嘘つき彼女と木管楽器

からいれたす。

嘘つき彼女と木管楽器

 運動部の喧騒が学校を包みこむ放課後。校舎に反響した丸みを帯びた楽器の音が耳に飛び込んでくる。吹奏楽部。

 強豪校という話も聞かないけれど、毎日の練習で一生懸命なのは伝わってきた。


 委員会の会合をはけた私は、なんとなくぼんやりとその練習風景を眺めていた。そこで目があった彼女は昔からの友達に話しかけるように、すっと近づいてきて言ったのだ。


「知ってる? このフルートは木管楽器なんだよ」

「やだなぁ、金属じゃん。金管でしょ、そうだよね?」


 それから、にへへって笑いながら手をふって去っていく。初めての会話がこれだよ、変わった娘だと思わない?


 リノリウムの廊下の隅で、楽器をかかえた彼女を初めて見たのはクラス替えが済み高校二年生になって、教室が三階になった頃だった。


 部外者の私から見ると、吹奏楽部というのはちょっと変な部活で、あんなに大勢で演奏をするのにも関わらず、学校の各所に散らばってパート毎に練習をしてる。


 団体なのか、はたまた個人なのか見ていて不思議な気持ちになったのだ。ひたすら合奏をするわけではなくて地味な個人練習をしているのだ。


 それで白鳥の話を思い出したりもした。優雅に見えて足元は必至に動かして進んでいるというあれだ。華やかなステージの上ではみられない苦労があるのだなぁ、なんてのんきに感心してしまった。


 あるときは、夏、間近まぢかのグラウンドの外周を走っていたのを見かけた。文化部のランニングとかどうゆうことって思っていたら近づいてきて言うのだ。


「知ってる? サックスも木管楽器なんだよ」

「またまたぁ~、めっちゃ金属じゃんか」

 めっちゃ息切らしながら伝えることなのかな、なんて思いながらツッコんだ。


「だいたいどうして文化部なのにランニングしてるのさ?」

 疑問に思って問えば、答えは「体育会系文化部だから」などというものだから吹き出してしまった。なんだそれ。


「そうそう、その反応が好きなんだよね~。新鮮。それで君のこともなんだか気になってる」

「もう、嘘ばっかり。照れるからやめてよねー」


 彼女とはそれから度々、接近遭遇することになるのだけれど、そのたびに不思議なことをいってくるし、変わった行動をとっていた。


 その日は、ベッコベッコと口に咥えたペットボトルを鳴らしながら近づいてきて「あふぇ、きょうはどーふたの?」といってくる。まずそれを口からとろうか。


「それはこっちの台詞だよ。聞き取りにくいし。あなたこそなにをしてるのかな?」


 この頃には私の中で吹奏楽部は変人の巣窟そうくつぐらいの位置づけに落ち着いていた。


「肺活量の向上練習、がんばって息を吹き込んで割るのだよ」

「またまた~」

「割れたらSNSの連絡先交換してよねー」

「それ絶対にできないやつじゃんか」


 がんばるぞーとかいってるけど、社交辞令みたいなものかな。もうすぐ夏休み、ちょっと仲良くなっている気がした。


◆ ◆ ◆


 蝉しぐれが降り注ぐ中、夏休みに登校した私はひまわりに水を振る舞ってまわる。ホースの先のシャワーが朝日にはねて虹をつくっている。長い休み中に三日ある、美化委員の持ち回りの課題だ。


 校舎の方からフルートの音色が微かに聞こえてくる。彼女は今日も練習なのだろうか? なんとなく気になってしまってチラチラと校舎を伺っていると。


「なにかあっちに気になるものでもあるの?」

「まぁフルートの音が聞こえたからね」

「そかそか、相思相愛になっちゃったかぁ。嬉しいなぁ~」

「なに言ってるんだか。冗談ばっかりなんだから」


「本気だって~」

 彼女はいつものようにおちゃらけて口を開く。


「これが男の子との会話だったら青春っぽくもあるんだけどねぇ」

 なんていったら


「え、私と付き合っちゃえばいいんだよ? 青春しようよ」

「嘘ばっかり」


 ちょっとドキドキしちゃうからやめてよね。


「私、嘘なんて言ったことないよ?」

「それが嘘だって、フルートとかサックスとかペットボトルとか色々いってるじゃんか」

 と私が指摘したら彼女は真面目な顔をして


「性別とか関係なく君が好き」だって。

 それからSNSの連絡先と壊れたペットボトルを渡してきた。


 あとで知ったのだけれど、唇を震わせて楽器を鳴らすのが金管楽器で、リードを震わせて音を鳴らすのが木管楽器になるらしくて、素材は関係ないそうだ。フルートに至ってエアリードという構造だから木管楽器なんだって。


 なにそれサギじゃん。

 確かに彼女は嘘をついていなかったというわけです。


 あっ、SNSにコールがきたからこのお話はここまで。良い夏休みを。

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