最初にして原初の呪い

前書き

前日に予告なく二話連続投稿しております。結構大事なことを書いてあるので、ぜひそちらからご確認ください。



(さて……)


 撮影をするため機能的な競泳水着に着替えた青蘭は、眩しい海原や日焼けしていない白い肌が少しだけ外気に触れていることを気にせず、遠くにいるアイドルグループに注意を払う。


「ありゃあ……ちょっと普段使ってる水着より際どいみたいね……」


「お気になさらず。全国の子猫ちゃんを釘付けにしますよ」


「まあ頼もしい」


 女性スタッフが青蘭の白い肌に気が付くが、彼女は全く気にしていない。


 養母は自分が世界で一番きれいだから、世の人間は男も女も目に焼き付けろ。そら見ろ、ほれ見ろ。と公言するような人物だったため、青蘭もいつの間にか自身の写真を撮られて販売されることに忌避感を持たないどころか、さあ自分を見るといい。と言ってのける女になっていた。


「それにしても青蘭ちゃんは凄い人気ね」


「なにがです?」


「青蘭ちゃんが着替えている間に、あっちのメンバーの一人が近くに来てたのよ。多分、サインが欲しかったんじゃない?」


「やはり私は罪作りな女のようですね。ちなみに誰です?」


「えーっと、右の方にいるオレンジの水着を着てる子。人気投票で三位だったかしら……」


「ははあ」


(私に用事? 碧との関係がどうなってるか探りに来た? 三位なら現実的に一位を狙える。センターの碧を邪魔と思っていてもおかしくない。それとも下種の勘繰り? 落ち着け私。間違ってたら失礼どころの話じゃない)


 スタッフの話に過敏な想像をした青蘭は、最近のことでピリピリしている自分を戒める。


 ただ、碧との関係の延長上で何度かグループとの接点があるのに、今このタイミングで接触があったのは不自然だった。


「ふー」


 一方、その碧は若干羞恥心があるのか、清楚なツーピースの白い水着で身を包み、息を吐きながら落ち着こうとしている。


 しかしながら、普段は清楚なのにスタイルは男の本能をくすぐってしまう碧の魅力が、水着になったことで余計顕著になってしまい、男性スタッフの目を釘付けにしてしまう。


 ぎりっ。


 それを見ていたアイドルの一人、青蘭が注意を向けていた女が歯ぎしりをする。


 誰しもが嫉妬とは無縁でいられない。それは自分の美や容姿を売りにする者もそうだ。


 業界で頂点に立ちたい。最も有名になりたい。だが二位は僅差で敗れたからまだいいものの、一位である碧は圧倒的大差でトップに君臨して勝ち目がない。


 なら盤外戦術で退場してもらおうと考えて、碧のあることないことを噂として流した。


 しかし、ファン界隈で炎上はしても、碧には逃げ場も横道もなかったためアイドルを続けるしかなく、今も仕事の場に来ていた。


 その姿がまた女にとっては苛立たしく、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うべきか、碧のパートナーである青蘭にまで理不尽な憎しみの矛先が向いていた。


 だから……だからちょっとした出来心なのだ。自分は悪くない。あの女達が悪いのだ。それに正規の手順じゃないちょっとした悪戯だから大丈夫だ。別に殺意はないから問題ない。


