凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛

 飛翔する八機の機動兵器の閃光が泥に襲い掛かる。


『キキャアアアアアアアアアアアア!』


 戦乙女を迎撃する泥は叫びながら冷静に観察して、ある意味呆れていた。


 妙に友人である覚り妖怪のような匂いが消えかけている桜色の少女。たまーに教え子になる人為的に練り上げられた人間っぽさに加え、ギリシャ神話体系の匂いを感じる銀色と紫色の少女。更にこれまたギリシャ神話体系の匂いが強い緑色の少女と、明らかにイザナミの因子を感じさせる青い少女。


 八人中過半数が、泥が教官として働いている場所なら訳アリ認定されること間違いなしの人間であり、泥の長い勤務歴でもここまで飛びぬけているのは、墨也の曽祖父世代を筆頭にしてあと数例程度だ。


 しかもなんか、すげえがっちり墨也の力が食い込んでそれを受け入れてるじゃん。女の情念を甘く見てたらとんでもないことになるぞ。と泥は思いながら、実例の人間を脳内で描く。


 ついでに君の親戚の男連中、押し倒された奴ばっかりだからな。と親切にも心の中で付け足した。


『ギイイイイイイ!』


 それはそうとして、高速で飛翔する機動性能と特殊能力。更に墨也の教えが加わっているキズナマキナ達は、きちんと修正して泥に対処しており、泥は対応が後手に回っていた。


「っ!」


『ギ!?』


 現に声を漏らさない桜の巨腕で頭部をぶん殴られ、少なくない衝撃が響いている。


 それに真黄と心白は浄化液の散布を続け、呪いの塊である泥は常時弱体化しているし、逆にキズナマキナ達は碧の歌で強化され続けている。


 足だって銀杏の鎖に引っ張られ、赤奈の装甲板が掬い上げるように突撃し、青蘭の水槍が四方八方から飛来してくるのだ。


 勿論どうにかしようとしているのだが、紫の蛇を思わせる魔眼が気になって集中しきれない。


 しかも優勢なキズナマキナに油断はなく、墨也の教え通り手を緩めたり慢心する気配もなかった。このままでは間違いなく泥は押し切られてしまうだろう。


 だから今度こそギアを上げることにした。


火火火火火!』


「燃えた!?」


「ガスを吸っちゃ駄目よ!」


 泥から奇妙な声が発せられると、汚泥が黒い炎に包まれて煙が発生する。


 一瞬驚愕したキズナマキナだが、赤奈の指示通りマキナモードの力場を強めて気密性を上げる。


『ギシャアアアアアアアア!』


 毒々しい黒紫のガスから現れた。


 真っ黒な体。突き出た鋭い歯。蟷螂の鎌の様な足。毛は極小の針。真っ赤な8つの髑髏目玉。


 体が呪い

 叫びが呪い

 視線が呪い

 涎が呪い

 体毛が呪い

 牙が呪い

 存在が呪い

 あり方が呪い

 ナニモカモが呪い


『キイイイイイイイイィィィィィィィアアアアアアアア!』


 この世の全ての呪いから産み出された最初の存在が、呪いそのものが。


 蜘蛛が、凄まじき、恐ろしき、黒き呪蜘蛛が叫んだ。


(ヤバイ! 多分イザナミより濃い!)


 日ノ本において最初の呪詛神であるイザナミの因子を持つ青蘭は、マキナモードの吐き出すエラーではなく、魂で蜘蛛の危険性を感じ取る。


(でも手加減自体はしてくれてる! ギリギリだけど! これが墨也さんが言ってたベテラン教官!)


