脳筋との相性
「慣れたもんだ」
今季三度目の異次元キャンプを行う墨也は、てきぱきとテントや諸々の準備を整え満足したように頷く。
「さあ座ってくれ」
そして呆然としている碧と青蘭を促し、折り畳みの椅子に座る。なおこの両者は水着だったため、今は墨也から手渡されたジャージを着用していた。
「改めて自己紹介をしよう。一条マッサージ店の店主兼、奈落神神社のご神体をやってる一条墨也だ」
「う、歌川碧です」
「天海、青蘭です」
「よろしくな」
脳筋に相応しいあんまりな自己紹介をした墨也に、碧と青蘭は混乱する。
「なんで俺がいるかというと、ひいひい爺さんが設定した一族の正規召喚に俺が引っかかったからだ。四葉のクローバーに血を垂らして四回四度神様って言ったのはどっちかな?」
「私です」
「誰から教わったか聞いてもいいか?」
「養母に教わりました。でも、その正規召喚とかは知らなくて。養母のこともですが……」
察しは付いている墨也は念のため確認を取るものの、青蘭は養母について詳細なことを知らなかった。
「あの、私達は。それに養母は」
「ふむ。確定したものではない俺の見立てなら伝えられるが、かなりプライベートなことになるな。一応医療従事者の端くれとして、まずは念話で別々に伝えさせてほしい」
身を乗り出した青蘭を落ち着かせるように、ゆっくりした口調で墨也は語り掛ける。
「だがその前に、自分がそうであるから、そうなるのだと思い込まない。抑えることは出来る。はい復唱」
「自分がそうであるから、そうなるのだと思い込まない。抑えることは出来る。ですか?」
「そう。もうあと三回復唱した後に伝えよう」
そしてそれぞれの心に念話を送る。
碧にはオルフェウスとセイレーンなどの神話が混ざり合った因子を持っている可能性が高いことを。
青蘭にはイザナミに纏わる因子を持っている可能性。更に養母が恐らく楽園の関係者。特にリリスであると推測され、青蘭に幾つかの防衛策を講じていたことを。
「それじゃあ私は……」
「自分がそうであるから、そうなるのだと思い込まない。抑えることは出来る。はい復唱」
「じ、自分がそうであるから、そうなるのだと思い込まない。抑えることは出来る」
思わず自分の腕を見ようとした碧と青蘭よりも早く墨也は動くと、再び彼女達の顎に手を添えて視線を自分に強制し、無理矢理言葉を繰り返させる。
まさに邪神的な行いだ。
「もう一度言うがそれは抑えることができる。だがその前に飯にしよう。インスタントラーメンだが許してくれ。夜はもっと手の込んだのを作ろう」
邪神流メンタルケア術継承者の片鱗を見せる墨也は、彼女達の気分を無理矢理変えるため食事を勧める。
「あの、お礼が遅れて申し訳ありません。ありがとうございます一条さん」
「ありがとうございます。でもこんなところに呼んでしまって……」
「気にするな。正規召喚だが一方的なものじゃなく、気に入らなかったら断ることもできる。だから俺がここにいるのは自分の意志だ」
だが碧と青蘭は素直に食事に応じることはせず、混乱し切ってお礼もまだだったことを思い出し頭を下げる。
「そう言えば歌川の声を街中でよく聞くな。確かアイドルグループの歌だったような……」
「は、はい。そうです」
「すまん。接客の関係上ニュースとかワイドショーの確認もしてはいるが、仕事、筋トレ、仕事、筋トレのサイクルの合間だから、グループや曲のこととかは全く詳しくない。ただ、一番心を込めて歌っていた声に覚えがあった」
(他はまあ……言わんほうがいいだろう)
墨也は小さな机とインスタントラーメンを二人に押し付けながら記憶を掘り返す。
しかし十代から三十代の男なら知らない者はいないはずの国民的トップアイドルを、顔ではなく声と筋肉、精神性で判別しているのはこの男らしいだろう。生活サイクルもまあ、らしいと言えばらしい。
なお墨也は言葉に出さなかったが、他のアイドルメンバーは地位や顕示欲の邪念が歌に籠っていたため、殆ど記憶していなかった。
「天海の声は覚えがないな。一緒にアイドルをしているという感じじゃないのか」
「モデル業を少し」
「なるほどモデルか。それだけしなやかに鍛えられている筋肉なら、さぞかし売れているだろう」
(ひょっとして……)
(容姿は表情筋。スタイルの起伏も大胸筋とか大殿筋の延長程度に思ってるのでは……?)
芸能界の荒波に多少は関与して、人を見抜く目を養っていた碧と青蘭は、筋肉筋肉と連呼する墨也の性質に早くも気が付く。脳筋が分かりやすいだけとも言うが。
(でも……)
だがそう単純な話ではないことも分かっている。
怪物になりかけていた碧と、腐った体と化していた青蘭の顔に手を当てて、じっと見つめていたことを考えると、単なる筋肉や美醜ではなく本質を見ていたと考えられる。
そしてそれは、変わり果てた末の拒絶を恐れている二人がなによりも望んでいることだ。
不安定な状態のせいで何度も因子が活性化し、その度に直視されて逃げも隠れもできない状況に陥る碧と青蘭の心に、闇が入り込まないと断言できる者は存在しないだろう。
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