第三章完 終着点と新たな予兆

「それでは本日もよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 魔気無異学園の一室で鎮守機関から派遣されている老巫女の古田が頭を下げると、教えを受けるの女生徒も頭を下げる。


(あ)


 その際に銀杏と紫は自分の指輪に視線が向いた。


 紫色に輝いていた銀杏の指輪と銀色に輝いていた紫の指輪には、決して消えない黒が滲んでいる。


 巫女の教育を受けることになったのだから、紫と銀杏がどういう立場になっているかは誰もが分かるだろう。


 ダークマキナモードとエキドナの発現で銀杏と紫もまた奈落神の巫女候補となり、要請された二人は迷うことなく受けてこの場にいた。


 そして指輪は奇妙な熱を宿していたが、銀杏と紫は不快に思うことなく寧ろ逆の手でそっと指輪を包んでその温かさを感じる。


「授業の前に尋ねるのですが、周りで必要以上にすり寄ってくる。もしくは邪魔になる程に騒いでいる輩はいますか?」


「いえいません」


 巫女の授業には直接関係ないように思える古田の質問に年長の赤奈が答える。


 普段ならあまり意味はない問いだ。普段なら。


「今のところ……ですが……」


「ふう……」


 歯切れの悪い赤奈と息を吐く古田の姿が現在の状況の面倒さを物語っていた。


「皆さんは学園や統合本部、我々鎮守機関、極論すれば日本政府の意見も時として無視しなければならない、国家鎮護のお役目に関わられています。もし不必要に介入してくる者がいればすぐに知らせてください」


「はい。分かりました」


 態々古田がこんな話をするのも、赤奈だけではなくキズナマキナ全員が頷くのも、全ては統合本部の混乱が原因だ。


 ◆


(揉めてるな)


 墨也はプロテインを吟味しながらテレビに視線を送る。


『こちらが現時点で分かっている統合本部の不祥事。もしくは疑惑になります』


『よくぞまあこれだけ。と言うべきでしょうかね』


 テレビの中で司会と解説者が呆れていた。


 統合本部を筆頭に鬼の事件が起きた現地の行政機関、政府に至るまでが揺れている。


 かつて鬼の本拠地だった最重要の場所の結界が弱っていただけに飽き足らず、守るための予算がどこかへ消えていた。だけならまだマシだった。


 結局その人間という種の愚かさは鬼の復活という最低最悪の結果を引き起こし、挙句の果てには奈落神の報告によって日本を破壊しつくせる酒呑童子と八岐大蛇復活の瀬戸際だったことまで発覚したのだ。


 一歩間違えれば日本が消滅していたなら流石に各所も重すぎる腰を上げる。


 奈落神が待ちぼうけを食らって意識に欠けていると非難された統合本部は、なんとか上層部の首を守れていたが今度という今度はそういかない。


 現地の行政機関と同時に統合本部にも調査が入り、徹底的に調べられると出るわ出るわ。今までの不正蓄財や裏金、仕事が伴っていない中抜き、談合。果ては国外の女との疑惑が表沙汰になり、大スキャンダルに発展した。


『理事会の半数以上がなんらかの不正に関わっていたようですから、統合本部という組織自体が残るかも微妙なところでしょうね。そもそもトップの多くが専門家ではなく素人なんですから』


 分かり切っていたことを語るコメンテーター達に墨也は興味を持たない。


 統合本部の成り立ちは非常に単純な政治が絡んでいる。


 政府が増え続ける異能者の管理と妖への対処を行うために設立した機関である統合本部は、省庁と同じ感覚で考えられた。


 つまりトップと取り巻きは政治家で、古来から退魔を生業にした実務の者達が中心となる。筈だった。


 ここで問題なのはトップの政治家達は神の利権を第一に考えていたことと、中心になる古来からの退魔士達が派閥も関係なしに霊的国防のためだから協力しろと国に無理矢理集められたことだ。


 外敵と脅威、目的があれば団結できるというのは妄想であり幻想だった


 結果出来上がったのは国家のためではなく、それどころか統合本部のためですらなく、政治力学、血族、派閥、取り巻き、部署のために頑張る存在だ。


 そこに国家鎮護の意思はなく、成立段階から既に破綻していたと言っていい。尤もちゃんと成立しようが最終的に似たような存在になるのはどこも同じであるが。


 更には妖怪達が今まで何とかなる程度の中途半端な脅威だったことも腐敗に拍車をかけた。これが日本や地方壊滅の危険性がある存在が度々出現していたなら、滅ぶか強制的に団結するかの二択だったが現実はそうではない。第三の選択肢、ほどほどに頑張って今まで通り人間の欲を優先する。が生まれたのだ。


 しかし大百足と蛟が関わる海岸での決戦。口裂け女の出現。鬼と八岐大蛇による滅亡の危機でその第三の選択肢が通用しない時代となった。


(どこもそんなもんだろうし、別次元にいる身内だって分かり切ったことだから興味を持たないだろうな。ひい爺さんだけは怒鳴りこむかもしれんが)


 それでも組織なんてものはその程度の存在だと認識している墨也はやはり興味を持たない。


 ただ墨也の曽祖父は統合本部と似ても似つかない組織で受けた感銘と経験があり、年老いた自分の参考にしている人物もいた。更には相談役という外部顧問をしていたせいか、妙なところで霊的国防組織に対し理想主義であり別の意見を持つだろう。


(それでも霊的国防組織かゴォラァ! 護国の剣の誇りはどこだ誇りはぁ! とか巻き舌で怒鳴るならまだマシだ。最悪の場合、初手で大粛清は基本だよなあ! とか言いながらいつのまにかトップの椅子に座ってるぞ。まあ、周りの被害を考えなければその方がいいのかもしれんが)


 墨也は霊的国防組織を纏め上げるという一点においてのみ曽祖父が出張ってくるのは有効だが、他で巻き起こす騒動を考えると若干のプラスといったところだなと遠い目になる。


「さて、そろそろか……って噂をすればか」


 超人的な視力で机に飾られている腕時計の時間を確認した墨也は、やってきた気配を感じて玄関に移動する。


「ようこそ」


「あ、墨也さん!」


「お邪魔します」


 墨也が玄関を開けると、授業を終えた桜がにぱっと擬音が付きそうな笑顔となり足早に駆け、赤奈は照れたようになりながら部屋に入る。


「お疲れ様でーす!」


「お疲れ様です」


 続いて桜に負けない笑顔の真黄が明るく、心白も黄色と白、そして黒が間に入り込んでいる臍ピアスを揺らしながら挨拶する。


「あの」


「えっと……」


 最後に男の部屋に入ったことがない銀杏と紫が玄関の前で戸惑う。


「気にせず入ってくれ。早速祝勝会といこう」


「は、はい!」


「お、お邪魔します!」


 だが墨也に声を掛けられると二人とも途端に笑顔になり、鬼の一件の祝勝会に参加するため邪神の巣窟へ足を踏み入れる。


 ぱたりと閉じられた玄関の扉は、善なる女を六人も飲み込んだのだ。


「えー、それでは乾杯」


「乾杯!」


 尤も本当に祝勝会であり、闇の儀式とは程遠い明るい声が響き渡るのであった。 

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