渦の中と外
桜の部屋にはプロテインと筋トレグッズが増え、赤奈の部屋では赤い観葉植物を迎えるための準備が進む。
真黄の部屋の化粧品は落ち着いたものに変わり、心白の机には鍼灸に関する本が並び始める。
銀杏の机には装着するか迷い続けているアクセサリーが鎮座し、紫の本棚には隠されたスペースが生み出されていた。
だがキズナマキナが黒く汚染されても、世界はいつも通りに流れ続ける。
定期的な催しである墨也との模擬戦を終えた戦乙女達は彼の部屋で寛いでいた。
『混乱が続く統合本部で新たな逮捕者が』
「落ち着かんな」
「落ち着きませんねー」
テレビで流れるニュースに呟いた墨也に対し、疲労でぺちゃりと潰れたような桜が同じ言葉を繰り返す。
「何人目の逮捕だ? 五人目? 全体を合わせたら十人とか?」
「多分」
身を寄せ合うようにソファに座っていた銀杏と紫も、どこか呆れたようにニュースを見ている。
霊的国防機関の汚職は徹底的に追及され続けており、政界や財界を巻き込んで逮捕者が続出している有様で、統合本部は大混乱。
と言い切れないのが面白い話なのか、馬鹿話なのか分からない事態となっている。
「普段からいるのかいないのか分かんないのが逮捕されたって聞いたけど?」
「私も」
真黄と心白の言っているのは末端の人物ではない。
統合本部の上層部の席に座っているくせに、実務はノータッチで甘い汁だけ吸っていた人物が多く逮捕されたため、統合本部の職務自体には影響なかったは不幸中の幸いと表現すればいいのか……。
いや、なんの救いもなく、国内外から心底馬鹿にされている状況である。
「本気も本気。マジでひい爺さんが来そうだな……」
「墨也さんのひいお爺さんですか?」
「ああ」
プロテインを計量しながら墨也が呟くと、何気なく傍に寄った赤奈が首を傾げる。
その近寄った赤奈の動きは見事なもので、熟年の夫婦も及ばないだろうほどだ。
「どのような方です?」
「ふむ……まずは和装で品のいい、ニコニコ顔の好々爺を思い浮かべてくれ」
「はい」
「そこへ和装の代わりに暴走族の特攻服を着せるんだ」
「はい?」
「最後に喧嘩上等。よろしく! って感じのセリフを付け足せば完成する」
「え!?」
「つまりそれだけ外見と中身が一致しない。ここで大事なのは統合本部とは違う霊的国防組織に協力してたから、妙にそういった類の組織に対しては理想主義なんだよ。だから統合本部の有様を見たらプッツンするかもしれん」
墨也の例えに混乱したキズナマキナ達は、思わずパートナーと視線を合わせてしまう。だが常識人のようで非常識な墨也の曽祖父なのだから、このくらいは当然と言えるだろう。
しかし異様な光景だ。
男の目を釘付けにする美女、美少女が六人もいて強い念を筋肉達磨に送っているのに、その筋肉には受容体が存在せず跳ね返している。
ついでにいわゆるフェロモンのような物もこれ以上なく発散されていても、六人分の第六感に作用する香りは、ダンベルを持った筋肉に負けている有様だ。
それどころか寧ろ、部屋の各所に残っている筋肉の匂いを感じて、キズナマキナの方がそわそわしていた。
(ああくそ……)
(ドキドキするぅ……)
特に重症なのは銀杏と紫だ。
優秀な男を捕らえて勢力と財を築いてきた生まれの二人は、墨也の生活感がない社なら大丈夫だった。しかし今現在はその時よりも色々と悪化しているのに加え、代々の血筋、女としての本能、そして感情ががっちりと噛み合ってしまっており、墨也の生活空間は毒に等しかった。
このように、ニュースで繰り広げられている馬鹿騒ぎは、学生のキズナマキナである少女達には直接関係ないものであり、もっと目先の物に注意を払っていた。
だが残る二人。特に歌川碧は少々崖っぷちだった。
◆
「はあ……」
自室で溜息を吐く碧。
あまりにも愛らしい顔に似合わぬスタイルのよさ。そして素晴らしい歌声で瞬く間に国民的アイドルに駆け上がった碧だがそのせいで敵も多い。特に同業者のアイドルは目の敵にしており、陰口など日常茶飯事だ。
それは碧が目立てば目立つほど酷くなり、最近は様々な事件にも出動しているため余計に脚光を浴びて陰口が酷くなる悪循環。
しまいには業界関係者の話として、碧が交際を宣言している青蘭との関係は単なる百合営業であり、大物プロデューサーとの枕営業で地位を勝ち取ったのだと言う噂が流れ始めた。
この噂の面倒なところは、碧の所属しているアイドルグループ。もしくは関わりの強い業界関係者ではないと知る筈がない、彼女の私生活の情報もセットで流れたことだ。
そのため一部の愉快犯が便乗して信憑性があると結論され、極一部のかなり特殊なファンが真に受けて碧の写真集を燃やし、CDを叩き割った報告をSNSでご丁寧に行っていた。
「アイドルって大変だなあ……」
ぽつりと呟く碧は原因を特定することもできたが、どうも同じアイドルグループの複数人が噂の発生源なのではないかと勘が囁き行動に起こせなかった。
三十人近くいるアイドルグループなのだからそういった者がいないとは断言できないし、逆に最近になって目を輝かせながら入ってきた後輩だっている。そこへ同じアイドル内での不和が暴き立てられると、メディアはセンセーショナルに囃し立てて下手をすれば活動休止も考えられた。
尤も碧は霊的国防に関わる立場のため、少なくとも今現在は大手のメディアが騒ぎ立ててないのは救いだろう。
そんな碧がアイドル活動を続けているのは、母親との約束があるからだが、美談と言うには少し違った。
ピロン。
「お母さん……」
端末に飛び込んできたメールが、母からのものだと確認した碧は僅かに躊躇しながら内容を読む。
そこには妙な噂にはきちんと対応すること。これからもアイドル活動を頑張るようにと念押ししている文字が簡素に書かれていた。
稀によくあると表現される話だ。
親の方が我が子がアイドルになることを望み、それ以外の選択肢を示さず一本道の端を壁で塞いでいるような話。
その望んだ道以外は悪であり、子が他の道を模索したら断固として拒否する。裏もなくただそれだけの話だった。
「がんばろう……」
握手会では露骨に無視して素通りする人間が出始めた国民的アイドルは、誰かに縋れることなく呟きだけを闇に溶かすのであった。
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