 愚かな理論武装が完了した女は物陰で自分の鞄を漁ると消しゴムを手に取り、目立つ緑色と先程回収した青色の髪を一緒に巻き付けて、安全ピンで串刺しにした。


 鞄の中で行われた稚拙も稚拙。幼稚も幼稚な、丑の刻参りとも言えない行い。


 異能が溢れた現代において、呪術がどれだけ危険かは学生時代から叩き込まれているのに、それに手を出す愚行。


 確かに素人が丑の刻参り擬きをしようがなにも起きず、そもそも退魔の力を宿すマキナイの碧と青蘭は影響を受けない。


 だからこれは単なる遊び。


 などというものが呪いの世界で通じるものか。


 女にとっての不幸は、青蘭を巻き込んだ上で呪いの形が丑の刻参りを意識したものであったことだろう。


 碧もその要素はあるが、擬きでも覿面に効果があるほど、丑の刻参りは特に青蘭と相性が良かった。もしくは最悪だった。


 正確には丑の刻参りで願い奉る神の系譜と。


「え?」


 それが女の最後の言葉となった。


 キズナマキナのセンサーに引っかからない程の異常。


 一瞬で人体が血の塊に変貌した女は、続いて発生したおどろおどろしい炎に燃やし尽くされ、誰にも気が付かれることなく消滅する。


 そして炎もまた形を留めることができず消失する。


 続く異変はすぐに起こる。


「え!?」


「これは!?」


 驚愕する碧と青蘭の周囲にいた人間全てが消え去り、砂浜は薄い靄のようなものが漂っている。そして太陽は陰り静寂が満ちて、生物の鼓動はどこからも感じない。


「「マキナモード!」」


「青蘭!」


「碧!」


 明らかになんらかの術に巻き込まれたと判断した二人は、マキナモードを展開して臨戦態勢となり合流する。


「センサーに異常はないのに!」


「救援無線を試そう!?」


 碧がマキナモードのセンサーが異変を感知していないことに混乱し、青蘭が無線通信を試そうとした時、周囲一帯の景色がぐにゃりと歪む。


「え?」


「は?」


 ポカンとした二人の視線の先では、砂浜とは異なる風景と自分が映し出されていた。


『あああああああ!?』


 ライブ真っただ中で煌びやかなステージの上にいる碧が悲鳴を上げる。


 体がボコリと蠢き、腕と体が鳥のような羽毛に覆われ始め、更には足も変質して魚の尾鰭のようになる。


『化け物だあああ!』


『ひいいいいいいいい!』


『逃げろおおおおおおおお!』


 その姿は鳥と人魚を掛け合わせたかのようなキメラであり、観客や他のアイドル、スタッフがパニックになって逃げまどう。


 一方の青蘭も悲惨だ。


『っ!?』


 同じライブ会場にいた青蘭の頭髪がごっそりと抜け落ちると、日焼けした肌としていない白い肌の区別なく、見る見るうちに体が腐敗し始めて蛆が這いまわる。


『こっちもだ!』


『うわあああああ!』


 またしても超常の現象に巻き込まれた人間達は、腐乱死体のような青蘭にもパニックを引き起こし、一刻も早く逃げ出さねばと足を動かす。


「これ……これは」


「幻惑だ碧!」


 呆然とする碧へ力強い言葉を発する青蘭だが、二人とも自身で把握していない部分が、この光景は未来。もしくはあり得る可能性の一つだと囁きかける。


「また!?」


 再び歪む景色に身構える二人だが、次に現れたのは先程までいた砂浜だ。


 更にまた景色が歪む。付き合い始めた二人がデートをする光景。


 歪む。学園の入学式の光景。


 歪む。調査の結果、マキナイの素質があると見出される光景。


「時間軸の乱れに巻き込まれたかも!」


「なら……!」


 過去の光景を遡るような事態に、碧が最悪の予想を思いつく。だが青蘭はそれが正しい場合、ライブ会場で変質した自分達は未来の姿なのではないかと考えてしまった。


「センサーに異常!」


「妖異の反応だ!」


 しかしその考察を続ける前に、マキナモードが近づいてくる大量の敵性反応を感知する。


『ああああああああああああああああああああああ!』


『死ねええええええええええええええ!』


『殺してやるううううううううううううううううう』


 迫りくるのは変わり続ける光景に影響されることなく走り寄る、数百もの歪んだ女の怪物達だ。


 顔も口も歪み、憎しみと嫉妬しか宿っていない瞳で狂乱する女の群れ。だが奇妙なことに黒髪黒目の東洋人と、金髪碧眼の西洋人が混在している。


「パワーソング!」


「マーメイドタイフーン!」


 明かな殺意を叫ぶ妖異達を迎撃するため、強化された水の槍が発射された。


 しかし……。


「効いてない!?」


「そんな!」


 爆走する女達は水の槍をものともせずに突き進み、異常な速さでどんどんと距離を詰める。


「後退しよう!」


「分かった!」


 このまま群れに呑まれては危険だと判断した碧と青蘭は、全速力で後退することを決断するが、僅かに狂乱する女たちの方が早く、このままでは追いつかれてしまうだろう。


(マズい! 徒歩のくせに私より速い!)


 青蘭は追いつかれてバラバラにされる自分を幻視する。


 だがここで妙なことが起こった。


『ぎゃああああああああああああ!?』


 青蘭から僅かに香る匂いを嗅いだ東洋風の女達が、身を捻じって苦しみ足を止めたのだ。


(なんだ!? でもまだ半分残ってる!)


 訝しむ青蘭だが、敵の戦力が半減しただけでまだ西洋風の女達が残っていた。


 しかし次の瞬間、周囲の風景が殊更大きく歪むと残った女達もどこかに置いていかれたかのように消え去る。


「た、助かった?」


「いや、まだゆ」


『いいわね青蘭』


 それを確認した碧がほっと一息吐き、青蘭が警戒を続けるよう促そうとした。だが風景から聞こえた声に、青蘭はぴたりと固まってしまう。


 そこは桃に溢れた一室だが、青蘭の部屋ではなくもっと古い光景であり記憶。


 養母と一緒に暮らしていた部屋だった。


『身の回りには絶対桃を置いておきなさい。それと魚は……まあ一応、念のため食べないようにしておきなさい』


 豊かな金髪をなびかせる絶世の美女が幼き青蘭に言い聞かせている。


 いや、絶世の美女という表現では収められない。青い瞳は宝石のようにキラキラと輝き、真っ白な肌は大理石を磨きぬいて生み出されたかのようだが、なにより魂すら奪い去ってしまいかねない程、完璧なまでに顔立ちが整っている。


