海岸の死と終焉

 笑い話と言っていいのか。


 統合本部は、いるのかいないのか分からない場所でふんぞり返っていた上層部が軒並み機能不全に陥っても、歯車やシステムとしてはきちんと作用していた。


 逆を言えばそれだけ現場が優秀だった。もしくは優秀になるしかない環境だったが、それはともかくとして今回もまた現場は適切に対処していた。


『オオオオオオオオオオ!』


 海岸から上陸してくるのは魚の頭部を持つ半魚人と……なんと形容すればいいのか。カニ人やシャコ人、クラゲ人と無理矢理表現するしかないような、海洋生物と人間を掛け合わせたような怪異達の群れだ。


 その見るからに分厚い装甲を持つカニ人や、どう考えてもパンチが危険なシャコ人、毒に注意すべきクラゲ人など、海底の怪異生物は危険極まる。


 だがそれは近づいたら危険という話であり、相手はマキナイだけではなく戦闘機のキズナマキナだ。


「攻撃開始!」


 緊急展開した通常のマキナイが地上で防衛線を構築して、異能による弾幕を張り怪物達を寄せ付けない。


 更には空を飛翔するキズナマキナの群れが、空中から膨大な火力を押し付ける。


 特に遠距離射撃型のキズナマキナはガトリングや大砲のような重火器、レーザー、果てはミサイルのようなものまで撃ちまくり、中には爆弾を投下するものまでいる始末だ。


 これではいかに重装甲な甲殻類タイプの怪異も耐えられず、夥しい火力の嵐の中で消えていく。


 砂浜は大地を操作して作られた臨時の防壁、そこから異能の放射攻撃を加えるマキナイ、航空支援に匹敵するキズナマキナが戦場を有利に進め、上陸を果たさんとする怪異は海岸を埋め尽くすような数で対抗している形だ。


 この戦場と似たような経験がある墨也の曽祖父がもしいればキズナマキナを見て、戦闘機並みの退魔士ってすげえなっ! と感動することだろう。


 それとマキナイ側に有利な点があるとすれば、彼らは大百足と蛟の一件で海岸防衛線のノウハウがあり、その後に続いた都市伝説、鬼との戦いで実戦慣れしていた。


 つまり現場組は、世界的に見てかなり高水準の練度を誇る実働部隊と化しているのだ。


「到着しました!」


 そこへ更に、遠方でスクランブル発進したキズナマキナや、二年生である赤奈を筆頭にした学生マキナ達も到着したなら、天秤は大きく人類側に傾いたと言っていい。


「担当個所をデータで送る!」


「てやああ!」


「刺し貫く」


 臨時司令部から送られたデータに従い、猪突猛進な桜を先頭にして、同じく突撃型の心白が追随する。


「行きなさい!」


「ぶーんしん!」


 恋人達を補助するため赤奈の装甲版と、真黄の分身体が飛翔する。


「死んどけ!」


「攻撃開始します!」


 磨き抜かれた血の結晶である銀杏の鎖蛇と、妖異達からすら正気を奪う紫の眼が怪しく光る。


「歌よ響いて!」


「やるとしようかね!」


 更には碧のバフと青蘭の水槍が戦場を飛び交う。


 機動力、戦闘力、補助と支援。


 それらが高度に纏まっている集団は、最近の特訓も合わさって息の合った連携を見せ、奇妙な半魚人達を粉砕していく。


 鉄の拳が甲殻を破壊し、長大な針が貫く。


 反撃性能を秘めた装甲版が毒々しい液体を防ぎ、複数の分身体が翻弄する。


 鎖蛇が敵を噛み砕き、魔眼に魅入られて足を止めてぼーっと突っ立つだけの的が出来上がる。


 水の槍が複数の半魚人を穿ち、響き渡る歌は仲間全員を強化している。


 その様子はベテランのキズナマキナにも劣っていない。


「なんとかなってるな。しかし学生キズナマキナ、やはり将来が楽しみだな」


 現に少しだけ余裕がある司令部の人員は、学生キズナマキナ達を称賛している。


 その司令部の言葉を聞いた訳ではないだろうが、事態は大きく動く。


「巨大な反応を探知! 数は四! 上陸寸前です!」


「こいつらが原因か!」


 海に阻まれてギリギリになって探知された存在が、海面を盛り上げて上陸を開始した。


「デカいぞ!」


「海坊主!?」


 おおよぞ15メートルほどの巨人。全体は黒くのっぺりとして凹凸がなく、ぎょろりとした大きな瞳だけが輝いている。一見すると目立った武器はない。しかし15メートルの巨人が四体も歩き、拳を地面に叩きつけたならそれだけで大きな被害が発生するだろう。


