気高き花と毒花
墨也とキズナマキナの修行から早数日。
魔気無異学園の生徒達は銀杏と紫の変貌に気が付いていた。
「きゃっ!?」
短い悲鳴を漏らしたのは銀杏と出くわした同学年の女子生徒だ。
恐怖からではない。人殺しのような目が和らいだことで、研ぎ澄まされた本来の鋭さと機能美が際立っているからだ。
「戸鎖さん、なんか最近凄くない!?」
「うんうん!」
気高い狼のような銀杏は同性同年の女子生徒を興奮させてしまうほど、単純な表現をすると格好いい女となっていた。
「それになんだか目が離せないよね!」
「私も!」
興奮している女子生徒達が銀杏から目が離せなくなるのは、古来から人の上に立っていた血筋ゆえのカリスマ性のようなものを彼女が発しているからだ。
これは本来なら元々銀杏が持っていた力だが、少し前の彼女にはその余裕がなかったため発揮されていなかった。
それが再び放たれ始めたことで誰もが目を離せない孤高の戦士、もしくは女帝の様な存在と化していた。
更には男子生徒も惹きつけられていたが……。
(戸鎖おっかないんだよな)
こちらはつい最近まで人殺しのような目で睨みつけられた経験があるため、多くの男子生徒が尻込みしていた。
(でも金持ちっぽいんだよな)
だが名家に分類される家の者は、石野目家と戸鎖家が途轍もない資産家であることを知っていたので、その情報が僅かに広まり彼女達を手に入れれば逆玉の輿になれると馬鹿なことを考えた男もいた。
尤も男が金、地位、女で失敗することが絶えない以上は仕方ないだろう。なにせ有史以来、絶えたことがない業なのだからこれから先も決まり切っている。
ただ単に科学と文化が発展しただけであり、人類全体の本能は変化していないのだから。
一方、図書室では毒花が咲き誇り蜜を滴らせていた。
「ふうむ」
「あれ、心白ちゃん?」
図書室の隅にある参考書を読んでいた心白に、棚の陰からひょっこり顔を出した紫が声を掛ける。
その顔は数週間前からは考えられない変貌を遂げており、牛乳瓶の底のようだった眼鏡は大きなガラスはそのままに透明な物に変えられ、前から垂れ下がっていた髪も後ろに流されている。
今の紫はあどけないながらも妖しい瞳を輝かせ、スレンダーな銀杏とは真逆の素晴らしいスタイルを持った無垢と妖艶が相反する美女なのだ。
「やっほい紫。ちょっと鍼灸の資格ってどんなもんかと見てた」
「鍼灸……」
「ん。キズナマキナとしてやってくつもりだけどいつまでも前線で戦える訳じゃないし、妖異が出なかったら暇な時もあるでしょ。怪我で戦えない時もあるだろうし。だから資格の一つや二つあったほうがいいなって。それに気やら経絡関係は学園で勉強してたら取れるっぽいから丁度いい」
「なるほど……」
臍だしピアススタイルの心白がしっかりと人生設計をしていることに驚く者は多いだろうが、紫はある心当たりがあって納得する。
(いち、す……墨也さんのお店で働くつもりなのかも)
墨也を名前で呼ぶことに慣れていない紫は、心白の目的を察していた。
複雑な生まれで男を取り込むことに特化した一族であるためか、紫は心白達が意識と無意識問わず墨也に抱いている感情を感じ取っていた。
「銀杏は図書室にいる?」
「ううん別行動。でも大丈夫だよ」
「そ」
「うん」
心白は紫の近くに銀杏がいないことに気が付いて尋ねたが、男に対する忌避感が強かった紫は大丈夫だと微笑む。
「男はワンチャンあると思い込むから本当に面倒」
「あ、あはは。そうだね」
広い図書室なのにちらほらと男がやってきてると感じた心白は、無表情ながら心底面倒臭そうにする。これはいつも通りの事なのだが……苦笑しながら紫ははっきりと同意した。
この二人にとって。いや、キズナマキナにとって自分からアプローチを掛けてくる男は面倒な存在でしかない。
一方でその男達だが。
(石野目さんあんなに美人だったんだ)
(どれくらい金持ちなんだ? 噂によると凄いらしいけど)
(スタイルいいな……)
急に変化した紫の妖しさと背後にある資産に引き寄せられていた。
しかし話にならない。
地味だった紫と人殺しのように人相の悪かった銀杏の前に現れたのは、美しさや資産などといったものとは全く関係なしに現れた男なのだから。
「とりあえずこの参考書を借りよう」
「あ、私もちょっと借りようかな」
「明日はフェイズⅡの試験だっけ?」
「うんそう。頑張らないと」
目についた本を借りることにした心白と紫は、カウンターに足を運ぼうとした。
「あの、ちょっと石野目さんいいかな?」
そこへ付近にいた男子生徒が焦って紫に声を掛けた。
何度か図書室で見かけた程度の間柄だが、今のおどおどしていない紫なら押し込めばいけると判断したのであろう。
「ごめんなさい」
会話が成立していないが紫は美しき神の魂を持っているが故に、顔と金だけを求められていることを把握して、ばっさりと切り捨てた。
それにこの男子生徒は銀杏と紫が見た仮定と結果の世界において、醜い感情をむき出しにして好き勝手やっていたのでそもそも論外なのだ。
「え、えっと……」
想定より遥かに強く断られた男が呆然としている間に、紫と真黄は図書室を去っていった。
孤高の花である銀杏と妖しい毒花である紫。
しかし、既に手折られかけている花だ。
◆
「調子は問題ないようだな。これなら近いうちに俺がなにもしなくても能力を押さえられるだろう。さて、覚悟はいいか?」
「は、はい」
「大丈夫です」
力の強すぎる手の前で妙にもじもじとする気高き花と微笑む毒花。墨也の前で滴る甘い毒が体中から全開で散布されているかのようだ。
尤も問題なのはその受け取り手が……。
「では痛かったら言ってくださいねー」
「いっだあああああああああああああああああああああああ!?」
「んきゃあああああああああああああああああああああああ!?」
花より筋肉の底抜けの筋肉達磨だったことだろう。
足つぼを刺激されて絶叫を上げる銀杏と紫は、別の意味では完全に手折られていた。
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