予想以上に危機的状況

「ふむ。試しに買ったがこのラーメンは当たりだったな」


 できるだけ大したことがない、日常の延長のような会話を心掛けている墨也が新作のインスタントラーメンを称賛する。一方、青蘭と碧が食べているのは、ありきたりで外れがない定番のものだ。


「ロケ弁とかは美味いか?」


「あ、はい。色々あって美味しいです」


 続いて碧と青蘭に声を掛けると、アイドルグループとしてロケをする都合上、最もロケ弁のお世話になっている碧が頷いた。


「そう言えば昔、弁当屋でバイトしてた時にロケ弁を頼まれたことがあったな」


「お弁当屋さんですか……」


「ああ。母方の実家が多角的に色々やっててな。その伝手であちこちのバイトをしてた」


(闘神が弁当作り……って言うか母方の実家?)


 ふと昔を思い出した墨也の言葉に碧は混乱し、青蘭は真っ黒な人型が弁当を作る光景を幻視する。


「うん? 少し風景が変わるな。多分過去だ」


 更に話をしようとした墨也だが、現世と常世の狭間で時間軸が混ざった空間の景色が歪む。


「テントの中に入るか?」


「……いえ、養母が他に言っていたことを知るチャンスなので」


「……私も色々と受け入れようかと」


「強いな。本当に」


 見ないでいいものが映る可能性があるため、テントの中へ入ることを勧めた墨也だが、養母との過去が映った青蘭と、腹を括った碧はその場にとどまる。


 そして映し出された過去は……ある意味地獄だった。


「あ、あわわわわわわ……!」


「あらららら」


 混乱して目がぐるぐると動く碧。立ち尽くす青蘭の視線の先には。


『はいアーン』


『ア、アーン!』


 青蘭がケーキを碧の口元まで運び、いちゃついている光景が映し出されていた。


「ふむ。やっぱり美味い」


 それを見て見ぬふりする情けが墨也には存在していたようで、万が一の時は強制的に碧と青蘭の視界を塞ごうとしていた彼は、ラーメンに視線を向けて味を堪能した。


『じゃあ今度は私にしてもらおうか』


『わわ、分かった!』


 そして過去の青蘭と碧は立場が入れ替わり、いちゃつきを継続する。


 これには覚悟を決めていた今現在の碧は顔が真っ赤になるが、青蘭の方はそんな恋人が可愛いなあと思う余裕があった。


「また景色が変わりそうだな。晩飯はどうするか」


 再び景色が変わりそうだと告げる墨也は、乙女達のプライベートを守る姿勢を崩さない。


 が。


「ここは……」


「覚えがないな……」


 その過去に碧と青蘭は全く覚えがない。


 それほど大きくない畳の部屋。作りは古く、窓の外から見える景色は田んぼが広がっている田舎の光景だ。


 少なくとも碧と青蘭の記憶では、こんな田舎の家らしい場所に来た覚えはなく、ここはどこだと困惑する。


「……なに?」


 珍しく墨也が戸惑った。もしくは呆然とした声を漏らす。


 碧と青蘭に覚えがないのは当然。ここは彼の過去の光景の一つなのだ。


 そして……。


「猫ちゃんズがんばれー! さあマイグレートグレートグランドサンも応援だ!」


『がんばえー!』


 完全に過去が映し出されると同時に発せられた声を認識した瞬間、墨也はぎくりとした。


 確かにこのハチャメチャな空間の過去は、再現体が動いているのでなく起こったことを映し出しているだけだ。そのため自分の過去を投影することも不可能ではないと思っていた。


 だがいきなり、最初も最初に田舎にある小さな家の畳に座って幼い墨也を膝に乗せ、贔屓の球団を模した三毛猫柄の法被を着た中年が……墨也の高祖父がテレビの野球中継を観戦している姿が映し出されたのは予想外だった。


「おおマイグレートグレートグランドサン墨也! よく来たね!」


 そして、いくら過去でも墨也の高祖父にしては若すぎる五十代ほどの、覇気の無いどこにでもいるような男の目が、別次元どころか時間軸すら違うのに墨也の視線と合うのは予想内だった。


 膝に座っている幼少期の墨也ではない……過去を見ている立場の墨也の目と。


「あの……」


「やあやあお嬢さん方! 自分は墨也の高祖父でして、名無しの権兵衛とでも呼んでください!」


 碧と青蘭は、墨也が過去の中でしか動いていないはずの人間に話しかけられたことが気になり声を掛けようとしたが、それより高祖父の挨拶が先だった。


「は、初めまして。歌川碧です」


「天海青蘭です」

(ひょーっとして恐怖体験に巻き込まれてる?)


 高祖父としっかり視線があったことで思わず挨拶を返す碧と青蘭だが、青蘭は自分が置かれている状況を正しく認識していた。


「ひいひい爺さん。ホラー映画的なムーブは止めて欲しいんだけど」


「はっはっはっ! いやあ、認識されたら色々と関係ないから仕方ないね!」


『ひいひいじー?』


「おっとごめんね! 二十年後くらいの墨也が来てるんだよ!」


『んー? ぼくー?』


「そうそう! いやあ、こんなに立派になって! ぐすんぐすん!」


 なんとも言えない奇妙な顔をした墨也と高祖父の会話は、まだ筋肉達磨になる前の幼い墨也が知る筈もない。可愛らしくつぶらな瞳を高祖父に向けるが、当然何を言っているか分からず首を傾げた。


「おっと。もう時間切れみたいだね! 偶にはうちに遊びに来るんだよ!」


 高祖父がそう言うと、またしても景色が歪む。


 阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒菩薩の三世仏ですら過去現在未来から追放できなかったモノ。一族の祖であり大邪神を自称するだけのナニカが墨也達に笑いながら手を振って見送った。


「ふー……これはちょっと……あれだな。うん」


 ホームビデオを超越したものを見せられた墨也は、天を仰いでこれから数日の苦難に耐える決心をするのであった。

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