 更に青蘭は、それだけ危険な呪詛を内包しながらも、あくまでキズナマキナが耐えられる力しか行使していないことを察し、どうして教官と言われているのか納得した。


 それはつまり、蜘蛛がキズナマキナの限界値を把握して、限界手前の負荷を掛けていることを意味する。


「うーむ。流石は蜘蛛君だ。青蘭は呪詛に対する許容量が大きいから、一番呪いを受けているな」


 だが一歩引いた場所で観戦していた墨也は、蜘蛛が全体に同じ負荷を掛けているのではなく、別々に限界値を定めて呪詛を送り込んでいることまで把握していた。


「っ!?」


 この恐ろしい存在を感知したキズナマキナ達の指輪が光り輝き、自動的にマキナモードフェイズⅡが起動する。


『オオオオオオ!』


『キイイイイ!』


『ジャアアアアアア!』


『LAAAAAAAAAAA!』


 叫びと共に四体に機械神が降臨した。


『ギギャ!?』


 墨也から話には聞いていたが、流石に五メートル級の怪物を模した機動兵器を相手取った経験がない蜘蛛は、なんじゃこりゃと叫びを上げる。


 しかもギガントマキアは蜘蛛が大っ嫌いな不動明王の力をそこはかとなく宿し、スコーピオンからは自分に似た構成の複雑さを感じる。更にヒュドラの形をした存在がそうやすやすと死ぬとは思えず、歌い始めて味方全員を強化しているセイレーンなど、面倒としか言いようがない。


『キイイイイイ!』


 この思った以上に墨也の影響が強いマキナモードフェイズⅡに、蜘蛛は絆の力でロボットになるのはどんな理屈なんだと聞きたかったが、状況的にそうも言ってられない。


 そして蜘蛛はマキナモードフェイズⅡが莫大なエネルギーを消費していることを見抜いていた。ならば答えは単純であり、こういうこともあるのだと教えるため行動する。


『ギ!』


「え?」


 ポカンとした戦乙女達が見たのは、脱兎の如く走る蜘蛛の後ろ姿である。


「しまった!」


 つまり稼働時間があるのなら、わざわざそれに付き合う必要のない蜘蛛は逃走を選ぶ。


 自動的にマキナモードフェイズⅡが起動してしまったことで、すぐに戦いを終わらせないといけないキズナマキナ達は焦った。


 勝手にセーフティーや切り札が発動するのは便利と言えば便利だが、戦いとは計画性と見積もりの正確さが必要なのだ。それをぶち壊してしまいかねない形態や変身は、時として悪手になりうるためしっかりとしたコントロールが必要なのである。


 ただ蜘蛛は、敵が誰も彼も戦いに付き合ってくれる訳ではないという例を示したことで、一旦それは構わないかと判断する。


『ギイイイイイイイイ!』


 蜘蛛は素早く方向転換して機械神達に振り向くと、桜が最も早く反応したことで突出しかけているギガントマキアに狙いを定める。


『オオオオオオオオオオオ!』


『ギイイ!』


 まともに食らったら蜘蛛でも頭が潰れかねない巨神の拳が振り下ろされるよりも早く、八本足で加速した呪詛の化身はギガントマキアの足にぶち当たる。


「まさか合気!?」


 そして赤奈の驚愕通り、蜘蛛は巨大な足に絡みついた上でギガントマキアの勢いを利用して掬い、機械神を前方に転がした。


 油断と言うのは酷だろう。明かな呪詛特化型が真っ正面からの肉弾戦を挑み、しかも蜘蛛の形をしているのに人間の業まで習得していると一発で見抜くのは無理がある。


『ギギャアアアアアア!』


「うげっ!?」


(……しまった。子機に負荷がかかるとその分の処理をしないといけなくなるんだ。とにかく数を出せばいいって話でもない。勉強になる)


 真黄は驚愕の声を漏らし、心白は蜘蛛の意図を冷静に把握する。


 蜘蛛は体毛を操作して髑髏のような複雑な模様を描き、スコーピオンと四体の子機へ視覚的な呪詛をぶち込む。そうなると全部で五回分の呪詛処理をしなければならないスコーピオンの中枢は、一時的な機能不全に陥り行動ができなくなった。


『ギイイイイイイイイイ!』


「魔眼最大出力!」


 蜘蛛は固まったスコーピオンを通り抜け、呪詛の紋様を描いたままヒュドラに肉薄する。


 それに対して紫は自身の魔眼の力をヒュドラの眼に宿し、十本分の首の視覚を強化してスコーピオンの二の舞を避けた。


「駄目だ分からねえ! ヒュドラのシステムでも分析し切れねえ!」


 続いて蜘蛛の全身からどす黒いガスが噴出して銀杏が困惑するものの、これはブラフだ。


 物理的作用、精神的作用、並びに概念的作用を更に細かく分割して呪いの数を増やしていたが、威力はない見掛け倒しだ。実際、ただ単にヒュドラの解析処理をパンクさせただけで、他の機能にはなんの問題も起こっていない。


