寝床の中で

(落ち着け私。らしくないぞ)


 一日が終わりテントの中で横になった青蘭は、今日あったことを思い返して胸で燻る何かを宿す。


(一条さんのことをなにも知らないのにあんな!)


 それは碧も同じだ。


 彼女達の脳裏には、クリスマスに一人でいた墨也を馬鹿にしたカップルがこびり付いていた。


 普通に考えるなら恩人が馬鹿にされたことに怒りを覚えるのは自然なことだが、それにしては妙に長く続いていると言っていい。


(一条さん……)


 青蘭と碧に父の記憶はないし、兄がいたこともない。


 そのため真黄や心白と同じく、自分の全てを受け入れ肯定してくれる異性というものに出会ったことがなかった。


 その全てと言うのは、腐乱死体とキメラの体を含めてのことだ。


 どのような姿になろうと自分が自分である限り受け入れて、しっかりと見つめ返してくる墨也は神話因子体の彼女達にとって猛毒であり、既にがっしりと心の中に食い込んでいる。


 だから最近会ったばかりの他人に等しいくせに、墨也が馬鹿にされたことが気に入らずに苛立ちを覚えているのだ。


(一条さん、どんな感じで泳ぐんだろ)


(どんな曲を歌うのかな)


 平静を保とうと意識を切り替えた青蘭と碧は自分の得意分野において、墨也がどのように行動するのか想像する。いやそれだけではなく、彼から聞くのではなく直接確認したいという思いを無意識に抱く。


(バタフライとかは凄いことになりそう)


(ラブソング? かっこいい曲?)


 青蘭の想像の中の墨也はバキバキの体で水面から飛び上がり、碧の想像の中ではカラオケ店で曲を選んでいる。


 それはこの空間を出た後の、日常でも墨也がいて欲しいという欲求から生まれたものだ。


(赤奈先輩や桜達は……)


(きっと奈落神様にお勤めしてるって意識じゃなくて、墨也さんだから……)


 眠りが近いのか青蘭と碧の思考が唐突に切り替わる。


 二人は桜達が自分達と似たような体験を経て、墨也との関わりを持ったのだと察していた。そして神に仕えるためではなく、相手が墨也だからこそ桜達は巫女としての勉強に励んでいるのだと考えた。


 碧と青蘭の心の何処かで、強烈な飢えと疎外感が発生する。


 桜達が墨也の巫女に内定しているのは、ダークマキナモードを発現したことによるものであり、青蘭と碧はその資格がない。そのため同じ学生である桜達に比べ、墨也に対する碧と青蘭の関係は薄いと言わざるを得ないだろう。


「すうぅ……」


 だがその事実に気が付く前に碧と青蘭は睡魔に襲われ、夢の中へと旅立った。


 意識が何かしらの影響を与える夢の世界に。


『よーし、それじゃあレッツゴー!』


『ゴー!』


 悩みなんてありませんと顔に書いてある真黄が号令をすると、桜と碧が応じて歩き始める。


 その数八人。学生キズナマキナ全員が集合し、奈落神の社へ向かっていた。


『碧、煩いのは減った?』


『うん。巫女だからって』


『夢を見させるアイドルも大変』


 心白が碧に話しかけると、なんとも言えない表情で肩を竦めた。


 黒い靄ながら闘神であることと声で男神と判断されている奈落神だが、神だろうと何だろうと碧が男の傍にいて欲しくないファン層が騒ぎかけた。


 しかし、神に仕える巫女の条件。というより通説を思い出した一部のファン層は、急に大人しくなって碧の巫女修行を歓迎していた。


『どういうことかな?』


『はははは』


 話を聞いていた桜はその理由が分からずこてんと首を傾げたが、青蘭は朗らかに笑って話を濁した。


『ところで巫女服と競泳水着の組み合わせってどう思う?』


『なんで俺と紫を見たんだよ。っつうかどうやったらその二つが組み合うんだ』


『いいと思、はっ!? んんっ』


 青蘭は話を変えるため銀杏と紫に自分のアイデアを披露すると、銀杏は一瞬だけ目を泳がせ、うっかり食いついた紫は仲間達からの視線に気が付いてなかったことにした。


『偶には変わった服装もどうかと思ってね』


『じゃあ私はアイドル風の巫女服?』


『競泳水着に、ア、アイドル風巫女服……』


 飄々とした青蘭の言葉に、碧は持ち味を活かそうと考えた。しかしながら常識人の赤奈にすれば、若い娘達の発想は突飛すぎて困惑してしまう。


『じゃああたしらはギャル風で!』


『赤奈先輩もどうです?』


『え、遠慮しておこうかしら』


 更に赤奈は、真黄と心白にとんでもない誘いを受けてしまう始末だ。


『あ、そう言えば銀杏ちゃん、紫ちゃん。碧ちゃん。クリスマスの話はどんな感じかな?』


『おう。話はついたから大丈夫だ。冬休みはほぼこっちにいる』


『私も』


『お仕事は全部オフ!』


 桜は実家が県外の銀杏と紫。そして仕事で忙しいことが予想される碧に話を振ると、返答は全て問題ないというものだ。


『それならクリスマスパーティーだね!』


 桜が口にしたのは、学生キズナマキナがクリスマスに行うパーティーについてだ。


 しかし、年末年始はなにかと多忙なアイドルの碧がそちらを優先するのは異常と言うしかない。


『じゃあ墨也さんにも伝えておかないと!』


 更にはそこに男が混ざり込み、全員が当然のことだと判断しているのはどういう訳か。


 次の瞬間、夢の世界が崩れる。


 夢は所詮夢だ。


 かなりの確率で実現する可能性があっても。


 ◆


「よし。神話因子も完全に落ち着いたし、帰還用の次元孔も完成した。という訳で帰るとするか」


 夢から二日後。ついに神話因子が完全に抑制されたことで、墨也は元の次元への帰還を宣言する。


『まてまてー! さあ行くのだポチ&タマ!』

『わん!』

『にゃー』


『きゃー!』

『逃げろー!』

『わー!』


 なおその背後に映し出された過去の映像では、幼少期の墨也が大勢の子供に交じってくたびれ果てた中年と、その飼い犬&猫から逃げ回っている。中年の妻達や家族が微笑んでいなかったら、下手をすれば通報されていただろう。


「はい!」


「分かりました」


 その映像をチラチラと見ている碧と青蘭も、墨也に頷いていよいよその時が訪れた。


「変身。そんでもって突入」


「きゃっ!?」


「っ!」


 両脇に抱えられた碧と青蘭は、顔を固定化された時より更に密着してしまうが、墨也は気にすることなく次元の穴へ突入した。


 そして真黄と心白のケースと同じだ。


「え!?」


「なんだ!?」


「きゃー!?」


 現在過去未来が入り混じった空間だった故に、現実世界では殆ど時間が経過しておらず、墨也はアイドルとスタッフの集団から悲鳴を受け砂浜に着地した。


(久しぶりに泳ぐのも悪くないな)


 締まらぬ感想を抱きながら。


 そして、碧と青蘭を取り返しのつかない精神状態に堕としきって。

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