見ていたもの

(……はえ? あ、そうだ。お社に来てるんだった……)


 眠りから覚めた紫は、見知らぬ部屋にいることで一瞬だけ自分の状況が掴めなかったが、すぐに社にいることを思い出して状況を把握する。


(思えば……男の人がいる場所で寝泊まりするの初めて?)


 女性しかいない家に生まれた筋金入りのお嬢様である紫は、同じ建物の中に男がいる環境で生活したことがなかった。


 そして男の馬鹿げた仮定と醜い結果を見せつけられた紫にしてみれば、本来なら寝泊まりしている空間の近くに男がいることは我慢できないことだが、幸か不幸かこの社にいる唯一の男はそれこそ唯一の例外なのだ。


(銀杏ちゃん、よかった……)


 紫は隣で寝ている銀杏の寝顔を見て安堵した。


 ここ最近はずっと険しい顔だった銀杏は、就寝していても抜身の刀のようなピリピリとした気配を発していた。しかし今の銀杏の寝顔は無垢なもので、彼女本来の寝顔に戻っていた。


(一条さん、凄かったなあ。なんて言ったらいいんだろう……才能に胡坐をかかないどころか限界ギリギリまで追い詰めた研磨と努力?)


 墨也に投げ飛ばされ続けた紫は、自身の才能と優秀な男を見極め続けた一族の血が作用したのか、彼の背にある研鑽を感じ取った。


 ストイックだったり妙にシビアな考えを持つ者が多い邪神の血筋において、墨也は特に際立っている者の一人だ。


 星の内々で最強だと嘯いても、別次元から迷い込んだ究極の暴力にぶん殴られて屈する。もしくは類する者がいないと慢心して外からちっぽけな星に侵入したら、原初の深淵に覗き返されて泥になった事例があることを知っている彼は自己研鑽を怠らない。


 自分より強い存在とぶち当たったことがないから、引き出しが無いでは話にならないからだ。


 そんな風に紫が墨也について考えていた時である。


「んみゅ……っ!?」


(び、びっくりした!? 桜ちゃん!?)


 可愛らしい寝息を漏らしていた桜が、突然ガバリと起き上がり左右を確認し始めたことに紫は驚いた。


 それは悪夢を見ていて、つい現実でも安全を確認しているという訳ではなく、隣にいた誰かを探しているような行動だ。


「んん……あ、あれ?」


 そして赤奈は、隣にいた桜が起き上がった気配を感じたのか体が動き始め、布団を抱き枕のようにしていた。しかし、布団の柔らかさが気に入らず丸めて硬くしたが、目覚めた瞬間に夢で見ていたものと違うことに困惑しているようだ。


「ああっと……」


「ん……」


 次いで真黄と心白が目覚めて起き上がったが、どこか残念がっているような雰囲気を発していた。


「んあ?」


「あ、おはよう銀杏ちゃん」


「おう。おはよ」


 しかし紫が彼女達の行動や雰囲気を考察する前に、隣にいた銀杏が目覚めて深く考えることはなかった。


 銀杏がどのような夢を見ていたかも。


「そ、それじゃあ朝ご飯を食べたらご挨拶しに行きましょうか」


 どこか焦ったように手早く布団を片付けた赤奈はこの後の予定を口にしたが、その頬はほんのり赤らんでいた。銀杏だけではなく他のキズナマキナがどのような夢を見ていたか、誰にも分かる筈がない。


 一方、墨也の夢のような空間は彼女達のものとは程遠く地獄絵図だった。


 黒き花園に地獄道すら混じり合って天へと届く炎が聳え立ち……その天には大いなる樹が降臨していた。


 二本も。


『出力足りねえじゃねえかバーカ!』


『馬鹿言ってんじゃねえよバーカ! そもそもタロットは小径の方なんだから、大本のお前の力不足だろバーカバーカ!』


『なんだとこの貧乏人!』


『やるか田舎もん!』


 悪態を吐く漆黒の大巨人とその頭にいる小さな人間が仲良く喧嘩しているが、齎している現象はそれこそ馬鹿げたものだ。


 輝く二十一の言葉。


 あってはならない力。


     王冠1.ケテル

 理解3.ビナー     知恵2.コクマー

    知識隠されしダアト

 峻厳5.ゲブラー     慈悲4.ケセド

    6.ティファレト

 栄光8.ホド     勝利7.ネツァク

     基礎9.イェソド


     王国10.マルクト


     物質主義10i.キムラヌート


     不安定9i.アィーアツブス

 貪欲8i.ケムダー      色欲7i.ツァーカム

     醜悪6i.カイツール

 無感動4i.アディシェス     残酷5i.アクゼリュス


 愚鈍2i.エーイーリー     拒絶3i.シェリダー

     無神論1i.バチカル


 よりにもよって生命の樹セフィロト邪悪の樹クリフォトの根が絡み合い、その中心に最後の二十二番目にして0である愚者が光と闇の極光を纏っている。


(直撃したら間違いなく死ぬな!)


 常世と世界の合わせ技の余波だけで神を賛美する文字と冒涜する記号が溢れ出て、大本は万象の根幹すら消却しかねない無限と化しているのだ。流石の墨也も直撃すれば命はないものと定め、己の技量と権能を全開にする。


『食らえや、えー対親父用最終奥義! えーっと、エンドオブザワールド!』


『うっわだっせえ!? そんな技名付けんじゃねえ!』


『うっせえ!』


 墨也は馬鹿騒ぎしている曽祖父と別の血統の祖父を無視して、言葉通り世界を終焉に導く極光を受け流そうとする。


 そして。


 時間切れだった。


「奈落神様、こちらに生徒達が向かっております」


「ん。分かった」


 社で勤めている巫女の声に墨也は現実に意識を戻す。


 現実ではない仮想空間で戦っていた墨也は極限の疲労を感じていたが、その疲れを全く表に出さない。


 だが、幾ら学生に負荷を強いているから自分も頑張ろうと思ったとしても、少々やりすぎな特訓だったのは間違いないだろう。

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