 実際に海坊主と呼ぶに相応しい存在が歩くと、足元でうろちょろする半魚人は一瞬で踏み潰されていた。


「こいつから逃げてきたのか!」


 その協力関係どころか、明らかに半魚人達を意に介していない海坊主の行動に、マキナイ達は今回の原因がこいつだと判断した。


 実際、彼らは逃げているだけであり、人間世界への侵略など考えていなかった。


「硬すぎる!」


「止められないわよ!」


 そしてこの海坊主だが、大きいだけありやたらと頑丈で、ほぼ全てのキズナマキナの一斉攻撃を受けても気にせず、ゆっくりと内陸部へ移動していた。


「こいつを通す訳にはいかない! マキナモードフェイズⅡの使用を許可すると学生達に伝えろ!」


「はい!」


 司令部の判断は適切だっただろう。防衛線を突破されたなら、その追撃に人手を割かれて、まだ海から湧き出ている半魚人の対処も後手に回る。それならば今この場で最大火力をぶつけ、戦線を維持しようとしたのだ。


「赤奈先輩!」


「桜!」


『オオオオオオオオオオオオオオ!』


 桜色と赤が混じって、海坊主には背丈で大きく劣るが身の内に途轍もない力を秘めた巨人が立ち上がる。


「心白!」


「ん」


『キイイイィィィイイイ!』


 黄と白が混ざって、鏡で構成された蠍が子機を従え尾をくねらせる。


「やるぞ!」


「うん!」


 銀と紫が混ざり合い、無数の蛇が吠えて牙から甘ったるい毒を滴らせる。


「青蘭!」


「やろうとするかね!」


『AAAAAAA!』


 緑と青が溶け合い、尾鰭と羽が天で舞い歌声を全てに届ける。


 再び述べるがマキナモードフェイズⅡは、大きさで海坊主に劣っている。


 それがどうした。


「ギガントマキア、行きます!」


「スコーピオン出撃ー!」


「ヒュドラ、出るぞ!」


「セイレーン、飛びます!」


 桜、真黄、銀杏、碧の声と共に進撃する機械神が、大きいだけの巨人に負けることなどない。


「支援開始!」


「中々効くよ!」


『LALAAAAAAAAAAAAA!』


 セイレーンの口から砂浜と水面を震わせる声が鳴り響くと、ギガントマキア、スコーピオン、ヒュドラが強烈に光り輝く。


「これなら!」


「行きましょう桜!」


 力が湧き出るギガントマキアが海坊主の足に殴り掛かると、のっぺりとした足はあっけなく逆向きに折れ曲がる。そしてもう片方の足もギガントマキアはぶん殴ると、海坊主が地面に倒れ伏す前にタックルして海側へ押し倒す。


