夢とはやはり不思議なもので、本人が意識していないもの映し出してしまうこともあるし、願望を形にしてしまうこともある。


 逆に悪夢として全く望んでいないものを見てしまうこともあり得るだろう。


 ただ、通常は夢を見るのはその個人だけである。通常なら。


 夢見る乙女達の内で、明確に指輪が黒く滲んでいる桜、赤奈、心白、真黄は繋がりが存在する。そして指輪の内部に黒く浸食し始めている銀杏と紫もまた似たような夢を見た。


「それでは臨海学校を開始する」


 教員の声に桜、赤奈、心白、真黄、銀杏、紫は一瞬だけ認識に混乱が起きたもののすぐに我に返る。


 今日はマキナイに海上や沿岸での戦闘を経験させるために行われている臨海学校の日であり、彼女達だけではなく級友達も学園指定の地味な水着姿で整列していた。


「でけえ模型だ。この前海岸で戦ったから、結構気合入ってんな」


「そうだね銀杏ちゃん」


 海岸に上陸した大百足との戦いを経験している銀杏と紫は、その大百足の実物大の模型が海から現れているのを感心しながら見ていた。


 いやそれだけではない。大百足の後に現れた蛟の模型もあれば、銀杏と紫も死を覚悟した口裂け女の模型もあった。


 そして。


「っ!?」


 恨めし気に彼女達を見ている美男子、ペルセウスの姿も。


 血が凍るような感覚を味わった銀杏と紫だが、次の瞬間その模型は全て真っ黒な炎に呑まれて燃え尽きた。


(一条さん……!)


 その黒き炎に墨也の姿を見た銀杏と紫は、直近のペルセウスだけではなく蛟や口裂け女からも間接的に守られていたことを再確認する。


「あ、あれ?」


 ポカンとした言葉はキズナマキナ全員の口から発せられた。


 確かに先ほどまでいた教員や級友の姿はなく、観光客や海水浴を楽しむ一般の海水浴場に彼女達はいた。


「ねえねえ。俺らと遊ばない?」


 つまり彼女達の嫌いな浮ついた男達から声を掛けられてしまう環境だ。


 だがそれも仕方がないことだろう。客観的に見目麗しく、それぞれタイプが違う乙女達が肌の見える水着を身に着けて海に来ているのだから、こうなるのは目に見えていた。


「すまんが連れでね。他をあたってくれ」


 銀杏と紫が男への拒否反応を見せる前に筋肉達磨が割り込む。


 海パンを着て異常なまでに逞しい肉体を見せる墨也に、軽薄な男達は戦闘力の差を感じたのか消え去った。


「墨也さん!」


 桜、赤奈、心白、真黄だけはなく銀杏と紫までも彼の下の名を呼ぶ。


「墨也さんも来てたんですね!」


「ああ。昔バイトで世話になった海の家の爺さんが腰をやってな。数日だけ俺が店主になった。こっちだ」


 普通に考えたならあり得ない説明だが、キズナマキナは疑問を持たず墨也についていく。


「ここだ」


 案内された海の家はこじんまりとしていたが、それでも客は入っており見るからに忙しそうだ。


「あ、じゃあ私が手伝いますね!」


「簡単な料理なら私が」


 厨房に入っていく桜と赤奈。


「そんじゃ注文聞いてきますねー」


「ん」


 メモ用紙とペンを手に家族連れの客に向かう真黄と心白。


「なら俺らは片づけをしようぜ」


「うん」


 海の家や家事とは無縁な銀杏と紫だが、それでもできることはあると散らかっている食器を回収しに行く。


「今日は手伝ってくれて助かった。ありがとう。それでなんだが、確保できたのが大部屋一つでな」


 急に景色は変わりキズナマキナは布団が敷かれている大部屋に視線を向け……。


「俺は二十四時時間営業のジムで筋トレしてくるから」


 あまりにも予想通りな墨也の声を聞いた瞬間、突拍子もない途切れ途切れな夢から覚めた。


「っ!?」


 夢から覚めた乙女達だが所詮は夢である。


 幾ら願望も入り混じっていようと。


 ◆


 一方、墨也は殺伐とした空間にいる。


『ふうむ。なんとなーく分かってきたな。これが武ってやつか』


(やっぱスゲえな! 邪神流柔術の基本をほぼ理解しかけてる!)


 墨也に受け流され続けた中年が顎を擦りながら、体系化された武に感心する。実はこの中年、墨也とは遠い親戚関係だが直接邪神とは関係ない間柄なため、邪神流の戦闘術を身に着けていない。


 そんな中年が関わりもない理合いの術に段々と適応しかけているのは、人間がコントロールできるはずがない力を完璧に制御しているためかもしれない。


『だけどまあ、やっぱ俺にできるのはこっちだな』


 呟きと共に中年の密度が高める。


 高まり高まり高まり高まり


 重く重く重く重く


 変容した姿。


 真っ暗な人型真っ黒な人型暗黒の人型渦の人型深淵の人型虚ろの人型。


 そこから覗く無。無。無。無。


 大暗黒の大虚無。


 一族の祖である墨也の高祖父とすら真っ正面から殴り合える状態の、絶対に受けてはいけない滅び。


 いずれ


 いずれ


 いずれ宙全てを飲み込む怪物が降臨した。


 現象概念真理に法則。その全て一切合切を無視して、人の形を保っていながら全てを飲み込む暗黒の怪物が。


『さて、行くぞ』


 小賢しく小難しい理論を破壊しつくし、ただただ己の力強さだけで太極に風穴を開けて至ってしまった暴力の完成形。


 それに対し墨也は変わらず凪いだ心のまま迎え撃つという異常性を見せつけ……。


「奈落神様、おはようございます」


「ああおはよう」


 巫女の呼びかけで我に返り、再びいいところで打ち切りになった。


 尤もいいところで打ち切りになったのは、ひょっとしたらキズナマキナも同じかもしれないが。

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