若さ

(爺さんとひい爺さん、仮想の存在なのに仲がよろしいことで)


 墨也は社の外を歩きながら、先ほどまで戦っていた曽祖父と別の血統の祖父に心の中で肩を竦める。


 顔を見合わせたら口喧嘩する同い年の両者だが、肩を組んでサムズアップしているものやゲームに興じている写真が多くあり、即興で世界を終焉に導く合わせ技を作り出せる程度には仲がいい。


 そして爆発力が凄まじい。


 墨也は安定し切っているが故に、【比較的】だが一族の中では最大値を飛び越えたときの幅が小さく、逆に不安定な精神性や力を持っている者達は、上手く作用したときの幅はとんでもないことになる。


 尤もそれがいいか悪いかは見方の問題で、多くの者にとっては安定している精神性と力を選ぶだろう。


「昨日の疲労は確かにある。だが中々気合が入ってるな」


 そんな墨也の目の前にいるのは、まさに爆発力と伸びしろの時期である年若い戦乙女達だ。


 昨日散々墨也に投げ飛ばされ疲労困憊なはずだが、寧ろやる気に満ち溢れていると言っていい。なにせ彼女達にとって昨日の時間は辛く苦しいものではなく、真面目に修行しつつ楽しい触れ合いの時間だった。


「では始めよう」


 修行の開始を宣言した墨也にキズナマキナは無言で変身して突撃する。


「きゃっ!?」


「ぐっ!?」


 その前に先鋒を務める桜と心白の装甲版に拳を叩きつけて殴り飛ばした。


「ひょっとして今日は技ではなく力ですか!?」


「正解」


 赤奈は墨也が全く技術とは無縁に、単に真っすぐに直進して拳を振るったことでその意図を察する。


 即ち昨日は技術で受け流し投げ続けたが、今日は身体能力と力によるごり押しだと。


「っ!?」


 昨日は殆ど足を動かさなかった墨也が瞬く間に銀杏と紫に接近すると、再び拳を振るって殴り飛ばす。


「ちょっ!?」


「うっ!?」


 墨也がいつもは見せない積極性に戸惑った真黄と、身構えた赤奈も吹き飛ばした。


「力が強い。足が速い。体が強い。単純明快なタイプは生半可な技術を潰して、その肉体的な頑強さだけで生き残ってるってことだ」


「パワー全開!」


 墨也の呟きを無視して桜が正解の一つを導き出す。


 桜が渾身の力を込めた機械腕は、小柄な彼女の身の丈を優に超えた巨大な拳を作り出してスラスターを全力噴射する。


 肉体的なスペックだけで戦う者は、それ以上の力に圧し潰されたときの引き出しが全くない傾向にある。つまり思い切って破壊力にリソースを割き切った桜の行動は正解の一つだ。


「装甲付与!」


「ビッグパーーーンチ!」


 その桜の意図を察した赤奈は、自身の攻勢防御盾を恋人の機械腕に組み込み更なる破壊力を与えた。


「推力マシマシ」


「五つ分追加ー!」


 巨大になった機械腕を突進させるため、直線の突進力では随一の心白と、分身体を合わせて五つ分のスラスターがある真黄が桜の足代わりになるよう後ろから押す。


「紫!」


「うん!」


 その上、間違いなく機械腕を耐えるであろう墨也に不意打ちを入れるため、銀杏と紫が彼を挟むよう左右に分かれた。


 だがここで完全に彼女達は裏をかかれた。意表を突かれたと言ってもいい。


 キズナマキナの大前提が崩れたのだ。


「思い込みは危険だぞ」


「え?」


 墨也の言葉に対してポカンとした呟きを返したのは誰だっただろうか。


 中核の桜が見たのは拳にぶち当たって平然としている墨也ではなく、回り込むように回避して自分のすぐ近くにいる彼だった。


 キズナマキナには思い込みがあった。今まで墨也は殆ど彼女達の攻撃を回避したことがないのだから、今回も攻撃を受ける。もしくは受け流すものだと。


 その思考の硬直は戦いにおいて致命的な齟齬を引き起こしてしまうだろう。


「きゃあっ!?」


 無防備な側面を曝け出し殴られてしまった桜達や、意表を突かれて吹き飛ばされた紫達のように。


「少し手を止めよう。非常にいい連携だった。正直に言うと今の状態で受けたら俺がぶっ飛んでたし、石野目と戸鎖を相手にしてたら直撃だった。打ち合わせしていたか?」


「えっと、その場のノリと言うか……」


「ノリか。咄嗟なのに役割の分担に躊躇がなく完璧だった。お見事」


「え、えへへ」


 手を止めた墨也の質問に、桜は仲間達の顔を見ながら特に打ち合わせが無かったと返す。それに墨也は賞賛して桜達ははにかんだ。


「昨日より今日、今日より明日。お前さん達はまだまだ伸びるな」


「ありがとうございます!」


 賞賛を続ける墨也は輝かしき明日がある乙女達を眩しそうに見つめる。


 客観的に見ると墨也の伸びしろはもう殆どないと言っていいだろう。


 だがそんな程度で自己研鑽を止めることなどない。寧ろその分特訓を重ねようとするのが努力する闘神なのだ。


 ◆


 その日の晩、墨也はまたしても仮想空間にいた。


『弟分の孫だから気は乗らないんだが……』


 こきりと首を鳴らすくたびれ果てた中年。特徴らしい特徴はない。休日の家ならどこにでもいるような寝っ転がった姿が似合う男だ。


 しかし。


 一族の祖である墨也の高祖父をして例外と断じて笑う存在。力で全てをねじ伏せてしまった究極極限の暴力。


『まあボチボチやってくか』


 物理法則を無視して理に影響を与えず、文字通りを相手に墨也は技術で迎え撃った。

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