教官

「フルパワーっ!」


 マキナモードの対呪詛、対妖力機能が一瞬で過剰負荷に陥ったキズナマキナ達は、己の破魔の力を全開にしてそれらを阻もうとした。


「対象を呪詛タイプと仮定!」


 更に纏め役として、指揮官タイプの機能が搭載されている赤奈のマキナモードはデータベースを照合。一軒家はあろうかと思えるほどの巨大な泥が、呪いの塊である呪詛特化型タイプに類似していると結論する。


『ギイッ!』


 初手でいきなり仕留めるつもりだった泥は、想定以上にマキナモードが優秀であると修正する。


 キズナマキナにとって泥が初見なように、泥にとっても戦車と戦闘機が合わさった近未来的なマキナモードは今まで相対したことがないものであり、その点では同等の条件とも言えた。


「一塊になって浄化の密度を高めるわ! 相互に補完し合いましょう!」


「了解!」


『ギイイイイイ!』


 迷いのない赤奈の指示に従うキズナマキナ達。


 泥の耳障りな声を形にするなら、こんな若い娘に墨也はどこまで仕込んでるんだ。と言ったところか。


 最も墨也との付き合いが浅い筈の青蘭と碧すら、非常に密度の濃い一対二の指導を受けており、その動きは泥の知る数人に酷似している無駄のなさだ。


「ああああああああああ!」


 そして先頭を桜と心白、真黄の分身体と赤奈の防御盾が舞い、最後尾では碧が普段の歌声ではなくロック歌手のように叫んで仲間達全員を鼓舞する。


『ギアアアアアアアアア!』


 泥もまたキズナマキナの突撃を潰すため、大きく身動きして体に付着している汚泥を振りまき、その上で巨体を活かし自らも突進した。


「泥は水で対処する!」

(速い!)


 青蘭は水の槍で汚泥を打ち落としながら、一軒家サイズのくせにそこらの自動車より速い泥に顔を顰める。


 更にその分、八本足の動きが大きく滑らかに、力強く動くので、複数の足が動くことに嫌悪感を覚える者なら即座に回れ右するだろう。


「逸らすわ!」


「はい!」


 そんな泥の突撃を受ける訳にはいかず、赤奈の指示で全体の動きが決まり、しかも彼女の装甲板が防御ではなく目くらましとして泥の視界を塞ぐように一瞬だけ展開される。


 この動きの良さから泥は赤奈を第一標的と定めるも……。


「消毒液散布」


『ギギギギギギイイイイ!』


 心白の針から泥が大っ嫌いな浄化の力が、まるで注射器の液体のように散布されたことで、彼女の排除優先度が一気に高まる。


「なんかめっちゃ睨んでない!?」


「やっぱり呪詛型だけあってこんなのが嫌いっぽい」


 マキナモードの機動性を活かして泥の突撃を回避した真黄は、泥が苛立ったような気配を発したことに気が付く。


「それなら試しに使ってみる! へーんしん!」


 真黄は常時計測器が危険だと警告を吐き出している存在に遠慮はいらないと判断し、最近目覚めた新たな力を行使する。


「いよーし!」


「注射器乱舞!」


「お注射しますねー!」


 真黄の分身体が輝くと、彼女達の腕には心白の針よりは短いが、それでも確かに恋人の装備であるエンジェルニードルが輝いていた。


 火力不足を痛感していた真黄だが、つい最近仲間達の装備を一部ながらコピーすることに成功し、よりトリッキーな存在と化していた。


 そんな真黄の分身体が、心白のものには劣るが浄化の液体を針から散布し周囲一帯を清める。


「らららああああああああ」


「足を持ってくぞ!」


 これに加え碧が清らかな声で浄化の強化を行い、銀杏は鎖蛇を泥の足に絡めて機体の最大推力を用い転ばせようとした。


 しかも辺りは浄化液や青蘭の行使した水の名残があり、非常に滑りやすくなっているときたものだ。


『ギギイイイイイイイイ!』


 マズいと判断した泥は赤い瞳からボトボトと黒い蛇を産み落とし、鎖を伝って銀杏を仕留めようとした。


「私が止める!」


 それをさせまいと、ステンノー、もしくはエウリュアレの生まれ変わりである紫が、魔眼と誘惑の力をフル稼働させて蛇を睨む。すると末端でしかない蛇は動きを止めてしまうどころか同士討ちを始めてしまう。


 その間にも銀杏の鎖蛇はより強く泥の足に食い込み、引っ張る力を強める。


『ギイイイイイイイイイイイイイイ!』


 覚えのある神話体系の匂いを強く感じた泥は、これだからギリシャ系列は面倒なんだと歯ぎしりする。どうやらかなり嫌な思い出が積み重なっているようだ。


 ひょっとすると教え子の中に、ギリシャ神話体系の力を達人レベルで使いこなした傑物がいるのかもしれない。もしくは、泥が直接ギリシャ神と殺し合ったか。


「反対側を!」


「よいしょぉ!」


 そして赤奈の飛翔する装甲板と、青蘭の水の槍が踏ん張っていた泥の足元を掬うようにぶち当たり……。


「やあああああああああ!」


 泥の頭部と思わしき場所に、全スラスターを噴かせた桜が巨大な機械腕を振り下ろそうとしていた。


『っ!?』


 泥は桜から明確に邪神流戦闘術。もしくはそこへ混じった肉体的到達者の動きの片鱗を重ね、桜が特に墨也から色々と仕込まれていることを実感する。


 完全に追い詰められた泥は……。


 少しギアを上げる前に試すことにした。


「助けて!」


「え?」


 キズナマキナ達は恋人の助けを求める声に反応して、一瞬だけ意識を割いた。


 だが声が発生した場所は泥以外なにもない。


「助けて!」


 再び泥から声が発せられる。


 それは桜の、赤奈の、真黄、心白、銀杏、紫、青蘭、碧の声であり……なぜそんなことが起こっているか理解した彼女達の背に悪寒が走る。


『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 不用意に喋ると声を変換された上で用いられ、隙が生まれる原因になると示した泥は、今日最も力を込めた叫びを上げる。


「きゃああ!?」


 非常に特殊な結界は心の隙にねじ込まれた呪詛がキズナマキナ達を即死させたと判断し、彼女達を真っ黒な空間から叩き出した。


「名前を呼んで意思疎通せず、触媒の土台にさせなかったのは素晴らしい。連携も花丸。自分の装備と能力をきちんと把握している点も文句なし。けれど企みに対抗する経験が不足し、仲間の安全に対し過敏な反応を示す。敵味方の位置関係の把握を続け、予想外な事態でも心の強さと思考を保ちましょう。といった感じの指導だ」


 空間の外から観察していた墨也は、キズナマキナ達の勢いを殺してから立たせ、泥が叫びに込めた指導を伝える。


「では反省会と意見を交換した後、また頑張ってみよう」


「はい!」


 墨也に頷く戦乙女達。


 軽く百年は稼働している大ベテランと、キズナマキナの戦いはまだまだこれからだった。


『ギギギギギギギ! ギギギギギギギギ!』


 一方その大ベテランは、墨也の計らいで出張業務後にこちらで少々の休暇を満喫することが決まっており、ルンルン気分でテンションを上げていた。

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