歌姫と人魚

「さあて、やるとしようかね!」


「うん! 行こう青蘭!」


 逢瀬を終えた青蘭と碧はキズナマキナ用の戦闘訓練場にいた。


「「マキナモード!」」


 碧と青蘭の指輪が光り輝く。


 碧のマキナモードは背に大きな金属製の羽が伸び、顔の付近を複数のマイクとスピーカーが浮遊している特殊なものだ。


 一方、青蘭のマキナモードは人魚と呼ぶに相応しく、下半身は魚の尾鰭のような装甲で覆われて宙を舞い、まるで空飛ぶ人魚姫の様だった。


 そしてこの二人の相手はいつものお馴染みである棒人間の式神だ。


「パワーソング!」


 碧の周囲で浮遊するスピーカーから、重低音と軽快さが混ざった音楽が流れ始める。すると青蘭のマキナモードが淡い光に包まれて輝きを増す。


 碧のマキナモードは広域支援型強化増幅機とでも呼称すべき存在で、周囲一帯のマキナイやキズナマキナの能力を底上げする機能を有していた。しかしその代わり、直接的な破壊力や威力に関する能力は低く、一部の人間から後方職のバフ特化などと認識されている。


「マーメイドタイフーン!」


 一方、青蘭のマキナモードも見るからに分かる力を宿しており、尾鰭がしなやかに動くと周囲に複数の水が生成されて球形になる。


「いけ!」


 そして青蘭の号令の下、球形だった水の塊は鋭い槍のようなものになり棒人間へ襲い掛かった。


 対する棒人間は特殊な個体で空中を飛翔することができる。目指すは当然、強化を施せる面倒な碧だがまずは槍となった雨を回避しなければならない。


「通行止めさ」


 棒人間は合計で八本となる水の槍を間一髪で躱しながら碧との距離を詰めようとしたが、その間に青蘭が空を泳ぎながら割り込み進路を塞ぐ。


 しかもその間、碧は棒人間との距離を一定に保つため飛行を続けている。


 青蘭は最高速度こそ少々劣るものの、小回りや運動性に優れており迎撃や乱戦において力を発揮する。一方の碧はその逆で、複雑な機動は出来ないものの一直線の動きにおける最高速度は、それしか考えていない猪突猛進状態の桜の次に優れている。


 つまり棒人間は、逃げに徹して強化を続ける碧と、縦横無尽に動いて敵を食い止めることができる青蘭のコンビを相手にしないといけないのだ。


「せいや!」


 強化を受けている青蘭が水の槍を手に持ち、学生が操るマキナモードとは思えぬ腕力で突き刺すと同時に、また別の槍が生成されて棒人間に発射される。


 青蘭は単体で運用した場合、もう少し水の生成に時間がかかるが、碧の強化を集中的に受けているとその時間を大幅に短縮できる。


「やはりいいコンビであり、いやらしいコンビだな」


「ああ。敵からすればうんざりだろう」


 地上にいる教員達は碧と青蘭をそう評する。


 余程の存在でもなければ青蘭を振り切って、しかも碧に追いつき強化を止めることは不可能であり、完成されたコンビと言えるだろう。


「式神の方はもう少し調整が必要だな。空戦特化型と言えるようなものが欲しい」


「確かにな」


 雨のような槍を回避しきれず被弾し、青蘭に絡めとられている棒人間に物足りなさを感じた教員達は、更なる調整と強化を行おうと決意した。


 棒人間が消滅したのはそのすぐ後だった。


 ◆


「お腹が空いた空いた」


「私も」


 訓練を終えた青蘭と碧は食堂に向かう。


 アイドル、モデルとして活動している両者は本来ならカロリーを気にしなければならない立場だが、若い上にマキナイとしての訓練がハードであるため、どれだけ食べようと体形が崩れることがない。


「おっと……今日の日替わりは魚だったか……それならカレーにしよう」


「私は日替わりにしようかなー」


 食堂前の入り口に張り出されているメニューを確認した青蘭は日替わり定食を避けてカレーにすることに決め、碧は逆に日替わり定食を頼むようだ。


「それに桃ジュースっと」


「本当に好きだよね」


「私の血は桃でできてる」


「はいはい」


 ついでに青蘭は自動販売機でまた桃ジュースを購入した。どうやら非常に高頻度で飲んでいるらしい。


「おい。歌川だ」


「あ、本当だ」


 ここで碧に気が付いた男子生徒達が熱い視線を送る。年頃の男らしいというべきか、碧が精神的に参っているという噂が広がるのは早く、【善意】を抱いている者達が多くなっていた。


「天海さんだ……!」


「きゃ……!」


 一方、女子生徒は青蘭に視線を送る。青蘭は同級生の女子生徒の一部から、理想の王子様として見られており、碧の立場を羨ましく思っている者が幾人か存在していた。


 それに気が付いている青蘭が、碧の耳にこっそり口を近づけた。


「私達が恋人だってことを、この場で再確認してもらおうか?」


「騒ぎで鼓膜が破れない方法ならね」


「おっと。それなら別のに変えないと」


「なにする気だったの……」


「人工呼吸とかさ」


 青蘭の艶のある唇から紡がれた言葉を独占した碧は、青蘭のとんでもない作戦を聞いて思わず顔を赤らめてしまう。


「もう……!」


「ははははは」


 場にそぐわない提案をされたことで抗議する碧に対し、半ば本気で提案した青蘭は笑ってごまかす。


 あまりにも貴い光景だろう。


 少々面倒なことが起こっているものの、恋人同士が戯れている日常の幸せ。


 しかし人間の中には表に出さない日常を持つ者がいる。


 青蘭にもその日常があった。


 ◆


「……」


 学園の授業も終わり寮へ帰った青蘭は無言で電気をつける。


 誰も迎え入れたことのない部屋は異様の一言だった。


 至る所に桃を象ったシールが貼られ、桃の形をした置物だってあちこちにある。冷蔵庫の中も腐らない程度だが桃かそれに関する食材が溢れており、はっきり言って正気の人間の住処とは思えない。


 青蘭の部屋がこうなったのは彼女の養母が原因だ。


 幼い頃に両親が亡くなって養母に引き取られた青蘭は、奇妙な習慣を強制させられた。


 そのうちの一つが常に桃と関わることであり、他には決して食してはいけない物の指定があった。


 更にもう一点。養母は青蘭のベッドの下に隠されている、なんの変哲もないように見える葉っぱを異常なまでに重要視し、遠出をする際は必ず持って行けと彼女にきつく言い含めていた。


「ふう……」


 溜息を吐く青蘭も、自分の身の回りが明らかにおかしいと分かっていたが、幼少期からある意味で縛られているに等しいのだ。


 誰にも明かせない日常という秘密を抱える青蘭は、今日もまた定められた習慣に従っていた。

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