 その上更に、体のスタイルは性別を問わず堕落させてしまいそうなほど蠱惑的で、完璧な女と呼ぶに相応しいだろう。


「お、お母さん……」


 青蘭はその女……自分を引き取った養母の顔と声を十年近くぶりに認識した。


 そう。青蘭が奇妙な習慣をすることになった原因だ。


『あなたはちょっと特殊な生まれだから色々苦労するわ。でもくじけちゃ駄目。負けちゃ駄目。生きて生きて、よぼよぼのお婆ちゃんになってから私のところに顔を見せに来なさい』


 女が青蘭の目をじっと見つめながら言葉を送っている。


『……っ。ああもう! 直接何が起こるか言おうと思ったらいつもこれ! ルール違反してる自覚はあるけど、もう少し融通が利いてもいいじゃない!』


 女は何かを青蘭に伝えようとしたようだが、その部分だけつっかえたように声が出なくなるようだ。


『でもまあいいわ。一番ヤバいルール違反のこれを認識できないガバガバなんだもの。青蘭、これを渡しておくわね』


(葉っぱ?)


 碧はなにやらぶつぶつと文句を呟く女が、青蘭に手渡した物に疑問を覚える。


 大事そうに。本当に大事そうに慎重な手つきで取り出したのは、なんの変哲もないように見える葉っぱだった。


『お母さん、これなぁに?』


『あなたがいい子のままだったら使える、とっておきの切り札よ。お母さんが実家の庭からパクッて。ごほん。持って出て行った葉っぱ』


『もー! 青蘭はいい子だよ!』


『ふふ。そうね。ごめんなさい』


 碧が疑問を覚えている間にも、女と青蘭の会話は続く。


『続けるわね。青蘭はいい子だから、宿命があなたに追いついて、本当に危険だと思った時はこれを使いなさい。でも気軽に使っちゃ駄目よ。切り札も切り札なんだから』


『うん。分かった』


『やっぱりいい子ね』


『でもお母さん、なんだかいろんなことを知ってるね』


『当り前よ』


 青蘭の記憶通りの養母がニヤリと笑う。まだ、彼女が現世にこっそり忍び込めていた時期の養母が。


『お母さんは全知の入り口の、かなり手前くらいにいるんですもの。それじゃあ、使い方を教えるわね。ああそれと、渾身の力で青蘭と葉っぱの遮蔽もしておかないと』


 養母は机に置かれていたイチジクとリンゴ。どちらを食べようか悩みながら、葉の使い方を青蘭に教えた。


 景色が再び歪み始める。


『ああああああああああああああああ!』


 それと同時に狂乱した女達が再び現れ青蘭と碧に迫る。だが青蘭は女達ではなく、マキナモードの収容空間に入れていたロケットペンダントを取り出して凝視する。


 そして……中にあった葉を取り出した。


 この世に現存する筈がない。してはならない葉を。


 恐らく最古に分類される最初の葉の一つを。


 そして青蘭の養母はで暮らし、を食べていたため使い方の悪用方をっていたし、それを娘に教えていた。


 青蘭は指をかみ切ってそれに血を垂らす。


 あの地に明確にあったことで知られ、意味するところは希望。愛情。信仰。幸福。


 そして復讐である……。


 四葉のクローバーに。


 震える声で青蘭は言葉を紡ぐ。


「神様神様神様神様。どうか私達を助けて下さい。神様神様神様神様。神様神様神様神様。神様神様神様神様」


 絶対に行ってはならない手順と唱えてはならない呪文。


 全次元最悪の儀式。


 四葉のクローバーに血を垂らして四回四度呼びかける。


 百年近く前に押し入れの中で震えていた少女の前にナニカが現れた時のように。ナニカの息子が親友の声に応えた時のように。


 ベンチに座ったナニカが朗らかに笑い関わりを断った。


 誰も認識できない一瞬だけ、ぎょろりと赤い目玉が世界の全てを覗き込んで関わりを断った。


 代わりがいるからだ。


 最も近くにいた者と成立した。起こってしまった。


 突然現れた輝く大アルカナ。22枚がぐるぐると回転しながら、強大な二つの樹を描く。


 その内の一枚、No.6恋人ラバーズだけが完全に外部からの意志を受け逆位置となり、描かれている女が男に蹴りをかまして絵柄を独占した後、ウインクして消え去る。


 解釈は通常と異なり、あえて表現するなら失楽園。


 そして。


「冥界へ帰れ」


 常世と現世の狭間で、どろりと湧き出た黒き闘神が狂乱する女の怪物達の前に立ち塞がった。

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