完全に合致する男
「はあ……! はあ……!」
修行も最終日になると、キズナマキナ全員が肩で息をしている。
常に揺るぎない墨也との戦闘は彼女達に強い疲労を与え、時折奇妙な条件を加えられて頭も使わなければならないのだから当然だ。
ただ時折、体が楽をするため最小効率で動き思いがけない鋭さを生むことがある。
「はあ!」
「せやあ!」
墨也に投げ飛ばされている最中に、銀杏と紫が放った蹴りもそうだ。一見苦し紛れに見える蹴りは最短距離で墨也の頭部に突き刺さった。
「へっ!」
「あはっ!」
墨也の漆黒の顔がやるなと言わんばかりにニヤリと歪んだように見えた銀杏と紫は、思わず歓喜の声を漏らす。
事実、墨也は賞賛していたのだがまだまだ二人は小娘だ。
「いいっ!?」
「わっ!?」
戦いの最中に気を抜いた銀杏と紫をしっかりと叩き伏せて、息の根を止めてないのに油断したらどうなるかをしっかりと教え込む。
この光景は墨也が油断していたのではなく、単にキズナマキナの実力に合わせていただけだ。しかし彼が動けているのは物理的にあり得ない筈だ。
全能につま先が入り込みかけている曽祖父と祖父、光速で殴り掛かってくるブラックホールとの戦いは、仮想世界での激戦といえども墨也に尋常ではない負荷を掛けており、まさしく疲労困憊といった有様だった。
肉体は。である。
真にこの闘神が恐ろしいのは戦闘技能や権能ではない。
鍛えに鍛えているため勘違いを生むが、戦闘中は絶対に綻ばない異常なまでの精神こそがこの人間の神髄である。
それは邪神にして闘神の肉体すら凌駕するものであり、今の墨也は精神の力で無理矢理体を動かしている状態だった。
「まだまだあ!」
「はあああ!」
そんな墨也が同胞である桜達が投げ飛ばして作り出した渦に、銀杏と紫も再び突撃する。
気密性の高い全身装甲の中で異様に甘ったるい匂いを発しながら。
以前にも述べたが相性が良すぎるのだ。
ギリシャ神話の女神は基本的に強い男を好む。それはエウリュアレーとステンノーも例外ではなく、彼女達の転生体である銀杏と紫も影響されている。
だがそんじょそこらの強い男ではない。エウリュアレーとステンノーの妹はポセイドンに求められた女なのだから、当時の二人が求めていたのはギリシャ世界一の男だったのは想像に難くない。
更に今世の彼女達は優秀な男を取り込み続けた血筋であり、二重で強い男を求める素養があった。
そして今現在の銀杏と紫の目の前にいるのは、女に対する邪な念を持たない圧倒的勝者であり、自分達を守ってくれた男ときたものだ。
女への邪念を持たない精神性。これ以上ない肉体の頑強さ。ギリシャ世界の敵を経験した魂に、世界を敵に回しても守ってみせると本気で宣言する。それらが備わった上で銀杏と紫と戦い明確に上回り続ける。
紫と銀杏が無意識に抱いていた男への条件は、決して誰も達成できない筈だった。
それを偶然でも墨也が全部成し遂げてしまい、彼女達の意識より少し先に肉体と魂が墨也を求めていた。
「ぐあっ!?」
「ううっ!?」
墨也に弾き飛ばされる銀杏と紫だが、これもまたやはり自分達より強い男だと証明され続けている一環だ。
その確認作業の延長が予想外の奇跡を生み出す。
「なんだあ!?」
「えっ!?」
輝く自身に戸惑った紫と銀杏が磁石のように引き合わされる。
「マキナモードフェイズⅡ!?」
これに心当たりがある桜達が現れようとしている奇跡に気が付いた。
「ふむ」
明らかにお約束の変身シーンだが、墨也は新たな段階に足を踏み入れた銀杏と紫を見守る。
『シャアアアアアアアアアアアアアアアア!』
奏でられる九重奏。
現れたのは鉄の怪物。
九つの首。九つの頭。
社より巨大な全てが鎖で編まれたその胴、その尾。
牙から滴りそうな桃色の毒。
ギロリと赤く光る蛇の目。
後にヒュドラと名付けられる怪物が卵から孵った瞬間だった。
が。
相手は闘神である。
「性能試験をしてみるか」
「え!? いやいや危ないですって!」
「そ、そうですよ!」
「怪我を防止する用の結界を張ってあるから気にするな」
墨也から試しに動かしてみろと提案された銀杏と紫は、身に溢れる全能感に近い力を振るうことに躊躇する。
だがそんなものは闘神に必要ない。
「そりゃ」
「え?」
気の抜けた墨也の声に対し、素っ頓狂な声を上げたのは銀杏と紫、そして見学していた教員の新山だ。
社より巨大で桜と赤奈のマキナモードフェイズⅡに匹敵する巨体は、墨也に鎖で編まれた胴体を掴まれると上下逆様にひっくり返されたのだ。
(覚えがある……)
遠慮して投げられる光景に覚えがある桜と赤奈は、やっぱりという視線を送った。
「重心が安定してないからもっとどっしり構えろ。ほら、遠慮せずこい」
九つの首を使って器用に姿勢を戻したヒュドラに墨也は手招きする。
マキナモードフェイズⅡは一分ほどしか稼働できないため、もう残された時間は半分もない。
「い、いきますよ!」
それでも恐る恐る蛇の首を突き出した銀杏と紫だが、結果は散々なものだった。
「だから遠慮するなというに」
「きゃあ!?」
一見すると蛇の頭を撫でただけなのに小山の突撃を容易くひっくり返した墨也は、変身が解除されて地面に倒れこみ珍しく女の悲鳴を上げた銀杏と紫を見下ろす形になる。
「立てるか?」
地面に座り込んだ銀杏と紫に手を指し伸ばす墨也。
心技体。男に求めている全てを兼ね備え、全能感を与えてくるほど強力な蛇の力すら制した存在の手だ。
「は、はい……」
しおらしく墨也の手を握った銀杏と紫の指輪の内部は、どす黒く変色していた。
そして終わりの時間もあっけなく訪れる。
「よし、そろそろ終わるとしよう。この期間よく頑張った。見事だった。以上解散」
墨也は伝えることはこの修業期間中に全て伝えていると言わんばかりに端的に締めくくる。
「ありがとうございました!」
これまた端的に、それでいて心の籠った礼をするキズナマキナ達。
修行が終わっても奈落神ではなく墨也との繋がりはずっと続くのだから寂しさはない。
そう、銀杏と紫も。
こうしてキズナマキナの修行は……銀杏と紫に決して消えない痕を刻み込んだ時間は終わった。
その日の晩。
「できるかなあ……」
墨也は自身に対する鍛錬の最後の締めとして、曽祖父ですら訳分らんと匙をぶん投げた異常な精神力を再現しようとしたが……。
「……無理」
ありとあらゆるものがフワフワし過ぎて不可能だった。
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