夜襲

 夜の静けさが社を包んでいる。


「あー」


「いー」


「うー」


「えー」


 大部屋の布団の上でぐったりしている銀杏と紫は、珍しく子供のようなやりとりをしながら意味もなく天井を見つめている。


 異能者の中でもキズナマキナは特に肉体強度が高いが、彼女達は午前中だけではなく午後も墨也に投げ飛ばされ続けて余力を完全に使い切っていた。


 そのせいか銀杏は顔の険しさ。紫は陰鬱な雰囲気が霧散しており、風呂上がりなことも合わさって本来の美しさと、どこか退廃的な妖しさが際立っている。


 ただその隠された本質は猛毒を持つ食虫植物のようなものであり、常人が近づけば後悔することになるだろう。


「いやあ、疲れたあああ」


「鍼治療の勉強をするべきか否か……」


 精魂尽き果てているのは銀杏と紫だけではない。


 フェイスパックをしながら呻いている真黄と、自分の針を用いて上手いことできないかと模索する心白も疲れ果てている。


(一条マッサージ店、臨時鍼灸師の針井心白……ありじゃね?)


 なお心白は妙な想像もしていたが。


「頑張りましたねー赤奈先輩ー」


「え、ええそうね桜」

(か、かわいい……)


 桜の方はぺちゃんと潰れた小動物のようになってしまい、恋人である赤奈を悶えさせていた。


 座学から離れてほぼ一日中の運動をした経験がない彼女達だが、どういう訳か精神的に非常に充足している。


 だが桜と赤奈はまだ修行があると思っていた。


「やっぱり今日、私達が寝入ってる時に襲撃があると思います?」


「間違いなくあると思うわ」


「はん? それってどういうことだ桜?」


 桜と赤奈のやり取りに疑問を覚えた銀杏が問う。


 原因は今日の修行はこれで終わりだと宣言した墨也の言葉だ。


 そう、“今日は”なのである。


「奈落神様は、今日はもう何もしないからゆっくり休めって言ったでしょ? つまり、今日が終わった零時過ぎには何かする。つまり不意打ちするってことだと思う」


「あ、ああ、そういう意味だったか」


 寝入っているときの襲撃の意味をきちんと把握した銀杏が、今言ったことは忘れてくれ言わんばかりに手を振る。


(な、なんか緊張してきたかも)


 その桜だが、当然ながら夜に家族以外の男が部屋に来た経験などなく、近しい事例は異界に迷い込んだ際、隣のテントに墨也がいた程度で緊張を感じ始めた。


「片付けしとこ」


「ん」


 トラウマを再現する部屋で墨也と寝泊まりした経験のある真黄と心白も、妙にそわそわした様子で入口の襖を見ながら手鏡以外の小物をキャリーケースに片付け、自分の姿を確認し始めた。


(真央ちゃんと心白ちゃん、おしゃれに気を抜かないのは流石だなー)


 疲れて脳がぼんやりしている紫は、真黄と心白がいつ何時も身だしなみに手を抜かないんだと感心した。


(私も前髪と眼鏡をどうにかしようかなー)


 更におしゃれとは程遠い自分の姿を客観的に思い浮かべ、もう少しマシになろうかとふやけた脳のまま考える。


 まるでゆっくり、ゆっくりと毒花が花開くようだ。


 なお花は花でも彼岸花の力を手にした赤奈は一番落ち着きがなく、手元をじっと見つめたかと思えば、急に襖に視線を送るのを繰り返している。


 桜、真黄と心白が墨也との寝泊まりした経験したことがあるのに、彼女だけはないため単に緊張していのだろう。恐らくは。


「そ、それじゃあ灯りを消すわね」


「はーい」


 部屋のリーダーである赤奈が消灯を宣言すると、乙女達は布団を被って横になる。


 だが意識は覚醒しまくっていた。


(来る……絶対来る……)


 全員が入口の襖や窓に意識を集中させており、僅かな物音一つも聞き逃さないだろう。


 その意識を脳が全部筋肉の馬鹿は額面通り受け取った。


「やるな。言葉遊びに気が付いたこともそうだが、全員が周囲を警戒している。だがまあ、流石に女の寝室に入り込むようなことはしないから、安心して寝てくれ。ではな」


 夜襲への備えがちゃんとしているなら、いつまでも起きているのは明日に障ると判断した墨也が、襖の向こうにいる乙女達に声を掛けてからこの場を後にする。


 違うそうじゃない。と、キズナマキナが布団の中で思ったのかは定かではない。


 ◆


「さて、俺も気張るとしよう。足つぼさえ刺激できれば気絶まで持っていけるんだが」


 墨也は社の最奥で座禅を組む。


 うら若き乙女達に負荷を与えておきながら、自らはのんびりするような闘神ではない。


「そもそも、どこまで再現できるか。イメージはイメージでしかないから実戦とは程遠いんだよな……」


 意識だけ限りなく現実に近い空想空間に移した墨也の前に……。


 成層圏すらぶち抜くのっぺらぼうの漆黒の巨人にして、煮詰まり果てた終焉の呪詛がゆっくりと立ち上がる。


 巨人は大邪神である祖に最も近しい暗黒エネルギーの塊のくせに、まるで人が神に祈るかのように合掌すると、黒き花びらが舞う庭園が現れ全ての現象と理がプラスからゼロに。そしてゼロからマイナスへ振り切れる。


 もし現実世界であったなら、地球はあっという間に枯れて腐り落ち、太陽すら燃え尽きるだろう。


「おお!」


 そんなものに墨也は殴り掛かり、キズナマキナが目覚めるまで戦い続けた。

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