケンカっ早い人ね。

私は落ち着いて答えた。


「さっき、教室で初めて会っただけですよ。うちの教室の机を片付けてたんで。」」


「ああ、そう。本当は三年生だから、兄はそんなことしなくてもいいいんだけど、『ハルの奴には世話になってkるからこれくらいな。』とか言って、頑張ってるのよね。」



左右田麗奈は言う。え?ハルってもしかして?


「勝っちゃん、三重野君にはすごい恩義を感じてるものね。後輩というより、友達というか、恩人って感じだよね。」


三重野くん、ここにも出てくるのか…。


「そういえば、人が混み合うお化け屋敷の隣は、閑古鳥が鳴く文芸部にするのがいいって三重野君言ってたね。その通りの部屋割りだわ。」左右田麗奈が言う。


もう、会ってもいないのに何で彼の話ばっかり出てくるのよ。


私は何だか疲れてしまい、部屋を出ることにした。

その背中に、部長の左右田麗奈が声をかける。


「その文集、持って行ってくれるかな?文芸部のメンバーの力作がそろってるの。時間あったら読んでね。」


私はありがたく受け取ることにした。

表紙は白黒のイラストだが、結構綺麗にできている。 ぱらぱらめくってみると、意外に内容が充実しているようだ。 これなら楽しめそうだ。


「ありがとうございます。」私はそう言って、部屋を出た。


「三重野君は、私たち二人とも恩人だしね。ノーカンだけど(笑)。」麗奈が小さい声で何か話していたが、よく聞こえなかった。



文芸部の隣は更衣室で、そのまた隣はどうやら和風喫茶のようだ。


「あ、真弓、いいところに居た!手伝ってくれない?」

浴衣のような着物を着ている、背の高いショートカットの女の子が、私に声をかけてきた。


見ると、去年同じクラスだった、小今里舞子(こいまり まいこ)だった。

「あれ、舞子。どうしたの?」私はいぶかって聞いてみた。


「真弓、一生のお願い。うちの店、手伝ってくれない?」舞子は手を合わせて私に頭を下げてきた。


何だか安っぽい一生だね。そうは思いつつ、聞いてみる。

「どうしたのよ。クラスの女の子がやるんでしょ?」


舞子は二年D組だ。普通に共学なんだから女の子もいるだろう。


「それがね…」舞子は私を廊下の端に寄せて、小さい声で言った。

「呼び込みができる、可愛い子がいないのよ。うちのクラスはね、もともと。」

「何それ?」私は疑問に思った。


「うちのクラスの女の子って、私を含めだけどさあ、外見的にはいまいちな子が多いのよね。掲示板では芋畑とか言われてたけど、正直なところそれに近いものはあるの。」


「自分で言っててひどくない?」私は思ったことを伝える。


「でも、正直なところ事実なのよ。それでも、ちょっとましな子が二人くらいいるんだけど、その二人が突然風邪ひいちゃってね。熱があって声も出ないくらいなのよ。」


舞子は深刻そうに言った。実際に深刻なんだろう。

「それに、もともとギリギリの人数でやってるから、普通に人繰りがつかないのよ。真弓、部活も入ってないしB組はクラス展示もないよね。手伝ってよ。お昼のおにぎりチケットをあげるからさあ。」


まあ、頼られるのも悪くはないかな。

「どれくらい手伝えばいいの?」私は聞いてみる。



「ありがとう!とりあえず、今から1時までお願い。そのあとは大丈夫だから。

あと、できれば明日も…。」」


それはちょっとなあ。

「明日は友達が来るし、手伝えるかどうかはわからないよ。」一応予防線を張っておく。


「うん、明日は何とかなるかも。風邪の子たちも戻ってくるかもしれないしね。」


正直、それは難しいんじゃないの、と思いながら私はうなずく。

「とりあえず、一時まで手伝うね。何すればいいの。」


「ありがとう!恩に着るわ。あなたはこれを着て!」何だかよくわからないが、とりあえず着物を渡されたので、更衣室で着替える。


結構厚い着物なので、ブラウスを脱いでそのまま着てみた。

背が低い私にも結構似合っていると、自分でも思う。

ついでにメイク直しもばっちりだ。


「これでどう?」私は舞子に見せる。

舞子はそれを見て、「うーん、ちょっと待ってね。」



そう言うと、少し着物を引き上げ、胸のところを開ける。

「このままじゃ動いたら暑いよ。これくらい開けておいたほうがいいから。」」


舞子は笑顔で言ってくれた。


「ありがとう。」私は素直に礼を言う。。舞子の笑顔が、何だかちょっと黒く見えたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。


