修行2

「社の敷地に足を踏み入れた時点で奇襲を受けた実戦を想定。教員と巫女はこの場にいないものとする。といった感じだな」


 呑気に条件を説明する墨也の周りを機械の暴風が吹き荒れている。


 六人のキズナマキナがたった一人に全能力を行使して攻撃するなど、本来ならオーバーキルとしか表現できない。


 だが黒き闘神は全く問題にしない。


(マジで強すぎんだろ!)


(凄すぎる!)


 アニメの戦闘ロボットのような全身装甲の内で銀杏と紫は、何をやろうと小動もしない墨也にある種の感動を覚える。


 蛟、口裂け女、ペルセウスを瞬殺しているのだから強いのは当然だが、長時間経験すればより感じ取れた。


「心白ちゃん!」


「ん」


「四方八方袋叩きキーック!」


(隙間を通す!)


 銀杏は接近戦が得意な桜と心白、攪乱しようとしている真黄の分身体の隙間に自分の鎖蛇を通して奇襲を図ると、鎖蛇は金属とは思えぬ滑らかな動きで体をしならせ墨也の後ろから襲い掛かる。


(これもかよ!)


 だが墨也は死角から伸びてきた鎖をなんなく掴むと、銀杏を自分の方へ引っ張り込んだ


「紫!」

(ならもう接近戦だけだ!)


「うん!」


 鎖蛇が数度通用しなかったことで、銀杏は紫と共に接近戦だけを考えることにしたが、この二人は少々の鬱屈を抱え込んでいた。


 遺伝的素養の結晶である彼女達は、幼少期からなんでもできた。それは格闘術の訓練でも同じであり、二人を圧倒できる身内など存在しなくなった。


 だがそのせいで遊び相手と言えば同格の素養を持つ互いだけであり、紫と銀杏の相手になる者もいなかった。


 つい最近までは。


「おおおおおおおお!」


「やあああああああ!」


 銀杏のデュアルアイと紫のバイザーが輝き、墨也に拳を叩きつけようとする。足の踏み込み、腰の連動、腕の振り。全てが計算されたかのような素晴らしい一撃だ。


 それを墨也はいとも簡単にいなして後ろに投げ飛ばす。


「ははっ」


「あはっ」


 投げ飛ばされた銀杏と紫は意図せず無邪気な笑い声を漏らした。


 大百足や都市伝説との戦争のような敵ではなく、純粋な味方に手も足も出ないのは初めての経験であり、何度挑んでも叩き伏せられてしまうことなど今までなかった。


 更には自分達が全力を出しても大丈夫などころか、どれだけぶち当たっても相手をしてくれる存在は、男の醜い願望を持たず絶望から救ってくれた人物でもある。


 それらが合わさった墨也はまさに唯一の例外だった。


(おかしい!)


 銀杏と紫が喜悦を無意識に抱いている傍で、桜は明確な疑問を感じていた。


(墨也さんの力が上がってる!)


 なんとか食らいついてはいるが墨也の力と速度が少し、また少しと上がり続けており、その内キズナマキナと対処能力を完全に超えてしまうことは明らかだった。


「力が上がってるよ! どうしようもなくなる前になんとかしろっていう問題かも!」


 邪神流戦闘術の門下生として結論を導き出した桜が、仲間達と情報を共有する。


「なにかカラクリがありますか!?」


「……」


(やっぱり!)


 桜の問いに墨也は無言だが、表情のない筈の黒い顔がニヤリと笑ったように彼女は感じた。


(墨也さんがわざと強くなってるなら、私達が攻略できる条件の筈! ……先生と古田さんはこの場にいない想定?)


 ここで桜は、態々言う必要がないと思えることを墨也が口にしていたことに疑問を覚えた。それは裏を返せば、教員と巫女がいることだけでも条件が達成されているということだ。


「銀杏ちゃん! 紫ちゃん! 最初なにかされた!? 投げ飛ばされただけ!?」


「ああ!? 肩触られて投げられただけだ!」


「わ、私も触られた! その後、眼鏡を強化ガラスに変えろって言われた!」


「それだけはおかしい! 先生と古田さんがいないものと思えって言ったことを合わせてなにかある!」


 桜の問いに、異性に肩を触られた経験がないためよく覚えていた銀杏と紫が答える。しかしそれもまた桜に疑問を感じさせた。彼女の知っている墨也なら、眼鏡のことを心配した紫はともかく銀杏の方はすぐ投げ飛ばしたはずだ。


 この桜の疑問に、年長の赤奈が答えを導き出した。


「相手は神! 私達の認識で強化されてる可能性があるわ! 最初は触るだけの力しかなかったのかも! 一旦離脱しましょう!」


「修行の手を止めよう。お見事、よく気が付いた。では離脱したという過程を省こう」


 赤奈の言葉に墨也が頷くと、彼の体が棒人間のように細くなった。


「恐怖や畏敬だけではない。憎しみ、悲しみのような想いの力も信仰心に変わり神や都市伝説の力になりうる。さっきは俺に対して認識を強めれば強めるほど段階的に力を上げていた。なら逆に無害な存在であると想いを込めて縛るか、離脱して周囲にある信仰心の元を絶つのが攻略法の一つだ」


 墨也は体を元に戻しながら説明する。


「いきなり面倒な条件にしたが初見殺しなんだ。初見でやらなきゃ意味がない。さて、少し休憩しよう。荷物を置いてきてくれ」


 そして冗談めかして付け加え……。


「またすぐ修行だぞ?」


 相手をしてくれる人間と少し離れることになり、銀杏と紫に生まれていた僅かな心の空白もすぐさま埋める有様だった。

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