八人の巫女達の明日と……………泥?

 沿岸での防衛線に加え、奈落神の黙示録の四騎士を打ち破ったという自己申告で混乱している統合本部、鎮守機関と違い、非常にいい空気を吸っているある意味での勝ち組がいた。


(成った……)


 それが今現在における奈落神の社の責任者、老巫女である古田だ。


「それでは本日もよろしくお願いします」


『よろしくお願いします』


 古田に応える声は全部で八つ。


 桜、赤奈、真黄、心白、銀杏、紫。更にはダークマキナモードの発現で指輪が黒く輝き、半内定から正式に巫女見習いとなった碧と青蘭がいた。


 週のシフトで悩んでいた老婆は、ついに控えも含めて完璧な状態となったことで、一人ほくそ笑んでいたのだ。


「重ねて申しますが、皆さんは学園、統合本部、鎮守機関。果ては政府の意向ではなく、奈落神様の考えを優先する立場になります。そこには勿論国外も含まれています」


 古田が再度念を押すのは当然だ。


 純粋な戦闘神として社で座禅をしている奈落神は、若さや富を与えるものではない。しかし最も単純な、霊的な安全保障においてこれ以上ない存在であると証明し続けているため、様々な組織や国外からの接触があってもおかしくはない存在だった。


 もしこれで奈落神のご利益が権力者にとってもっと都合のいいものであれば、雪崩れ込むように様々な人間がやって来たことだろう。そういった類の人間に墨也は全く興味がないので、そもそも相手にされないが。


 それはともかくとして、珍しく勝ち組の古田は新しき巫女達に教育を施していくのであった。


 ◆


 古田からの教育を受けたキズナマキナ達が学園内を歩く。


 その姿は他を圧倒する輝きを有しており誰もが目を離せない。


「お勉強の後は運動ですよね!」


「そうね桜」


 むん! と気合を入れる桜と微笑む赤奈は変わった。


 天真爛漫な桜と生真面目だった赤奈は、時折背筋を震わせるような妖しい魅力を醸し出す時がある。


「体ががっちがちー」


「やっぱり鍼灸の腕が必要」


 背伸びする真黄も変わったし、心白は……相変わらず臍ピアスが揺れており、外見からでは少々分かり難い。


 真黄は服をきっちり着こなして露出を抑え、真黄と今が楽しければそれでよかった心白は、妙にしっかりとした人生計画を持っている。


「俺らが巫女服ねえ」


「銀杏ちゃんなら何でも似合うよ」


 将来的な自分の服装に思いを馳せている銀杏と、明るい顔をしている紫も変わった。


 全てを拒絶する抜身の刀の様だった銀杏は機能美に溢れた女となり、怯えきっていた紫は本来の蠱惑さを振りまいている毒花だ。


「ふ。今日も子猫ちゃん達の視線が眩しいね」


「またそんなこと言って」


 余裕のある笑みを浮かべる青蘭と、テレビでは見せない呆れた表情の碧もそうだ。


 大勢の同性から熱い視線を向けられている青蘭と、アイドルとして分け隔てなく笑顔を送る碧は、一人の男に対して強烈な感情を抱いている。


 そして、彼女達に変化をもたらした男との繋がりは、より強固になっていた。


 ◆


 それから数日。キズナマキナ達は、大家には内緒でこっそり空間を拡張された墨也の自室にいた。


「ふむ。テレビに映っている人間が目の前にいるというのは、今まで経験したことがないな」


「あはは。よく言われます」


 墨也の視線の先には、テレビの中で歌って踊っている映像の中の碧と、にっこり笑っている実物の碧の両方がいた。


 もし墨也や青蘭、そして仲間達が望めばこの場で即席のライブが開催されたことだろう。


「ほほう。これが墨也さんのプロテインね。桜も確か飲んでたよね?」


「うん!」


「私も水泳終わりに飲んだりするんだけど、色々あって悩むんだよね」


 一方、その恋人である青蘭は桜と話しながらも、墨也が無条件で意識を向けてしまう会話を披露していた。実にちょろい男であり、ブロッコリーや鶏むね肉を置いておけば、見え見えの罠にだって引っかかるだろう。


「自分に合うプロテインを見つけるのは長く険しい道だ」


 現に今もしたり顔で頷いており、即座に食いついていた。


「さて、条件はどうするか……まあ、細かいことは抜きでいいか」


 一瞬だけ頭を捻った墨也だが、思い直したように少しだけ肩を竦める。


 今日、学生キズナマキナ全員が墨也の部屋に集結しているのは、少し前に予定していた行事が思った以上に早く纏まったので、早速決行されたからである。


「特殊な結界を張ってあるから、大きく傷ついたり死んだりすることはない。胸を借りるつもりで頑張ってくれ」


「はい!」


「では行ってみよう」


「はい!」


 墨也の声と共に、マキナモードで渦の中に飛び込む戦乙女達。


 この日に行われたのは、墨也の曽祖父の伝手を使って、長く教官職にいた式神符との模擬戦闘だった。


 そして八つの輝きを出迎えたのはこの世のものとは思えない叫びだ。


『キイイイイイイイイィィィィィィィ死死死死死死死死!』


 真っ黒な真っ黒な。どこまでも黒い深淵が吠えた。


 巨大な黒い体。

 ではない。


 何か黒い、泥の様な物が蠢いていた。


 滴っていた。


 ポツポツとではない。


 ベチョリ。ベチョリ。


 泥から何かが突き出てきた。


 数は全部で八。


 大地にしっかりと立つ。


 泥の下から赤い目が八。


 ルビーのような無機質な目が乙女達を見ていた。


『キャアアアアアアアアアァァァァァァ死死死死死!』


 更なる力を込めた再びの咆哮。


 もし通常の空間で常人か聞けば、一瞬で狂死してしまう呪い。


 最も特別な式神符の一つ。


 呪いというただ一点において、墨也ですら及ばぬ概念そのものが現れた。

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