 更にそれだけに留まらず倒れた巨体をよじ登ると駆け、海坊主の胸あたりで飛び上がり、その全質量が頭部に着弾。海坊主の頭を叩き潰した。


「巨人殺しは十八番だし!」


「多分、恐らく、きっと」


 オリオン巨人を殺した者の名を冠し、ダイダラボッチを打倒している鏡蠍が海坊主の足で這う。


 子機の四体を従えたスコーピオンは大きな鋏を広げると、海坊主の踵を容易く切断。更に子機は針を打ち込み浄化の毒を流し込んで弱体化させる。


 そしてしりもちをついた海坊主に全部で五体の蠍が群がって鋏、顎で解体し、針でめった刺しにしていく。


「デカいだけじゃな!」


「手数で圧倒します!」


 ヒュドラもまたパワープレイだ。


 二十近くに増えた首は異様に伸びて海坊主の全身に絡みつき、隙間もないほどに殺到する。


 そして牙を突き立て毒を流し込むどころか、ギチギチと耳障りな音を発しながら締め上げ……そして五体全てをバラバラに引き千切った。


 異様な出力としか言いようがない。


 本来なら十五メートルの巨人を相手にすればもう少し苦戦する筈だが、セイレーンによって底上げされた機神達は全く問題とせずに葬っていく。


 そして残り一体の海坊主を抹殺するため、ギガントマキア達が殺到する。


 セイレーンでも勿論問題なく対処できるが、支援機としての役割を全うするため少し後方にいた。


 だが……。


 この最後の海坊主が非常に面倒だった。


「え!?」


「なに!?」


 驚愕する碧と青蘭。


 最後に残った海坊主は短距離での転移を行い、瞬きの間にセイレーンの背後に移動すると、機械神を羽交い絞めにして動きを封じた。


 更に海坊主腕の一部を液体のように変化させると、装甲の隙間からセイレーンの核となる中心に迫った。


「これちょっとマズい!?」


「ちょーっとね!」


 光に包まれた空間で碧と青蘭は、侵入してくるであろう敵を迎え撃つため身構える。


『あの女の血族かあああああああ!』


「ひょっとしたらそう言うんじゃないかと思ってた!」


 空間だけに響くおどろおどろしい声に、青蘭はこれでもかと顔を顰めた。


『死ねえええええ!』


 液体となった海坊主の一部は変化して半魚人の群れになると、輝く核を叩きながら怨嗟の叫びを上げる。


 古い話だ。


 八百年ほど前、深海に生息していた妖異達は地上を目指して進軍した歴史がある。


 だが当時、最も力強かった巫女に敗れた怪異は、多くの同胞を討たれて逃げ帰った。


 勿論巫女も無事では済まなかった。一人で異常なまでの妖異の血肉を浴びて口に含んでしまった彼女は、イザナミのように半ば常世の住人となってしまい、長い長い生を送ることになってしまう。


 本名不詳。


 後世に伝わる名を八百比丘尼。


 そしてこの女、八百年も妊娠状態であり、ついに命が尽きる瞬間に女の子を産み落とし、遠い親戚のようなものだと名乗る西洋の人間に託した。


 名付けた子の名は天海青蘭。


 養母が念のため、青蘭に魚を食べることを避けるようにと教え込んだのは、実母の二の舞を避けるためであり、青蘭は墨也からその推測を聞かされていた。


「マーメイドタイフーン!」


「パワーソング!」


 その因縁を終わらせるため、青蘭は愛する碧と共にマキナモードを展開して迎撃しようとした。


 しかし再び述べるが、この海坊主を構成していた半魚人達は古強者であり特殊な個体群だった。


「実体がない!?」


 常世と現世の狭間にいるような曖昧な半魚人達は半物体、半霊体であり、青蘭が作り出した槍がすり抜けてしまう。


 この特性のせいでギガントマキア達は、セイレーンに張り付いた海坊主を引きはがすことができず、そのくせに半魚人側は相手を呪殺できるのだから理不尽極まりないだろう。


『死ねええええええええええ!』


『他一件の絆を確認! 変身しますか?』


 迫る半魚人。


 その危機的状況に指輪が答えた。


「変身!」


『変身を認証! 選択完了! 邪神■■■! 絆システムコネクト!』


「ううっ!」


「むぐっ!」


 指輪から溢れた真っ黒な泥が碧と青蘭を包み込み、彼女達の全てを塗り替えるため這いまわる。


 肌と口から侵入した黒は神経、血管、気脈の補強と拡張を行い、膨大な力を流し込む。


「ああ……」


「これが……」


 望んでいた境地に至れた碧と青蘭が、どこか陶酔したような息を漏らし……解き放った。


「私の歌で粉々になって! 怨歌えんか死重葬送!」


 碧の機械の翼は、身の丈を超える蝙蝠のような邪悪な翼に変貌し、泥を垂らしながら振動する。


 そして人生物では聞き取れない音が碧の喉から迸り、重なり合って敵に叩きつけられる。


 死後の世界を歌で切り抜いたオルフェウスと、英雄達すら必死で抗ったセイレーンの因子を持った碧が破壊の概念を歌として放出したのなら、いったい誰が耐えられるというのか。