『『『ギイイイイイイイイイイイイイイ!』』』


「どれが本物だ!?」


「全部は見れない!?」


 しかも煙から出てきた蜘蛛は、わざと体を小さくして全く同じ蜘蛛形をした数千のデコイに混ざり、紫と銀杏の思考に負担を強いる。


 これでは未来と見たところで、小さすぎるせいで本体の選別が困難である。


『LAAAAAAAAAAAAAA!』


『ギギガガガギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 ヒュドラをすり抜けた蜘蛛に対し、セイレーンは清らかな歌声で弱体化を図った。しかし蜘蛛の声帯と牙が擦れる音が奇妙な作用を起こし、怪物の呪歌が披露される。


(利用された!? 分かってたけど呪いに関して器用すぎる!)


 呪詛神の因子体である青蘭が失敗を反省する間もなく、この反発する歌は身も毛もよだつ不協和音となって拡散する。そして蜘蛛の声は遮断していたマキナモードフェイズⅡだったが、セイレーンの声に乗って伝播した呪いはもろに聞き取ってしまった。


 これによってマキナモードフェイズⅡのカメラアイから光が消え、一時的ながら超重度の痛風、二日酔いの呪いに襲われたキズナマキナだが……。


「はああああああああああああああああああ!」


 知ったことではないと全員が叫び、機神達の眼に再び力が宿る。


 彼女達の頭ではなく心の中では、パートナーとの逢瀬。そして墨也との思い出を軸に精神を燃え上がらせて、呪詛が付け入る隙間を閉じた。


『ギギャ!?』


 並み以上の退魔師や痛風二日酔い神なら、一発で寝込んでいる呪詛を受けてピンピンしている戦乙女達に驚愕した蜘蛛は、墨也に対しやっぱ仕込み過ぎだって。と届かぬ念を送る。


 ギガントマキアの拳が唸る。


 スコーピオンの尾がしなる。


 ヒュドラの牙が輝く。


 セイレーンの歌声が呪と調和し始める。


『ギイイイ……』


 どこか遠い目になっている蜘蛛は、マキナモードフェイズⅡが活動限界を超えても訓練に付き合わされ、思った通りの労働時間になるのであった。


 ◆


 その日の晩。キズナマキナ達が蜘蛛と墨也に対して丁重なお礼を述べて去ると、待ちに待った時間がやって来た。


『ギギギギギギギ。ギーギギギギ。ギーギーギー』


「ありがとう蜘蛛君。やはりベテラン教官の鑑だった」


 鼻歌なのか、今にもイエーイと叫びそうな蜘蛛が、仕事が終わってご機嫌な気分でソファに座っていた。


 なお蜘蛛の前にコーラとポップコーンを準備している墨也との付き合いは長く、彼のベビーベッドで蜘蛛が抱き枕になっていたことだってある。


『ギギギギギギ!』


 これからバカンスを満喫する予定の蜘蛛は、映画鑑賞でもするかと上機嫌なまま、器用にポップコーンを食べようとして。


 墨也と共に固まった。


『ギギャ!?』


「ひい爺さんが第四形態ぃ!?」


 邪神間一族通信から墨也の曽祖父であり、蜘蛛の主人がマジ状態で戦ってるから気を付けるようにと、回覧板のように回ってきた情報は、墨也を含めた一族の者に、またかとある意味での呆れを感じさせた。


 その回覧板によると、地球の完全機械化を企む別次元の機械生命体文明と、曽祖父が殺し合いに発展したようだ。


 曽祖父がいる次元は控えめに言っても魔窟であり、ちょくちょく人類存亡の危機が起きたり、定期的に別次元からの来訪者が襲来してくるので、曽祖父ですら本気になるような事件が偶に起こるのだ。


『ギギイイイイイ!』


 結果、曽祖父と密接に絡んでいる蜘蛛は、マジもマジ状態の引力に引っ張られている上に、その影響をこの地に振りまく訳にはいかないと判断し……絶対に原因をぶっ殺してやると誓って元の次元に帰還した。


 邪神地球防衛隊所属、蜘蛛隊長休日出勤。


 あとがき

 ふう。次回で百万字に及ぶ、桜、赤奈、真黄、心白、銀杏、紫、碧、青蘭。ヒロイン紹介のプロローグが全部終わりますので、一区切りつきます(無能の中の無能を超えたガチのマジのアホ)

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