求める

 事件後の碧と青蘭はそれなりに忙しかった。


 それなりだ。


 なにせ統合本部と鎮守機関にとっての鬼門である奈落神が関わっている時点で、彼女達に対する調査は腰が引けてしまう。


 そして時間神を打ち破り、真黄と心白の件で別空間に飛び込んだことが分かっている奈落神は、時空間軸の能力、異変に対処できると結論されている。そのため関係各所は妙な時空に落っこちた二人が、時空間の乱れを察知した奈落神に助けられた程度の認識しかなく、墨也の遮蔽もあって特大の秘密に気が付かなかった。


 同時に行方不明となったアイドルの一人の調査だが、彼女の私物と思われる青蘭と碧の髪を巻いた消しゴムと針。更には部屋の中に切り刻まれたり、釘が打ち込まれていた碧の写真、バラバラにされたグッズ、罵詈雑言が書き記されたノートなど他にも多数が発見され、呪詛で身を滅ぼしたと結論された。


 いや、それどころか彼女の両親も呪詛に協力していたことが発覚し、本当に呪うつもりはなかった。などと愚かなことを言いながら逮捕される始末だ。


 そのため碧はグループを脱退して個人での活動を行う予定だったが……今いるのはレッスンをする場でも、スタジオでもなかった。


「ふー……青蘭!」


「お任せあれ」


 気合を入れている碧に青蘭が応じる。


 彼女達がいるのは学園の屋外訓練場であり、その眼前には一年生が戦うことを想定していない上位の棒人間式神が佇んでいた。


「パワーソング!」


「マーメイドタイフーン!」


 現れた歌声と人魚の機械姫に棒人間が迫る。


 その速度は迅雷と評すべきものであり、訓練場の外にいた教員達ですら目で追うのがやっとだ。


「さて、どうなるか……」


 呟く教員達の脳裏にあるのは、奈落神と関わったキズナマキナが発現した力であり、その現象が起きるかどうかの確認が行われていた。


「しかし、飛ばないとは思い切ったな」


「高度な飛行型の調整が間に合いませんでしたからね」


 更に今回の戦闘訓練だが、青蘭と碧は自身を危機的状況に追い込むため得意な空中戦を封印している。


 それは……二人の心が求めている証明であった。


「はあああ!」


 碧からの強化を受けた青蘭が、棒人間を迎撃するため複数の水の槍を生成する。


 だがその速度すら棒人間は凌駕した。


 速さとは武器だ。それに純粋なパワーが加わると、どんな極致に至れるか知っている墨也も頷くほど立派な武器だ。


「くっ!?」


「せいらっ!?」


 水の槍が発射される前に青蘭へ辿り着いた棒人間は彼女をぶん殴り、更には青蘭と言い終わる前の碧に近づいてぶん殴る。


 その衝撃もまた凄まじいもので、マキナモードの姿勢制御スラスターの出力が足りずに吹っ飛ばされてしまうほどだ。


(まだまだ!)


 だが青蘭の瞳に宿る闘志は衰えておらず、発射し損ねた水の槍を今度こそ棒人間に向けて解き放った。


(マジかぁ!)


(速すぎる!)


 青蘭と碧の驚愕。


 確かに発射された水の槍は棒人間を追尾し始めたが、そもそも速度が足りずに追いつけない。


 更にその速度を維持したままの棒人間は再び彼女達に殴り掛かって駆け抜け、青蘭は危うく自分の槍を受けてしまうところだった。


(線じゃ無理だ! タコ殴りにされる前に面制圧しないと!)


(歌が途切れるっ!)


 心の中で苦悶する青蘭は線の動きでは対処不可能だと悟り、碧はバフを継続するためなんとか体勢を立て直そうとした。


 新たな力の必要性と窮地。そして求める心が反応した。


「これっ!?」


「おっと!?」


 内から輝き始めた碧と青蘭が驚愕している間にも、二人は光に包まれて混ざり合う。


 そして現れた。


「やはりそうなるか!」


 教員達が思った通りだと叫ぶのも当然。


 飛翔する歌声と水を操る人魚が合わさったなら、現れるのはこの存在だろう。


『AAAAAAAAA!』


 装甲版で形作られた碧と青蘭が混じったような女の口から声が鳴り響き、背は歯車がむき出しとなった機械翼が羽ばたく。そして鱗のような青い装甲版が艶めいている魚の尾鰭がくねる。


 空中で泳ぐマキナモードフェイズⅡ。


 後に、いや。


「セイレーン!」


『AAAAAAAAA!』


 今セイレーンと名付けられた異形の機械神は、四メートルほどの巨体から轟く音を発生させて青く輝く。


 碧の能力を有しているセイレーンは自身を極限まで強化しているが、先輩であるギガントマキア、スコーピオン、ヒュドラへの強化すらも対応できる大出力を誇る。


 つまりもしこの四機神が揃えば、馬鹿げた出力によって物理的に破壊する巨神、疑似的な不死で面倒臭いとしか言いようがない鏡の蠍、無尽蔵の首と毒による絡め手の蛇。それらを強化できる支援機という形になるだろう。


 だが仮定。もしくは未来の話は一旦置いておこう。


 訓練場の中で水の嵐が吹き荒れた。


 雨粒の形は槍で、それが豪雨のように凄まじい密度で飛び交うのだから、棒人間がいかに速くとも逃げられない。


『っ!?』


 一瞬で全てを滅ぼす嵐に巻き込まれた棒人間はその身を削られ、なんの抵抗もできず消え去った。


 支援機なのにこれだ。


 もしその本領であるバフに専念させ、他の機神と組ませた場合はどうなるか想像もつかない。


『できたよ青蘭!』


『そうだね』


 セイレーンの内部で碧と青蘭が喜んでいるのは新たな力を手にしたことからか。


 それとも。


(あ、墨也さん!)


(どうですか墨也さん)


 真黄と心白の時のように確認をしに来てビルの上にいた黒い靄に対し、興奮のあまり一条ではなく墨也と呼ぶ二人。


 そう。それとも、繋がりを証明できたからか……。

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