『ぐげっ!?』


 断末魔の声と共に半魚人達が塵となる。


 半霊体だろうが関係ない。魂にすら干渉する滅びの歌は、相手が存在するなら確実に抹殺するのだ。


「さあて溺れようか? 地獄じごく堕魚だご永闇苦えいあんく!」


 青蘭の足と化した八本の触手が数十メートルも伸び、タコのように大量の半魚人達に絡みつく。


 これまた相手が半霊体だろうが関係ない。


 黄泉の主宰神となったイザナミの因子を持つ八百比丘尼の娘が暗黒の力を身に纏ったのなら、僅かな例外を除いて止められない。


「地面へご案内っと!」


 青蘭は半魚人達を引き連れたまま概念としての地下、地獄、黄泉へ潜り込むと、彼らを開放して現世に浮上する。


『ま、待て!』


『ひいいいい!?』


 あとに残されたのは直接冥界に叩き込まれた半魚人だけであり、彼らは真っ黒な空間から伸びた数百の手に掴まれ、死者の国に拉致された。


「青蘭これっ!?」


「ああ!」


 だがまだ終わっていなかった。


 半魚人を片付けた碧と青蘭は、拡張された感覚で海からの来訪者を感知する。


 冥界を歩いたオルフェウスと黄泉の主イザナミに比べると格が落ちるかもしれない。姿だってたらいに乗った貧相な腐乱死体であり、恐れる理由などないだろう。


 それが具現化した死でなければ。見たら死ぬ権能を持っていなければ。


 彼女達に宿る暗黒の知識が囁く。


 その名を。


「海難法師!」


 水難事故で死した者達の霊であり、自身を見た者を殺す神の如き権能の所持者。


 この場にいた半魚人が逃げていたのは、海難法師からだったのだ。


 そして……雑多な神格すら寄せ付けない怪物を察知した指輪が漆黒に輝く。


「青蘭!」


「碧!」


 黒い輝きは碧と青蘭を包み込むと、強大な力のお陰で維持されていたセイレーン全体に波及。


 僅かに残っていた海坊主の体を完全に弾き飛ばして海面に飛び込むと、海の果てにある常世を目指すかのように泳ぎ始めた。


「認識阻害!?」


「レーダーも誤作動してる!」


 確かにそこに存在する異形をマキナイ達は正確に認識できず、闇色の物体がモザイクをかけられたように不確かだ。


 更にレーダー上でも異形は消えてしまい、機械的な欺瞞すらも垂れ流している。


『海難法師と思われる存在が来ています!』


『対処をするので皆さんは万が一に備えてください!』


「海難法師!?」


「なんだと!?」


 そこに碧と青蘭からの通信で、特大の死が迫っていることを知った司令部はパニックに陥るが、海を進む正体不明はどんどんと速度を上げて遠ざかる。


 しかも力に慣れたのか、正体不明は現世から完全に消え去りながら、常世にもいない矛盾を抱えて誰からも視認されなくなる。


「いた!」


「本日最後の仕事といこうか!」


 瞬く間に遠洋に辿り着いた正体不明を介し、海難法師を認識しながらその権能が届かない狭間にいる碧と青蘭は渾身の力を籠める。


『■◇■■◆!』


 正体不明の声なき声。


 海という恐怖と未知が起き上がった。


 嵐が巻き起こって異形の鳥が空を舞って歌い、船すら圧壊できるような巨大なタコやイカの触手、更には海蛇やクジラのような怪物が海面から姿を現す。


 その全てがやはりこの世にあってこの世にあらず。


 海難法師の権能が届かぬ位置にいながら、はっきりと存在している矛盾。


『ガアアアアアアアアアア!』


 荒れ狂う海と怪物達が一斉に海難法師に襲い掛かる。


 決着は一瞬だ。


 肉体的な頑強さとは無縁の海難法師は一瞬で八つ裂きにされると、跡形もなく消え去った。


 こうして後に、海と未知への恐怖の化身。誰も全貌を知らぬ不確かなナニカ。ケートーと名付けられる怪物の初陣は勝利で終わる。


「墨也さん……」


「頑張って……」


 だが碧と青蘭の顔に喜びはなく、届かぬと分かっていながら墨也の勝利を願う。


 暗黒の力から僅かに届けられた情報で、墨也の前にいる敵の強大さを知り身震いしながら。


 ◆


 条件が揃ってしまったと言っていい。


 蛟の天敵として、大百足の約束されていた筈の勝利。


 人が生み出した都市伝説との戦いというある意味で人と人の戦争、内戦。


 餓鬼道を筆頭に鬼と密接な関わりがある飢餓。


 そして今回の死の化身。


 だからこそ。


 弓がしなる。


 剣が煌めく。


 天秤が揺れる。


 組まれた腕がほどかれる。

 

 馬が嘶く。


 白い馬勝利


 赤い馬戦争


 黒い馬飢餓


 青白い馬


 四人の乗り手。


 フォーホースメン。


 終わりの先触れ。


 ホワイトライダー。


 レッドライダー。


 ブラックライダー。


 なによりペイルライダー。


『『『『黙示録の日来たれり!』』』』


「一昨日きやがれ」


 迎え撃つは黒き闘神。


 既に滅んでいなければおかしい世界の命運を賭けて。


 ヨハネの黙示録の四騎士と終焉の血族が異界で相対してした。

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