例外
「あっつー!」
「ふう」
一旦荷物を整理するためマキナモードを解除した真黄と心白は、手で顔を扇いで少しでも風を感じようとした。
短い訓練時間だったが、墨也は力量を落としても容赦はしないためキズナマキナを投げ飛ばし続け、彼女達の運動強度と体温は高かった。
ある意味興奮していた銀杏と紫はそれが顕著だ。
「汗がやべえ!」
「タオルタオル……」
全身装甲のマキナモードから解き放たれた銀杏と紫の張りのある肌には大粒の汗が浮かんでおり、二人は急いでキャリーケースからタオルを取り出した。
その際、蠱惑的な甘い匂いが僅かながら周囲に解き放たれる。
近くには同性しかいないので特に意味はなかったが、千年近く優秀な男を取り込んできた石野目家と銀杏家の女に備わっている遺伝的な特徴といえるものだ。
少し前まで人殺しのような目をしていた銀杏と、できる限り顔を隠している紫だからこそ男から視線を向けられなかった。
だが今のような目つきがマシになり、同性ですら素で見入ってしまうような鋭さと格好良さのスタイルを両立している銀杏と、あどけない顔立ちながら妖艶な瞳と体型を併せ持つ紫を男が見れば、誰もが放ってはおかないだろう。
「ねえねえ心白。銀杏って革ジャン似合いそうだよね」
「シルバーアクセサリーも」
真黄と心白は、すらりとしたスタイルを持ちながら、ところどころ女性的なしなやかさと柔らかさもある銀杏に似合う服を想像する。
「最近は着てなかったけど寮にあるぞ」
「ほえー。銀杏ちゃんが革ジャンかあ。すっごい似合ってるんだろうなあ」
銀杏が自分の私物を思い出している横で、桜は自分が革ジャンを着た姿を想像したものの、小柄な元気娘が着用しても背伸びしているお子様である。
「眼鏡は大丈夫かしら?」
「えっと……ここにいる時は外そうかなと」
一方、赤奈は少し首を横に傾けて眼鏡が曇っている紫に声を掛けた。この眼鏡は男にじろじろと瞳を見られるのが嫌で紫がかけていたものだが、幸いというべきかこの場には同性、もしくは例外しかいないため必要性がなかった。
「髪も纏めないと……」
それと同時に紫の顔を隠している前髪も運動の邪魔であり、彼女は髪を後ろに流しながら後で纏める決心をした。
(やっぱり一条さん凄い……)
ほぼ無意識にちらりと紫が墨也に視線を送ると、そこには地面で座禅を組んでいる闘神の姿があった。
一時的に華やいだ女達の姿や声に我関せずといった姿は、男性に強い嫌悪を抱いている紫にとって眩いものだ。
それが自分と銀杏を守ってくれた男となれば猶更である。
「それではご案内します。こちらへ」
キズナマキナが汗を拭きとり一息ついたタイミングで古田が声を掛けて社の中に促したが、促された彼女達は後ろ髪を引かれていた。
(やっぱなんつーか……もどかしいな)
銀杏がもどかしさを感じている原因は、墨也と奈落神を同一にできないことだ。
勿論同一人物なのだが、周りには巫女や教員がいるため素直な会話をすることができず、どうしても一歩引いた立場の接し方になってしまう。それが銀杏にはもどかしい。
「ここが皆さんが寝泊まりする大部屋で、教員の新山さんは隣の部屋になります」
銀杏がもどかしさを感じている間に大部屋へ辿り着いて古田から説明される。
そう大きくはない社に個室なんてものはあまりないため、まさに部活学生が合宿で寝泊まりするようなスタイルだが、銀杏と紫は同性となら問題ないため集団生活に異論はない。
「では新山さんと石野目さん、戸鎖さんはこのまま社を案内します。奈落神様のご意向で、逃走経路と内部構造の把握は必須だとのことです」
(ガチだ……)
古山の言葉に紫と銀杏のみならず、教員の新山すら思わず目を見合わせ、先に巫女として経験している桜達は苦笑した。
普通の神は自分の社の中で部外者がズカズカと歩くことを嫌う。だがここにいるのは銀杏と紫の心の声通り、あらゆる意味でガチの闘神である。
始めて訪れた場所を把握することは戦闘者として当然であり、これを知らなければ話にならないと桜達に断言していた。
「ではこちらへ」
古山に案内された三人だが、やはりそう大した社ではない。
(やっぱ一条さんらしいって言えばいいのか)
(質実剛健って感じがする)
銀杏と紫が端的に社を表現する。
精々が選び抜かれた引退間際の巫女が数名いるだけで、神獣や神のシンボルが浮いているようなこともなく、なにかが光り輝いていることもない。
これが一部の神の社ならもっと派手で眩かったりするが、華美より実用を好む墨也はそういった装飾を好まず、普段は抜け殻である奈落神は殆ど動かない。
それでいて蛟や口裂け女を討伐したときのように、緊急時はこれ以上なく頼りになることが分かっているので、統合本部や鎮守機関からすれば非常にコストパフォーマンスに優れる神と言っていい。
制御できない程強力な神である点に眼を瞑ればだが。
ただ、ベテランの巫女から見ても奈落神は非常に安定しており、いつ爆発するか分からない爆弾ではない。そもそも統合本部で二時間も待ちぼうけを食らって怒らなかった神なので、その点では通常の神どころか人間よりも落ち着いているだろう。
強いて問題があるとすれば、緊急時はふらりと消えて現場に急行するため、関係者の肝をつぶす程度だ。
普段温厚でも身内に危害が加えられる恐れがあるなら豹変してブチ切れる遠い親戚や、怒りの沸点が独特でどう爆発するか分からない曽祖父に比べたらずっと扱いやすいのである。
「これで案内は終わりです。引き続き修行の方を頑張ってください」
「はい」
社を一通り見て回った紫と銀杏は再び修行を行うため準備をする。
世間のみならず統合本部や鎮守機関が様々な視点で奈落神を見ているように、銀杏と紫も全く別の視点を持っている。
即ち唯一の例外であるたった一人の男だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます