呪い

 墨也が生み出した真っ黒な空間で機神達と黒き闘神が激突する。


『やあああああ!』


『はあ!』


 ギガントマキアの装甲越しに桜と赤奈の声が轟き、巨大すぎる機械腕が迫る。


『突撃ー!』


『猪突猛進』


 スコーピオンの外骨格から真黄と心白の声が響き、複数の巨大蠍が群がる。


『やるぞ紫!』


『うん!』


 ヒュドラの鱗から銀杏と紫の声が発せられ、十首が包み込むように襲い掛かる。


「……」


 対する墨也は無言で構えすらなく迎え撃つ。


 正面からの機械腕、いなす。


 四方からの毒針、いなす。


 八方から伸びてくる首、いなす。


 受け流し、受け流し、受け流し続ける。


 腕を逸らし、針を逸らし、首を逸らす。


 黒き闘神の手で僅かに触られただけで、圧倒的質量を誇る筈の機神達は矛先をずらされてしまい、紙一重で避けられてしまう。


(これだけやってるのに!)


(凄い凄い凄い!)


 キズナマキナの中で最も武に長けている銀杏と紫は、何度目かも分からない驚愕と畏敬で胸の中を膨らませる。


 ハリケーンよりも遥かに恐ろしい暴風を受け、巨神、蠍、蛇で構成された蜂球に囲まれているのに小動もしない有様は、異常の一言だった。


 ◆


「少しずつフェイズⅡの稼働時間が伸びてるし、動きもよくなってる。慣れてきたようだな」


「はい!」


 模擬戦闘を終えたキズナマキナ達がへたり込む中でも、墨也は闘神としていつも通り彼女達を評価する。


 度重なる実戦、墨也との模擬戦闘を経験した桜達はフェイズⅡにも慣れ始め、その稼働時間を延ばすことに成功していた。


「ただ、初見の相手と戦い攻略法を模索するのも必要だ。という訳で、近いうちに知り合いの教官が来てくれることになった」


「教官ですか?」


「ああ。ざっと……どれくらいだ? 多分、百年近く稼働している式神だ。数々の生徒を一人前に育て上げた実績がある。外見や能力は初見で対応してほしいから内緒だ」


 妙なことを言い出した墨也に、桜がこてんと可愛らしく首を傾げる。


 どうやら教官の役職を冠する式神が来るようだが、筋肉達磨の墨也がそんなことを言ってしまったせいで、キズナマキナの脳内では筋肉ムキムキの米兵がイメージされてしまった。


「とは言っても、教官とこっちに送り出してくれるひい爺さんの都合やらなんやらがあるから、詳細な日にちはまだ分からん」


「送り出す? ひいお爺様にご挨拶は……」


「いや、直接は来ない。ひい爺さんはデカすぎるから、気軽に動いていい立場じゃないんだ。ひいひい爺さんと合わせてこの二人は別格でヤバイ」


 あやふやな予定を告げる墨也だが、尋ねた赤奈を含めたキズナマキナは彼の曽祖父とやらにどうしてもご挨拶をしたかったようだ。


「まあ、本体を呼ぶ方法もあるにはある。ひいひい爺さんとか完全な偶然で呼ばれたし。だが下手すりゃ世界のどっかが拉げるな……手順が簡単な割に出てくるのがひいひい爺さんとか色々ガバガバすぎる」


 墨也はブツブツと呟きながらどこか遠くを見る目になってしまう。どうやら世界は薄氷の上にいるようだ。


「身内のことは一旦置いておくか。とにかく、教官が来るのを楽しみにしておいてくれ」


 気を取り直した墨也は女性陣にそう言って締めくくる。その教官の方が楽しみにしているかはさておき。


 ◆


 数日後。


 学生キズナマキナの中で唯一墨也との関わりがないコンビである碧はグループと共にバスで。青蘭は撮影スタッフの車で海に向かっていた。


(私に視線が向いてる……)


 バスの中にいる碧は、メンバーから向けられている視線に気が付いていた。


 スキャンダルの噂が本当なのか。本当だとしたら誰が流したのか。もし碧が表に出られなくなったら、誰が次のセンターを務めるのか。自分こそがトップに相応しいのだからとっとと消えろ。そういった類のものだ。


 世間では仲良しグループで確執などありませんと演出していても、三人集まれば派閥ができる人という種が三十と少々いれば、それだけで面倒なことになるのは当然だ。


(アイドルをするのは好きなんだけど……)


 歌って踊ることが好きな碧はアイドル活動自体は好んでいた。そのためここ最近、心機一転してグループを抜け、個人でやり直せないかと考えることがある。しかし、碧の母が望んでいるのは最も知名度があるアイドルグループで頂点に立つことであり、そんなことは絶対に許容しないだろう。


(お母さん……)


 碧は、母がアイドルというものに固執している理由を察している。


 母もまたアイドルだったが日の目を見ることなく、失意のうちに芸能界を去っていた。その代償行為として、碧が幼いころからアイドルになれと言い聞かせ、自分が果たせなかった夢を娘で成し遂げようとしているのだ。


 不幸中の幸いなのは先程も述べた通り、碧がアイドル活動を好んでいることと、その才能に恵まれていることだが、他の点では常にマイナスの影響を与えていた。


「ふう」


 碧が僅かに息を吐くと同時に、別の車にいた青蘭も同じように溜息を吐く。


 それは泳ぐことが好きな彼女が海を見ても変わらず、ぼんやりとした瞳で眺めていた。


 そして青蘭は無意識に首から提げているロケットペンダントを掌で包み、中にあるものを思い出す。


 幼い青蘭が桃を食べ、養母がイチジクを食べながら一緒に映っている写真。


 それと……。


 瑞々しい……とある庭園から持ち出された葉が揺れていた。

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