「じゃあ、何すればいい? 作ったりするのはさすがに即席では無理だと思うから、お客さんの注文取りかな?」私は聞く。


「うーん。お客が入ったらもちろんそうしてもらう仕事もあるんだけど、まずは様子見ね。どれくらいお客さんが入るかで、仕事決めるから。」


まあ臨時のお手伝いだし、それでいいのかな。


その時、放送が鳴った。

「只今より、秀英高校の学園祭を開催いたします。初めに、会長の挨拶です。」


放送で、生徒会長の山口くんの挨拶が流れる。 うちの場合、開会式とかしないので、アナウンスすればスタートだ。


優等生山口くんの、短く無難な挨拶が終わり、いよいよスタートだ。


ここは三階なので、お客が来るのにはちょっと時間がかかるかもしれない。

でも、お化け屋敷目当てにくる人たちはもう来始めている。さすが、安定の人気だね。


部外者の私は、とりあええず様子を見ることにした。まずは、2年D組のシフト中の女の子全員で外に並んで「いらっしゃいませ」と声をそろえてみたが、お客が入ってこない。


男の子たちが近寄っては来るものの、女の子たちを見て、そのまま視線を逸らして歩いていってしまうのだ。


「コーヒーは沸かしてあるぞ。客が来ないと煮詰まっちまうよ~うちの女の子たちみたいに!」

などと、中から不穏な声が聞こえる。


舞子はすぐに中に入っていって、「アンタらが外に立ってたらハエくらいしか来ないじゃないの!」


やっぱり不穏な声が聞こえる。


「でももうすぐよ。秘密兵器を導入するからね。」


舞子の言う秘密兵器って、もしかして…。


「真弓。出番よ。」戻ってきた舞子が、にこにこしながら言う。


「いいよ。何すればいい?」私は答える。一応、頼られているんだから、やってみよう。


舞子は言う。

「まずはお客さん集めだね。和風喫茶って地味だし、2年D組ってわかっていると、二年の男はあまり来ないのよ。」


そういうものなんだろうか。でも、さっきからお客さんが素通りしているしね。素通りするのはお客さんとはいわないか。


「だからね。」舞子は続ける。

「ねらい目は1年生と3年生。二人組以上のほうが効果的ね。声をかけて、手をにぎって、来てください、って言うの。たとえば3年生には、最後の学園祭の思い出にとか、1年生には、先輩の顔を立てると思って、とかね。」


そんなことしないといけないのかなあ。


「あ、手を握る前には、消毒してね。ウェットティッシュも、アルコールもあるから。


何だか用意周到ね。

まあ、乗りかかった舟だし、やりましょう。どうせ暇だし。


他の女の子の大部分は中で待機することになった。


私は、お化け屋敷にでも行くのか、3年生男子2名に元気に声をかける。

「先輩がた、おはようございます!」


二人は戸惑った様子だが、とりあえず立ち止まってこっちを見てくれた。

バッジが青だから3年生だ。ついでに、緑は2年、赤は1年になる。女子はリボンの色でわかる。


「ああ…おはようございます?」なんだか自信なさげに答えられた。


私は、背の高いほうの男の人に近付いて、両手で先輩の右手を握った。


「え…?」先輩は戸惑っている感じだ。


「先輩、最後の学園祭ですよね。思い出のためにも、うちの和風喫茶で一服しませんか?」


舞子に言われたように、近付いて上目遣いで話かける。


先輩は何だかぎこちなく固まっていて、視線だけ私の顔より下を見ている。

目を合わせるのが恥ずかしいのかな。可愛い。


「お願いしま~す!」私は畳みかける。


「…じゃあ、入ろうか。」彼は何だか嬉しそうに言った。

「おい、お前だけずるくないか?」もう一人が文句をつける。



「あ、こっちの先輩もお願いしますね!」私はそういって、この人の手も両手で握った。

彼もやっぱり私と目を合わせず、もっと下を見ている。


やっぱり先輩たち、似たものどうしでシャイなのね。


「中にもかわいい子、いっぱいいますから、楽しんでいってくださいね!」私はそう言って、二人を中に押し込む。


「二名様、ご案内です~」私は声をあげる。

「「「「「「いらっしゃいませ~」」」」

大勢が一斉に声をあげる。


「え…誇大広告?」

「あれ?何かの間違い?」


などと不思議な声が聞こえるが、私には意味がわからないし、楽しんでもらえるだろう。



今度は一年生の4人組だ。去年の自分を思い出して、ちょっとほっこりする。

まあ、私は去年の学園祭では適当に早引けしてたんだけどね。ダイエットしてたし、焼きそばとかたこ焼きとかアメリカンドッグとか、ちょっと食べられなかった。


四人グループに声をかける。

「おはようございます。和風喫茶どうですか?」


そういいながら、4人の中で、リーダー格っぽい、背の高い子に近付いて、手を取る。


「お店、寄って行ってくださらない?先輩の顔を立てると思って。」


そう言いながら、握った手を自分に近付けながら、上目遣いで見る。

この子も顔を赤くして、私と目を合わせない。目が上下に激しく動いている。


「お願い。」私がそう言うと、その子は「はい。お願いします。」と言った。


「おい、お前だけずるいぞ!と声がかかる。男の子たちって、やっぱりそう思うのかな。

順番に手を握ってあげた。最後の子は、瓶底メガネでおどおどしていたので、手を握って、っ私の心臓の鼓動を味わわせてあげた。


「ほら、私もドキドキしてるから。」そう言うと、彼は真っ赤になった。

私の去年の姿を思い出したので、ちょっと長めに手を握ってあげたの。


でも、心臓の鼓動、手の甲でわかったかなあ。



ふと気がつくと、男の子たちの行列ができていた。

どうやら、お化け屋敷を覗こうとして、こっちに気づいたみたい。


20人くらい列になってる。え?どういうこと?


まあいいわ。握手くらいしてあげる。

私は、ウェットティッシュで手を拭いてから、次のグループに声をかけた。





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